第3話 ファーストコンタクト

 透明な壁にもたれ掛かりながらボーッとすること十分ぐらいか、後頭部に出来たタンコブがズキズキと痛み、更に捻ったであろう左の足首も腫れてきたのか、動かすとズキンと痛む。

 

 おまけにお腹も減って、トイレにも行きたくなってきた事もあり、勇也のテンションは駄々下がりとなっていた。

 

「マジかー 俺死んじゃうのかなー」

 

 どうせ死ぬなら、派手に超能力を使って取引先のアイツとか、上司のアイツとか、同僚のアイツに、色々とやらかしてやれば良かったと、かなり危険な妄想を始めたところで、離れた所からガラガラとシャッターが上がってく音が聞こえてきた。

 

!!

 

 急に聴こえた人工的な音にビクッと体を震わした後、慎重に立ち上がりながら音のする方へ視線を向ける。

 

 ガシャン! ガラガラ……ガシャン!

 

 シャッターが動いた様な音が聞こえ、しばらくガラガラと巻き上げている音が聞こえた後、停止する音と共に複数人の足跡が聞こえ、何やら指示らしい声も聴こえる。

 

 人の気配を感じた勇也は、一先ずの安心と、これからの展開を予想しながら事の成り行きを見守ることにした。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

「誰か倉庫を開けてください」

 

 ユーリエルの指示に従い、鍵を持ったスタッフがシャッターの開閉スイッチを操作する。

 

「ニック、カロンの二名は入り口の警護だ。本件は情報規制案件となる。誰も入れるな」


 ロッカ少尉の指示に二名の部下は敬礼で答え、倉庫の入り口の左右にそれぞれ立哨を始める。

 

 その様子とシャッターが半分ほどで停止したのを確認し、クランはユーリシアに立ち入りを促し、倉庫へ入っていく。

 

 窓の無い倉庫は、外灯の差し込むわずかな光しか届いておらず、該当の異世界人の姿は見えない。

 

 ユーリエルの指示する声が静かな倉庫に響きわたり、スタッフの一人が室内灯のスイッチを入れたのか、バンバンと水銀灯に光が点っていく。

 

 明るくなるまで時間が掛かる水銀灯は、徐々に倉庫の中を照らし始め、該当の異世界人が居る倉庫の奥を照らし始めた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 遠くでバンバンとブレーカーを上げる音と共に、天井部分に薄っすらと光が灯り始める。

 

 「水銀灯?」

 

 天井で光る投光器を見て、勇也は首を傾げる。

 

 あれ?

 

 ここって地球?

 

 勇也が見上げる天井は如何にも倉庫然としており、その近代的な構造は、勇也の想像していた異世界系物語には全くもって似つかわしく無い代物であった。

 

 その光景を見た勇也は安堵半分、残念な気持ち半分のため息を吐き胸を撫で下ろすが、頭によぎった『拉致』という単語にヒヤッと背筋が寒くなる。

 

 しかし何故?

 

 透明な壁に背中を預け、やっと見えた扉に視線を向けながら、何故自分が拉致されるのか考える。

 

 自分の能力は世間に知られていない。

 

 訓練が見られた?

 

 いやいや、そんな派手なことはしてない。

 

 外での訓練って言っても、じいちゃんの軽トラを数センチ浮かせる程度だ。

 

 やはり合点がいかない。

 

 そんな事を考えている内に、複数名が近付いて来る気配がして勇也は思考をやめて扉に意識を集中した。


 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 五号倉庫の最奥にある『異世界召喚陣』

 

 五百年前『勇者』を召喚し世界を救った奇跡。

 

 それが作動した。

 

 作動してしまった。

 

 また無関係の異世界人を無差別に拉致してしまった。

 

 クランは倉庫の最奥に進みながら、召喚されてしまった異世界人に向かって何を話せば良いか悩んでいた。

 

 当然罵倒されるだろう、もしかしたら暴力に訴えるかもしれない、この世界を恨んで犯罪者になるかもしれない。

 

 そんな風に考えると、胃の辺りがシクシクと痛みだし、思わず胃の辺りを手で摩った。

 

「部長、大丈夫ですか?」

 

 クランが青い顔をしながら胃の辺りを摩っているのを見たユーリエルは心配気に話しかける。

 

「あぁ、大丈夫だ、これから会う異世界人に何を話せば良いか考えたら胃が痛くなっただけだ」

 

 クランは苦笑いしながら、問題ないと扉の取手に手をかけた。

 

「さあ、これから異世界人とご対面だ、友好的なご挨拶でもしようじゃないか」

 

 クランは緊張をほぐすため、少し軽い口調でスタッフ達を見渡しながら話し扉を開けた。

 


◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 

 扉の前で何やら話し声が聞こえた後、扉がガチャリと開いた。

 

 自分が少し高い所にいるためか相手を良く見える位置にいるため、勇也は扉から入ってきた中年の男性とその部下なのか、半歩引いた位置にいる女性、更に後ろで空気のようになっている数名と、軍服らしき服装の男性それぞれ観察する。

 

 中年の男性は、シルバーの髪をオールバックにした身長百八十センチぐらいで痩せ形、顔はイケメンだが、如何にも苦労人といった雰囲気を醸し出しており、その姿に普段からお世話になっている課長と同じ匂いを感じて、思わず親近感が芽生えた。

 

 その彼の格好は、ネクタイを絞めたワイシャツの上に、濃紺のローブ?を羽織っており、そのローブは袖口、前合わせの部分にシルバーで刺繍がされている辺り、遠目で見ても偉い人の印象を受ける。

 

 次に彼の部下と思われる女性に目を向けると、赤い髪を後ろで縛り、化粧っけの無い顔にメガネを掛け、白衣の様なローブを纏っており、如何にも研究者然とした出立をしている。

 

 メガネをクイッと上げて、キラーンとかしそうな感じだな。

 

 因みに、必死に空気となろうとしている数名は女性と同じ白衣の様なローブを纏っていることから、彼女の部下でモブ扱いなのだろうと自己解釈して、女性の隣にいる軍人らしき男性に目を向ける。

 

 その軍人らしき男性は、腰に剣を帯びており鋭い目つきで勇也を見つめていた。

 

 あの手のタイプは何か言うと、「キサマ!無礼であろう!」とか言って、あのイケメン親父に窘められてりすのかなぁ、などと勇也は勝手に解釈し、責任者と思われるイケメンの男性に顔を向けて自分から先に話し掛けた。

 

「あのぉスミマセン、トイレに行きたいのですが……」

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