最終話 やさしい世界で
待ち合わせの場所に着くと、もう既に彼女はそこで待っていた。俺に気がついて、「直紀ー!」と大きく手を振る彼女は、あの頃と全く変わらない。その笑顔が不意に、あいつを思い出させて、口の中に苦い味が広がる。
二年前、目を覚ましたら、目の前で友達が死んでいた。そんな嘘みたいな話が実際にあったのだ。
学校内で起きた事件ということで、一時期、学校には警察や記者が大勢押し寄せた。俺も、当然疑われた。凶器である包丁には、あいつの指紋だけが付いていて、俺が触った形跡が全くなかったため、早いうちに捜査から外れたけれど。
でも、疑いが晴れて本当によかった、とか、そんな非情なことを思えるはずもない。
しかも、いなくなってしまったのは駿だけではなかった。白柳も、自ら命を絶っていた。皮肉にも、俺たちがよく会っていた図書室で。
激しい精神的ダメージ受けた俺は、塞ぎがちになって、少しの間引きこもり、学校へ行くどころか、家を出ることすらままならなくなってしまった。
そんな俺を支えてくれたのが、みなだった。
みなは俺が自暴自棄になった時、いつもそばにいて笑ってくれて、抱きしめてくれた。
俺のせいだ、全部。そう悲観に暮れる俺に、みなは悲しそうに笑って、
「全部直紀のせいでも、みなは直紀を残していなくなったりなんか、絶対にしないよ」
友達だと思っていたみなが、突然誰よりも特別に見えた。みなだけは、俺を置いていかない。そのどこまでも優しい言葉に、俺はみなに抱きついて、ずっと長いこと泣き続けた。
あれから、二年も経つのか。と、不思議な気持ちになって、なんとなく黙っていると、隣を歩くみなが首を傾げた。
「どうしたの? なんだか元気ないよ」
相変わらず気づくの早いな、と思ったその時、おかしくて、少しの笑いがこみ上げてくる。俺は、みながいるから、だからこんなにも普通に笑えるのだと、幸せを噛み締める。
みなの、俺に少しだけ似ている茶色い髪が風になびくのを見つめながら、俺はズボンのポケットを探る。
今日は、これを渡すために来たのだと、会う前に散々練習した言葉を、たどたどしく口に出そうとする。
「大学、卒業したら」
俺が何を言おうとしているか全く分かっていない顔で、みなが、うん? と首を揺らす。
あいつと、駿とみなが誰よりも仲がよかったことは、俺だけではなく、周りのやつらみんなが知っていただろう。
みなたちは、親しかったとは言えないかもしれないけど、白柳とも知り合いだった。
見知った二人が、突然この世を去った。自分自身の手によって。
俺はそれを受け入れられず、心を閉ざしてしまったけれど、みなだって、あの時のことは一生忘れられないくらい衝撃的だったはずだ。
でも、みなは自分の力で立ち上がっただけではなく、俺を救ってくれた。いくら感謝してもしきれない。
みなのことが好きだ、と思う。きっと、他の誰よりも。
「結婚、しませんか」
言いながら、ポケットから指輪の箱を取り出す。開いて見せると、みなはぽかんとした顔で、俺が頑張って用意した少しいい指輪を凝視している。
頷いてくれるかな、と反応を待っていると、みなは俺のことを見て、それ、と呟く。指輪を指差して、
「みな、に?」
「当たり前だよ」
焦って俺がそう言うと、みなは、まるで石のようにかちんこちんに固まってしまった。
数秒間、そのままだっただろうか。もしかして断られるのか、これ。と思っていると、みなは、はっとした様子で、でも、嬉しそうに、
「みなで、いいの?」
「みながいいんだよ」
一瞬だけ、みなの表情が何かを思い出したかのように強張る。でも、すぐに満面の笑顔で、
「する、するよ! 直紀!」
ありがとー、と興奮したように頬を赤くして、みなは俺から指輪を受け取る。自分の指に通して、ぴったりー! と笑うみなは、すごくすごく可愛かった。
今度は、みならしいからかうような声で、
「まだこれから大学生活長いのに、直紀ってばー」
「俺は大学生だけど、みなはもう就職してるだろ。そっちのが、出会いとか多いだろうし。他のやつに取られたら困る」
言いながら、なんだか恥ずかしくなってきて、消え入りそうな声で「……と、思って」と続けると、みなははにかむように笑って、
「大丈夫だよー、みなは。直紀のことしか頭にないもん!」
はっきりと断言するみなを、愛しい気持ちで見つめる。
今は俺だけかもしれないけど、みなの心に深く住み着いていたやつがいたこと。そいつのこと、みなが一生忘れられないこと。そんなことは、知ってる。
でも、今だけでもいいから、みなを独占したい。
この、優しくも悲しい世界で、みなと生きていきたい。
そう強く決意しながら、みなの手を握ると、みなは穏やかに笑って、俺の手を握り返してくれた。
***
みながいい。それに似た言葉を紡いでくれた人がもう一人いたこと、みなは、ずっと覚えてる。
彼が残してくれたものを、みなは噛み締めながら生きていかなければならない。そう思ったから、みなは今こうして、直紀と同じ道を歩いていけているのだと、彼にいつか伝えられたらいいのに。
直紀がくれた指輪を、しあわせな気持ちで見つめる。
直紀と歩く道が、こんなにも輝いていること。みなは、絶対に忘れてはいけないのだと、彼のことを強く思った。
「あの日のぼくら」スピンオフ 駿ルート「暗闇」 紫(ゆかり) @yukari1202
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