新作VRMMOで世界を救おうと思ったら『ピリオド』なんて不穏なクラスを割り当てられたんですが
ごろん
新作VRMMOで世界を救おうと思ったら『ピリオド』なんて不穏なクラスを割り当てられたんですが
OP
澄みわたる空。
吹き抜ける風。
そして、見果てぬ先まで広がる異郷。
ここではないどこかへ舞い降りてはみませんか?
高度に発展した未来都市、暗い海原に隠れ栄える海底世界、動物たちの楽園たる大草原、魔獣魔法の行きかファンタジー世界。
どこへだって、いつだって。
そんなの無理、夢物語だ、ですって?
その無理が、夢物語が、叶うんです!
この『ワンダーマテリアル』さえあれば!
パイプライン裏に潜む凄腕産業スパイにも、頂点捕食者に挑む若獅子にも、未曽有の危機に怯える人々の救世主にだって!
あなたの望む場所へ、望むように!
新たなライフスタイルを手に入れてはみませんか?
『ワンダーマテリアル』は現在テストユーザーを大募集しております。プレイ内容次第では報酬も!
詳しくは……
※
コンビニ裏の、勝手口から出た先の路地裏。
二〇時を回ってしまうと、六月半ばの日が長い時期とはいえ暗い。出入口を照らす心許ない灯りだけが頼りの、キレイとは言いがたいが従業員たちの貴重な憩いの場だ。
「先輩! ついに今日、うちに届くんですよ!」
雨上がり後の、立ち込める湿気もものともせず、ひっくり返したビールケースに腰掛けた少年が、スマホ画面に流れる広告動画へ目を輝かせている。
リピートで流れているのは、最近巷で話題の『ワンダーマテリアル』の紹介。
「辛抱たまらなくてレポ記事とか見ましたけど、触感すら再現するVRデバイスとかトンでもなくなくないっすか⁉」
背丈は大人と遜色ないが、顔つきはまだ幼い。年の頃なら十五歳ほどの、店の制服を肩にかけたバイト上がりだ。制服にピン止めされたネームプレートには『
「辛抱たまらんくて日本語怪しくなってるぞ、伏希」
がっちりとした長身を折って、ビールケースを片付けている未だ就業中の少年は、ネームプレートに『
「なんか……」
「どうした?」
「いつ見ても先輩の名前って、ヤンキー臭が凄いっすよね」
指を丸めたチョキで目を突かれた。
「眼球が痛い!」
「正直と無礼を履き違えると痛い目にあうって、いい勉強になったな」
「そんなミクロな学習経験じゃ、何べん痛い目にあうんですかね、俺」
「故事と店長も言ってただろ。一を聞いて十を知るんだよ」
「おいおいおい! それができるなら、こんなところやめて、道行く胸部バインバインさんのバインバイン音からバインバインの全容を解明するお仕事に就きますよ!」
「経済活動と治安維持組織への重大で不遜な挑戦だな……内容自体は肯定するけど」
頭はおかしいが、実質的には、二人が勤めるコンビニのオーナー店長が掲げる教育方針への愚痴だ。
並んでため息をつくと、
「で、ワンダーマテリアルが今日来るって?」
※
「ええ! ようやく、先輩に追いつけました!」
物自体は、寮の管理人室で預かってもらっている手筈だ。
帰りがけに受け取れば、そのまま夢の体験にありつくことができる。
「そういうのは、レベルと経験が追いついてから言うもんだぜ、ボーイ?」
に、と不敵に口端を持ち上げてくるから、腕を組みなるべく傲岸に、
「ふふ! 最近になってゲームを始めたヒヨッコみたいな先輩に、物心ついた時から拡張端子に指を突っ込んでいた俺が負けるとでも?」
「お、ディスク裏表に入れた話するか?」
「ぐぬぬ……! えっと、なんか痛い話……痛い話……!」
「なんでAVコードの頭って、踏むと叫ぶぐらい痛いんだろうな」
角度の付いた追い打ちに戦況の不利を悟り、
「しかし、すごいですよね」
話を戻すことに。
「今のとこマシン名と同じ『ワンダーマテリアル』しかタイトルないですけど、プレイ内容次第で報酬があるとか、とんでもないですよ。専属タイトルも、選べるサーバーが五十越えとか」
新興のゲームメーカーにしては異様に充実した体制である。しかも、未だテストプレイ段階であり、デバイスそのものは購入の必要があるが、他サービスは基本無料。
「初手で乾坤一擲とか、こんなご時世の中でなかなか凄いメーカーが出てきたって、話題になったんですよね」
「そうなのか? ちょっとそのあたり、俺は疎いからなあ」
ビールケースを積み重ねながら、譲恕が笑う。
「何より技術ですよ! 視覚、聴覚ときて、5G普及で次は触覚かな? とか言われていたのに、そこをぶっ飛ばして臭いや味覚まで再現しているとか……!」
子心は拳を握り、瞳に炎を灯し、
「MMO特有の際どい格好したお歴々に、タッチどころかクンカクンカまでできるとか……! 生きていて良かった!」
「ダメだぞ? 迷惑行為や犯罪は管理者に捕まるからな?」
「え? 紳士的に振舞うのに……レディ、ユーのオパイにミーのハンドをコネクトしてもオゥケィ?」
「紳士の意味って、どこで教えてくれるんだろうな」
「紳士服売り場じゃダメですかね。けどそっかぁ、合法じゃないのかぁ」
「先回りしてお前のマシン叩き割ったら、俺、運営から報酬貰えねぇかな」
先輩と後輩は、それぞれがそれぞれ、理由は違えど深刻な落胆に襲われたのだが、まあくだらない話なのですぐに立て直すのだった。
※
「じゃあ、先に行きますね!」
ビールケースから腰を上げ、その即席な椅子を先輩へ手渡す。
「なんだ、もう行くのか? セットアップとか大丈夫か?」
「ええ! 早く帰ってゲーム始めないと、お隣の壁ドン激しいんで!」
「それは、お前のゲームスタイルに問題あるからだろ。どうしてソロ用のゲームですら、全力でリアクション叫び散らかすんだよ。俺でもキレる自信あるわ」
「なんすか! 高い山、デカいモンスター、そして高くてデカいあの子のオパイとかを全力で楽しんでいるだけですよ!」
「人に迷惑かけるなよ」
「ずるいぞ、良識を発射するな! 何も言い返せないでしょうが!」
先輩が困った顔をしたが、なぜだろうか。
まあ、とりあえず、
「お隣さん、超こえぇんすよ。メチャクチャ美人なんすけど、太鼓でも叩いてるのかってぐらい壁連打してくるし……」
「そのお隣さんは、お前が非合法の葉っぱをキメてると疑って怯えていると思うぞ」
「そのうえで祭囃子を十六ビートで刻んでくるってことは、何かあってもフィジカルで勝てると踏んでいるってことっすよね……許せねぇ! 表情も胸も無のクセに……!」
「お前はどうしてそう、特定の身体特徴を持つ女性にセメントなんだ……」
※
「あとで先輩のサーバー教えてくださいね! じゃ、お先です!」
口を開くと嵐のように知能指数を下げてくる後輩を見送りながら、譲恕は安堵に近い吐息をついた。
「さてまあ、追いつくとは言っていたけども、どうなることやら」
渡された椅子代わりのビールケースを、投げるように最上段に重ねながら、
「ねえ、姫様?」
声を、バカの去っていた小路とは逆にかける。
暗がりから、弁当用に用意されている茶色のポリ袋を提げた少女が、心許ない灯りの下へ姿を現す。
隔絶の美貌だ。
幼さの中に、美しさと儚さを兼ねて以て浮世離れしており、明るい緑の大きな瞳がさらにこの幽世の住人を思わせる。
目は開かれているが、ただ映るものを反射するだけで、何かを望み求めるような光は皆無。
「また弁当ですか? 体に良い悪いは置いておいて、バランスは悪いですよ?」
気遣っての言葉をかけるが、姫と呼ばれた異相の彼女は、興味もなさげに捨て置いて、
「また、仲間を増やしたの?」
「ええ。アイツは、きっとうちの城を助けてくれますよ」
励ますように明るく、けれど、
「どうかしら。舞台は数多、わざわざうちを選ぶとは思えないけれど」
それに、と続けて、
「全てを取り返したところで、もう城には誰一人残っていないのだし」
嗤うでもなく怒るでもなく諦めるでもなく、事実を事実として語るような口振り。
取り付く島のない様子に、譲恕も困って頬を掻くだけ。
足を運び、前を通り過ぎて、後輩が駆けていった小路に足を進めながら、
「あなただって、あちらを見限ったのでしょうに」
言い捨てて、頼りない足運びで夜へ消えていった。
残された譲恕は、保っていた笑い顔をゆっくりと解いていき、
「そんなんだから、俺らも身の振り方を考えることになるんだよ」
深い深い、苦悩を眉根に寄せて見せる。
どうにか全てがうまくいけばいいのだけども、などという曖昧な願いをため息に乗せながら。
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