第75話 今年も夏が来た
1
夏休みを楽しみに待つ学生たちの前に立ちふさがる障壁、期末テスト。
例によって例のごとく、私と眞昼は〈ムーンナイトテラス〉にてテスト勉強に励むことにした。
名前当てゲームは終了したので、勇にぃの部屋に上がることもできたのだが、あの部屋にはエアコンがないので断念した。
これを乗り切れば楽しい夏休みが待っていると思えば、頑張れる。
まあ、実際には進路の準備で遊び放題というわけにはいかないのだろうけど。
それでも、今年の夏は勇にぃがいる。
あの頃みたいに、また四人でいっぱい遊べるんだ。
そしてテスト前最後の土曜日。
「あれ? そういえば勇にぃは?」
店内に勇にぃの姿がない。
私たちが入店した時からいないから、最初は休憩を取っているものと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「おばさん、勇にぃは?」
「勇はね、今日明日はお休みよ」
「出かけてるの?」
眞昼が聞く。
「朝華ちゃんに会いに、湘南まで行くんだって」
「へぇ」
「ふーん、朝華だとわざわざ県外まで会いに行くんだ」
私の時は三か月くらい放置だったのに。
「未夜、嫉妬が漏れてるぞ」
「嫉妬じゃないもん。純粋な疑問だもーん。ま、それはそれとして、朝華びっくりするだろうなぁ」
私の誕生会に足を運んでくれた朝華だったが、その時は勇にぃと顔を合わせる前に帰ってしまった。
勇にぃも会いたがっていたし、きっと朝華も会いたがっていたことだろう。
十年前は、朝華が一番べったりだったっけ。
私と眞昼が勇にぃを振り回す一方で、朝華は勇にぃの後ろをちょこちょこついて回るような感じだったのを憶えている。
「一昨日源道寺さんから連絡があってね。週末に朝華ちゃんが湘南の別荘に泊まるからそこに勇をサプライズで連れていけないかって」
「なるほど」
「ちょうど勇は太一くんから車を買ったばかりだし、いろいろ都合がいいわねって話をしたのよ」
「『湘南の稲妻』は元気だろうか」とおじさんが呟いたが、意味がよく分からないので誰も反応はしなかった。
「だから二人も朝華ちゃんには秘密にしといてね」
「分かりました」
「分かったよ」
なるほど、いきなり勇にぃが訪ねてきたら、朝華も驚いて喜ぶだろうな。
「朝華びっくりするだろうね。お別れの日はめちゃめちゃ泣いてたし」
「未夜も泣いてたけどな」
「ま、眞昼だって泣いてたじゃん」
「あたしは泣いてない」
「泣いてた」
「あれは汗だ。あたしは目から汗が出るんだ」
「なにその化け物!?」
十年ぶりに勇にぃに会ったら――それもサプライズで――朝華はどんな反応をするだろうか。
だいたいの想像はつくけど、きっと大泣きするだろうなぁ。
早く四人で集まりたい。
そのためにも、まずはこのテストを乗り切らなくては。
「おじさーん、アイスコーヒーおかわり」
カフェインを摂取し、その日はくたくたになるまで勉強した。
2
別荘の窓辺に佇み、海を眺める。
気持ちのいい快晴。
潮風に髪が煽られる。
こんな美しい景色を前にしても、私の心は深い海に沈む心地だった。
ふと考えるのは、死んだらどうなるのか、ということ。
不可逆の世界だからこそ、死後の世界は死んでみないと分からない。
全くの別人に生まれ変わるのか、それとも死んだら何もない無の世界なのか、同じ人生を繰り返したり、人間以外の生き物に生まれ変わるという説もある。
人の想像の数だけ解釈はあるのだ。
死に救いを求める人々を、私は今まで理解ができなかったが、最近になって彼らの気持ちが分かるような気がしてきた。
もし、同じ人生を繰り返すのなら……
私はまた源道寺朝華として生まれて、小学校一年の夏に勇にぃに会える。
そう考えれば、なんだか勇気が湧いてくるような気がする。
そうだ、何回も同じ人生を無限に繰り返すのなら、私は無限に勇にぃに会えるではないか。
あの輝かしい思い出を無限に……
「勇にぃ……」
写真立てを手に取る。四人で写した写真を見つめていると、ふいに涙が溢れてきた。
私はまた会えるだろうか。
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