往ヶ島には酒を飲む場所が三つあると教えられた。

 スナックが二軒と居酒屋が一軒。酒など飲む気分じゃないと田村に訴えた。食事をしながら話せる店はほかにないと言われ、無理矢理ここに連れて来られた。

 居酒屋と看板にあるが、チェーン店とは雰囲気がだいぶ違う。酒瓶が並んだ食堂のようだった。店内には観光客と思しき客が数人いた。着ている服や持ち物で何となく察しがつく。土地の人は店ではなく、家で酒を飲むのだろうか。

 田村は私を奥の座敷に引っ張っていった。

 障子を閉めると、狭い個室のようになった。確かに話をするには適した場所のようだ。

「慶子さんのことは、お隅さんに任せておけば大丈夫です。きっと僕らにできることはないでしょう。何かあれば連絡が入るようになっていますから、少し落ち着きましょう」

 田村に説得され、肩を落とした。田村が言うように、今の私には何も出来ない。理解を超えた現象に、慶子のみならず、この私も巻き込まれ、翻弄されていた。

「飲みましょう」

 田村はビールと何品かの料理を注文した。

 並んだ皿に思い思いに手をつけて、ビールを飲んだ。不思議な気分だった。さっき出会ったばかりの田村が、親しげに醤油を小皿に垂らしてくれている。飲み食いをしていても現実感のかけらもない。ジョッキビール一杯目だというのに、アルコールの回りが早かった。

 二杯目が運ばれて来ると、田村は箸を置き、神妙な表情をした。

「株分けの兆候が親父に現れたのは八日前です」

 田村はそう切り出した。

「最初、背中からわき腹にかけて茶褐色の痣が広がりました。二日目、脇の下に奇妙な隆起が見られたのです」

 ビールを一口飲んで、私は田村の話に聞き入った。

「痣はだんだん人の顔のようになってきました。四日、五日目で親株の皮膚が裂け、肩や腰が露出。六日で上半身の半分が現れ、七日目、意識が認められ、受け答えが出来るようになりました。あなたに電話したのは、その七日目です」

 田村はおしぼりで口元を拭いた。眼鏡をはずし、瞼をさすり、さらに話を続けた。

「九日目、株人は親株とわき腹から腰を共有した状態になり、そして、十日目の明日、二人は完全に分離します。これが株分けの行程です」

「なぜ、そんなことが起こる?」

「それは僕にもわからない。ただこの島では株分けが、かなり昔から続いていたようです。親父に聞けばもっと詳しいことがわかりますが、なかなか教えてくれません。次の親株にしか伝えられないと……」

 田村は煮物を箸でつつき、口に運んだ。

「あれは確かに慶子だった」

 私は荒い息を吐いた。

「あなたが言うのなら、間違いないでしょう」

 他人事のようなものの言い様にかちんときたが、仕方がない。田村にとって、これは日常の延長に過ぎないのだ。松尾の身体からまさに分裂しようとしていた慶子の姿、この目に焼きついている。あれは紛れもない現実の光景だった。

「慶子は交通事故で死んだ。遺体もこの目で確認したんだ」

「株人は皆、故人なのです。この僕も五年前に親父から株分けされました」

 田村は刺身を挟み、醤油をつけてから口に運ぶ。すぐにグラスを傾け、喉を鳴らしながら、ビールを干した。

「僕は病死でした。死ぬ前の記憶はありますよ。僕としては少し長く眠っていたような感じでしたね。意識がはっきりしたときには既に親父の隣にいたのです」

 田村は少し笑ってから、島でつくられた酒を注文した。すすめられるままに口をつける。青い匂いに顔をしかめながら飲み続けると、しだいにそれが癖になるようだった。

「親父は慶子さんを含め、僕、祐太と三人を株分けしたことになります」

「祐太?」

「祐太はヘリポートで出迎えた、あの男の子です」

「松尾さんは、いったい何者なんだ?」

「親父も株人です。親父を株分けした親株がいて、その親株もまた、上位の親株からの株分けによって生み出されたのです。株分けによって、故人と故人をつなげて、この島でよみがえらせている。何のためかは、先に言ったとおり、僕にはわかりません。ただ島について調べていくうちに、自分の祖母がここの出だということを知りました。それに祐太も同じように親類がこの島の出身者でした。たぶん、慶子さんもそういった関係性があるのだと思います」

 慶子の口から、この島のことを聞いたことはなかった。しかし、何世代かさかのぼって確かめたわけではない。

「ほかに株人は?」

「今いるのは僕たちだけです。株人は片手の指よりは増えないと、親父は言います。新たな株分けがあれば、誰かが死ぬのでしょう」

 田村の空いた杯に、私は島の酒を注いでやった。

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