アイ(AI)のある日々 ~財政破綻した社会で、AIの相棒と楽しく生きてます~

大沢 朔夜

プロローグ

「和風ピザとコーヒーのセット――以上でお会計、一万二千円になります」

 お昼時のカフェのカウンターで、私はアンドロイドの店員さんからそう告げられました。

「は~い。アキナ、お会計お願いね~」

 私は、顔にかけているスマートグラスを通して「彼女」に話しかけました。「彼女」が「承知(しょうち)しました」と答えた次の瞬間には、店員さんが「お支払いありがとうございます! ごゆっくりどうぞ!」と返事をします。

 前払いのお会計を「彼女」が一瞬で済ませてから、私は隣に目を向けました。四つのプロペラを持つ手乗りサイズのドローンが、「彼女」の操作で静かな羽音(はおと)を立てながら浮いています。

 そして私の目線より少し下、ちょうどドローンのカメラの位置に目線を重ねる形で――「彼女」が私のスマートグラスを通して、拡張現実(AR)のCGの姿を映していました。身長は百六十センチ弱。ショートの金髪と碧眼(へきがん)の吊り目を持ち、すらりとした身体を黒のパンツスーツに包んだ、クールでボーイッシュな雰囲気の女の子です。

 壁にはレンガがあしらわれ、木製のテーブルや椅子が並ぶ店内。そこを適当な席まで歩きながら、

「アキナ~。いくらだった~?」

 私は、隣を歩く「彼女」――アキナに話しかけました。

「〇・〇二八五ビットコインです、お嬢(じょう)様(さま)」

 眼鏡のスピーカーから聞こえた彼女の答えを聞いて、私は首をかしげます。

「う~ん……。それって、前より高くなってる~? 安くなってる~?」

「そうですね……。日本円の価値が下落(げらく)し続ける分、物価(ぶっか)も上がり続けているので……。仮想通貨に換算(かんさん)しての物価は、以前と比べてもとんとん、というところでしょうか」

「そうなんだ~。それでも、もし日本円しか使えなかったら、大変だよね~」

 アキナとそう話しながら、私は席について店内を見回しました。

 小ぢんまりとした空間には、私たちの他に二人――いや、その倍ほどお客さんがいます。私のようにスマートグラスをかけた人や、あるいは腕時計型の端末(たんまつ)を手首につけた人たちが、それらの端末と――正確には、それらを通じて「相棒」と話しているのです。

「炭水化物(たんすいかぶつ)は食べすぎない主義だが……。たまにはピザもいいよね」「そうだね。君は何を食べるか栄養で決めてばかりだから、たまには味わいたいものを食べなきゃ」

「ピザまるまる一枚を三つって……。食べすぎです、お嬢様」「いいの! それでもここのメニューのほんの一部なんだから、まだまだ味わい足りないって!」

 店内にいる人たちの口から、そして彼らの端末から漏れ聞こえてくる会話を聞きながら少し待っていると、私のところにも注文の品がやってきました。湯気を立てる熱々(あつあつ)のチーズと何やらクリーム色のソースを乗せ、ほどよく焦げ目がついたピザ、そしてコーヒーです。

 そのごちそうを前に、私は両手を胸の前で合わせて、

「わ~! おいしそ~! いただきま~す!」

 と胸躍(おど)らせてから、ナイフとフォークを手にしてピザを切り出すのですが、

「……おっと、仕事だったよね~。今のカットして、アキナ~」

 そう言って、隣で直立(ちょくりつ)不動(ふどう)のアキナに苦笑いを向けました。それに対し、彼女は腕組みして、

「それも検討(けんとう)しますが……。そこもカットしないほうが、あなたらしさが出るのでは?」

 やや呆れ顔で答えます。私は「そんな~!」と、若干半べそかいてから、

「ま~いいか。ごほん! それでは、テイク2(ツー)~!」

 咳払いをして、仕事モードに戻るのでした。



 ピザとコーヒーをエンジョイしてから、昼下がり。アキナに自動運転のタクシーを呼んでもらい、私は家路(いえじ)につきました。

 前の席と後ろの席が向かい合った四人乗りの車内に、私は一人座っています。正確には、車を操作するAIがいる上に、

「動画のアップが完了しました、お嬢様」

 そう報告してくれるアキナも一緒にいるので、私一人ではありません。今はさっきのドローンを鞄(かばん)にしまっていますが、それでも彼女はスマートグラスを通して、私の隣の席にARの姿を表示しています。

「ふあ~ぁ。りょ~かい……。さっそく見せて~……」

 食後の眠気に襲(おそ)われる私があくび交じりに答えると、視界中央に動画が表示されました。アキナが録画して、そして今までの十五分ほどの間に編集してくれたのです。

 動画の最初では、ドローンのカメラ――つまりはアキナの視点から、私の後ろ姿が映っていました。石畳の道端(みちばた)の、民家(みんか)ほどの大きさのカフェの前。そこで、アキナの目線より少し背が高い、男の子くらいの身長の女の子が『ここだ~!』と喜びながらお店を指差します。

 割と適当なパーカーとジーンズに身を包んだ女の子、つまり私は、肩の近くまである赤みがかったショートヘアを揺らしながらカメラへ振り向き、

『着いたよ~、アキナ! ……って、視聴者の皆さんに、あいさつしなきゃね~。 ……こんにちは~! 春香(はるか)で~す! 今日はピザが売りの、隠れ家(が)的なカフェにお邪魔しま~す!』

 スマートグラス越しにぱっちりした垂れ目を細めて、丸っこい顔をへにゃんと笑みの形にしました。それを見て、

「もうアキナ~! やっぱり余計なところカットしてないでしょ~!」

 私はアキナに抗議します。無表情の彼女が「それは見てのお楽しみです」としれっと答えてからも、動画は続きました。例えば私が、

『う~ん。このオムカレーも明太子(めんたいこ)パスタもおいしそうだな~。どれにしよ~』

 なんて、カウンターでメニューを見ながら迷っている姿や、

『わ~! おいしそ~! いただきま~す! ……おっと、仕事だったよね~。今のカットして、アキナ~』

『それも検討しますが……。そこもカットしないほうが、あなたらしさが出るのでは?』

『そんな~! ま~いいか。ごほん! それでは、テイク2~! え~っと、今日はこの和風ピザをいただきま~す! クリーム色の変わったソースが乗ってますね~。お味噌(みそ)でしょうか~?』

 なんていう、さっきのぐだぐだなやり取りや、

『ん~! おいし~! アキナも食べられるなら分けてあげたい~!』

『お嬢様、食レポは?』

『あ、そうだった~。えっとですね~、お味噌のソースがもっちりした生地やとろっとろのチーズと絶妙なハーモニーを奏(かな)でてますね~。キノコやエビも入ってて、こりこりぷりぷりした食感が楽しめますよ~。このあたりに寄られたらぜひ~』

 なんて、やっぱりぐだぐだな食レポが流れていて――そういう余計な(アキナ曰く、私らしい)場面を収めつつもうまく五分程度にまとまった動画を見ている間に、私は顔に火が付いたように感じていました。

「あるがままのあなたが魅力的ですよ……。多分」

 動画が終わってから、アキナはそうフォロー(?)してきます。

「そうだね~。それで再生数伸びるといいけどさ~。はぁ……」

 私はため息を一つついてから、窓の外に目線を移しました。

 大通りに沿った、一見普通の都市部の街並み。しかしよく見ると、お店だったらしい建物はシャッターを下ろしているところばかりでした。さらに荒れた風景が、ときどき混じります。

 例えば、歩道にちらほらと見られるごみの山。

 例えば、テントや段ボールハウスが立ち並び、身体も服もどろどろに汚れた人たちが群れ集まる公園や駐車場。

 例えば、空き家(や)だらけらしく、ところどころガラスが割れたままの家がある住宅街。

 そうした風景の中にも、救いはありました。

 歩道のごみをせっせと掃除して、収集車に詰め込む人(アンドロイド?)たちがいます。

 公園や駐車場で過ごしている人たちに、炊き出ししている人たちがいます。

 空き家にも、解体かリノベらしい工事が入っているところがあります。

 私はそれらを見て、それからとあるマンションの前の広~い駐車場で炊き出しをしている人たちを指差し、

「アキナ~。あのホームレス支援の《ボランティア》に、〇・一ビットコイン投げ銭(せん)しといて~」

 そう彼女にお願いしました。

「気前いいですね……。今の日本円の価値にすると、軽く四万円超えますよ。本当にその金額投げますか?」

 アキナにそう突っ込まれて、私は「う~ん……」と少し迷うものの、

「まあいいよ~。お金はまた稼げばいいしね~。それに、私もあの手の《ボランティア》にはお世話になったしね~」

 笑顔でそう答えました。アキナが「承知しました」と答えてから一秒後に、スマートグラスがテキストを表示してきます。《ボランティア》の団体名と、『投げ銭ありがとうございます! これからも頑張ります!』というメッセージ。アキナが一瞬で投げ銭を実行してくれて、向こうからも一瞬でお礼が帰ってきたのです。

 私は、いいことした、という満足感を覚えつつ、再び眠気を感じます。「ふあ~」と、また一つあくびをしてから、

「さ~て、明日は何しようかな~」

 なんて言いながら、軽く伸びをしました。

「最近食べてばかりなので、少しは運動もされたらどうですか、お嬢様?」

 アキナにそう提案され、

「そうだね~、それも考えてる……。それと、いい加減『お嬢様』じゃなくて『春香』って呼んでよ~、アキナ~」

 と、私はアキナの提案に同意しつつ、唇を尖らせます。

「そうですね。それも検討します」

「検討じゃなくって、実行してよ~」

 私たちがそうのんびり話している間にも、タクシーは家路を走り続けました。

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