第39話 クソガキと夏祭り
1
「はい、ありがとうねー」
釣銭とともに、俺はイチゴ練乳のかき氷を手渡す。
「おにーさん、ありがとー」
まだ幼稚園児と思しき幼女が笑顔を見せる。汚れのない、澄んだ笑顔。未夜にもあんな時期があったなぁ、と懐かしくなる。
あちらこちらから香ばしい匂いが漂い、子供の純真な笑い声や酔っ払いの下世話な笑いが聞こえてくる。
近所の広い公園を使って行われる、町内会の夏祭りである。
運動会で見るような白いテントの下に、こじんまりとした出店が並んでいる。一部、外部の業者も店を出しており、町内規模ながらなかなか賑やかだ。〈ムーンナイトテラス〉も出店しており、売り上げは悪くない。
「おーい、勇にぃ」
「勇にぃー!」
「勇……にぃ」
やれやれ、来たな。
「おう、来たか」
珍しく……いや、夏祭りなんだから珍しいというわけでもないが、三人は浴衣姿だった。
「あらぁ、可愛いわねぇ」
母が目を輝かせる。
未夜は黒地に花火の柄が入った夏にぴったりの浴衣。
眞昼は柄のない白い浴衣とシンプルだが、袖から覗く日焼けした肌がなんとも趣きがある。よく見ると、帯に金色の蝶の刺繍が施されていた。
朝華は淡い水色の浴衣に朝顔の柄が入っていて、実に涼しげだ。
「おめーら、涼しそうだなぁ」
「勇にぃはいつもと変わらん服か。じょうちょのないやつだ」
眞昼が偉そうに言う。
「お前、情緒の意味分かって言ってんのか」
「でもこれあんまし涼しくないよ」と未夜。
「そうなのか?」
「なんか中がもわってするよね」
朝華が同調する。
「へぇ。俺、浴衣なんか着たことないからなぁ。おめぇら、そんなことよりなんか飲んでけ。売り上げに貢献しろ」
三匹のクソガキはカフェオレとかき氷を注文し、併設された飲食スペースに移動する。
「勇、あんたも休憩して、一緒に回ってきてやんな」
「おう」
三人のところに行くと、「勇にぃ」と朝華が手を繋いでくる。華奢な手のひらを握る。さっきまでかき氷を食べていたからか、少し冷たかった。
「お、勇にぃ来たな」
「眞昼、浴衣姿で足を組むんじゃない。はだけてんじゃねぇか」
「だって、動きにくいんだもん」
「花火まで後どんくらい?」
未夜が聞く。
この祭りの目玉は夜七時から始まる打ち上げ花火だ。町内会の予算のほとんどがラストの花火大会に使われるという噂があるとかないとか。
「えーと、午後一時だから、まだ全然だぞ」
「ええ~」
「とりあえず、色々回って遊んでこうぜ」
「おー」
「おー」
「おー」
2
主に食べ物を買いながら出店を回る。町内会主催なので、だいたいが顔見知りである。
絶対に倒れない射的や当たりのないくじ引きなど、あくどい的屋がいないのが町内会の祭りのいいところである。その分小規模であるが、そこは仕方ない。
子供の頃、射幸心に煽られていくら搾り取られたことか。
*
「あ、チョーコバーナーナー」
未夜が駆け出す。
祭りといえばチョコバナナといっても過言ではない。
色とりどりのチョコでコーティングされたバナナが、台の上に林立している。
それにしても一本二百五十円って高いな。
俺が子供の頃は二百円だったのに。
「未夜、朝華、いいこと思いついたぞ。こうやって周りのチョコをぺろぺろ舐めてからバナナを食べれば二倍楽しめる」
そう言って、眞昼は小さな舌べろをバナナに這わせ始めた。
「その食べ方はやめろ!」
*
「ヨーヨー風船釣ろうぜ」
眞昼が腕まくりをして言う。
これまた懐かしいものを。
「あぁー、また破れた」
未夜も眞昼も失敗が続く。
「勇にぃやってよ」
仕方ない、大人の力を見せてやるか。
「貸してみろ」
こういうのは何よりも紙紐を濡らさないことが大事なんだ。
「――あれ?」
「へたくそ―!」
「ざこにぃ!」
馬鹿な。この親父、まさか紙紐に切れ目を入れて……いや、普通だわ。
「勇にぃ、私に任せてください」
「朝華もやりたいのか? いいか、ここの部分が紙になってるから濡らさないように注意しろよ」
「はい」
「……」
まるでたこ焼きをひっくり返すかのように、ぽんぽんヨーヨー風船が釣り上げられていく。
「朝華、店を潰す気か?」
*
入り口付近には外部業者のお化け屋敷が設営されている。
さすがはプロの業者というべきか、かなり凝っている。
「……どうする?」
三人の方を振り向くと、一様に目を逸らしやがった。結局この前のホラー映画鑑賞は不発に終わったからな。これでリベンジしてやるぜ。
「よし、入ろうぜ」
「うわああ、やめろー」
「放せー、へんたい」
「きゃー」
「おい馬鹿、誤解を招くような叫び声上げんな。それとも、なんだぁ? 怖いのかぁ? はっはっは」
「こ、怖くないぞ」と未夜。
「なら、いいよなぁ」
列に並び、順番を待つ。
いよいよ俺たちの番だ。
「大人一人と、子供三人ね」
代金を払い、まずは俺が入る。
「今だ!」と眞昼の叫び声。
「あ?」
気づくと、クソガキ共が列を抜け出していた。
「あ、お前ら」
「ゴールで待ってるぞ」
「ちょっ」
「お兄さん、混んでるから早く入っちゃって」
受付のおばさんが俺の背中を押す。
「いや、待っ――」
「一名様ご案内でーす」
「ひああああああああ」
*
「あっ、ママ」
眞昼がある出店に駆け寄った。
焼きそばを焼いているのは、眞昼によく似たショートカットの美女だ。年齢は三十代前後だろうか。
なるほど、これが眞昼のお母さんか。どことはあえて言わないが、すごいでかい。
「眞昼、あら、未夜ちゃんに朝華ちゃんも」
「あ、どうも」
俺はぺこりと頭を下げる。
「おっ、君が噂の勇にぃだね。眞昼がいつもお世話になってます。龍石
お辞儀をした拍子に、どことは別に言わないが、たゆんと揺れる。
「いやぁ、そんなことないですよ」
「眞昼はいつも勇にぃがー、勇にぃがー、ってうるさいのよ」
「ママ、うるさい」
眞昼が明日香にじゃれつく。
「娘がお世話になってるお礼に、焼きそば持ってって。お代はいいから」
「すいません、ありがとうございます」
焼きそばを手に、飲食スペースに移動する。
「眞昼、お母さんのことママって呼ぶのか?」
「うるさーい」
3
夜に近づくにつれて、人が多くなる。
「おい、そろそろ始まるぞ」
暇になって携帯ゲームをしていたクソガキ共に声をかける。
やがて風を切るような音が聞こえたかと思うと、ドン、という音と共に空に花が咲いた。
「うわー」
「すっげぇ」
「綺麗です」
夜空を埋め尽くすように、次々と花火が打ち上げられる。毎年のことながら、感動する。
つんつんと、手を引っ張られた。
「ん?」
見ると、未夜が耳に顔を寄せて、
「また来年も一緒に見ようね」
「当たり前だろ」
夏の夜空に咲く、満開の花々。
爆ぜた光の尻尾が薄闇に溶けていく。
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