第37話  もうちょっとだけ頑張らせて

 1


「勇にぃって意外と甘えん坊なとこがあんだよなぁ」


 眞昼は慈愛に満ちた笑顔で言った。


「へぇ」


「男ってのはみんなああなのかな? あたし彼氏いたことないから分かんないけど」


「さぁ」


「最初は恥ずかしがってたのに、だんだん落ち着いてきてさ、気づいたら寝てたんだよ」


「へぇ」


「ま、昔はあたしらが甘えてばっかだったから、今度は勇にぃを甘えさせてあげるのはいいんだけどな」


「へぇ」


「でも本当にまいっちゃったよ。もう小一時間ぐらいずっとああしてくっ付いてたからさぁ」


「あ?」


「腕がもう痺れちゃって痺れちゃって」


「へぇ」


「やっと起きたと思ったら顔真っ赤にしちゃってさ。別に赤の他人ってわけじゃないんだし、照れんなっての。むしろ昔はもっとべったりくっ付いてたじゃんって」


「……そうだね」


「そんで間が悪いことにおばさんが来てさ」


「へぇ」


「そんで言ったのが『昔を思い出すわね』って。勇にぃがしどろもどろになって弁解してたのがまた昔みたいで面白かったよ」


「ははは」




 体育館の裏。食堂で席を確保できなかったため、私と眞昼はここで昼食を摂ることにした。今日は二人ともお弁当だ。

 花壇の段差に腰かけながら、和やかなランチタイムを送る。蝶がひらひら舞い、春のお日さまがぽかぽか気持ちいい。

 眞昼はお弁当に加えて、総菜パンやらスナック菓子やらも食べていた。さらに大きく育とうというつもりか?

 お弁当を食べ終えたところで、私は尋ねる。


「ところで眞昼」


 まだ重要なことを聞いていない。


「なんだ?」





から抱き着いてきたの?」



 一瞬の間が空く。



「え? あたしだけど」


「ふーん」


「それでさぁ――」



「あたしだけど、じゃないわー!」


 なに軽く流そうとしてんのこのおっぱいは。



「へ?」


 へ、じゃない。


「は? 何? どういうことなの? 私、全然状況が理解できないんだけど。どうしたら勇にぃに抱き着いて、押し倒して、ベッドで一緒に寝るようなことになるわけ? これが痴女じゃないならなんなんだ! この淫乱おっぱいが!」


「いや眠ったのは勇にぃだけであたしは起きてたってば」


「論点はそこじゃない!」


「まあまあ落ち着けって。いいか、これにはな、深ーい事情があんだよ」


 眞昼は神妙な顔つきになる。


「深い事情?」


 深いのはあたしの谷間でした、とか言い出すんじゃないだろうな。


「そ。一応、勇にぃには未夜と朝華には伝えてもいいって許可取ってるから言うけどな――」


 そうして眞昼は、勇にぃが東京でひどい扱いを受けていたことや携帯電話の着信音にトラウマを抱えていることなど、戦慄するような内容を語って聞かせた。


 2


 ギリっと、歯ぎしりの音が自分の口から聞こえた。


「そんなことが……」


「うん、本人も気にしてるみたいだったよ」


「……」


「携帯電話の着信音なんてさ、普通に暮らしてるあたしらには何の意味も持たない。日常的なものだよ。それなのに、勇にぃはそれに怯えるような生活を東京で強いられてた……」


「ひどい」


「だろ?」


 ああ、今なら映画の殺人鬼の気持ちが理解できるかもしれない。


 私の胸の内でどす黒い感情がふつふつと湧き上がってくる。


 はらわたが煮えくり返るというのは、きっと今のような感情のことを言うのだろう。


「勇にぃを苦しめるなんて、許せない」


「そこはあたしも同感」


「……」


 沈黙が場に落ちる。


「……眞昼、ごめん。私、何の事情も知らずに、その、嫉妬してて」


「いいって」


 ふと、自分の頬に何かが流れ落ちる感覚があった。


 ぽたりと、涙の粒が零れ落ちる。


「あ、あれ?」


「未夜?」


「ご、ごめん、なんだろ」


 ぽろぽろと涙が出てきた。手のひらを目にあてて、涙を拭うも止まってくれない。


 眞昼と勇にぃはとっくにそんな悩みを共有するくらいの関係になっているのだと思うと、自分が馬鹿らしくなってくる。


 小さなプライドにこだわって、意地を張って……私、何やってるんだろう。


「ひく、ぐすっ」


 眞昼は無言で距離を詰め、私の頭を抱きしめる。ふわっと、彼女の大きな胸に顔がうずまった。


 あったかい。


「どうしたの?」


 眞昼は柔らかな声で聞く。


「私、私……勇にぃと眞昼が、私を置いて、どんどん先に行っちゃうんじゃないかって……不安になって」


「あー」


「眞昼が勇にぃといちゃいちゃしてるのに嫉妬して、怒って、でも二人とも私の大事な人なのに……うぅ、うう」


「ごめんな。未夜」


「ふぇ?」


「前にあたしが手助けをするって言ったのは、それは未夜の気持ちをするって意味だったんだ。ああして仲良くしてるところを見せつければ、未夜もいい加減名乗る決心してくれると思って……その、発破をかけるつもりでやったんだけど、裏目に出ちゃってたね」


「……決心」



「あたしは、勇にぃ、未夜、朝華、この四人でまた一緒にいたいだけなんだよ」


「私も」


 そう、十年前みたいに、またこの四人でいられたら、どんなに幸せだろうか。


 でも――


「もうちょっとだけ、意地張っていい?」


 やっぱり、勇にぃから気づかせたいという気持ちは残ってる。

 私はこんな風に変わったんだって、見せつけたい。


 眞昼は、優しく私の頭を撫でてくれた。


「頑張るのはいいけど、引き際ってのをちゃんと考えないとダメだよ。いつまでも意地を張ってたら、未夜まで潰れちゃう」


「うん。ごめん、制服濡らしちゃった」


 眞昼のシャツは私の涙で少し濡れていた。


「いいよ。全く、あたしの周りは泣き虫ばっかだな」


 そう言って、眞昼は笑う。


「同い年だけど、あんたは可愛い妹みたいなもんだからね、応援してるよ」
































「……生まれたのは私の方が先だもん」


「そこ張り合うなよ」



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