第26話 三郎カムバック

 昼食に山菜のサラダと塩ゆで、焼き魚を食べた後、俺らは肉班のメンバーを選抜した。


 メンバーは、

 探知能力を持つ平和島和美(へいわじま・なごみ)。

 マップ能力を持つ平和島和香(へいわじま・のどか)。

 鑑定能力を持つ財前守里(ざいぜん・まもり)。

 動物を引き寄せられる新妻心愛(にいづま・ここあ)。

 運搬係に念力を使える舞薗茉莉(まいぞの・まつり)。

 血抜きのできる鬼島赤音(おにしま・あかね)。

 ハニー?の俺、朝倉恭平(あさくら・きょうへい)。

 興味があるらしい竜宮院乙姫(りゅうぐういん・おとひめ)。

 ヒットマンの獅子王狩奈(ししおう・かるな)。

 の、9人だ。


 思ったより大所帯になってしまった。


 ちなみに、鑑定能力を持つ守里がいるのは、できるだけ老いた個体を仕留めるためだ。


 いくらキョンが大量発生していると言っても、若い高校生50人分の食肉だ。


 調子に乗って獲り過ぎたら、絶滅させてしまうかもしれない。


 だから、できるだけゆるやかに数を減らすべく、若いキョンは殺さない方針だ。




 島の山に広がる森は、思った以上に深い。

 鬱蒼と生い茂った木々は、樹齢100年を思わせる貫禄がある。

 それこそ、いにしえから潜む神の使いが住んでいても、違和感がないくらいだ。


「結構道が険しいけど、みんな大丈夫か?」

「はい、山菜探索で何度も来ているので。と言っても昨日と一昨日含めて三回目ですけど」

「一応、農業高校だしね」

「わたしも、だいじょうぶだよ」


 一番体力のなさそうな平和島姉妹と心愛に続いて、みんなも元気に応えてくれた。


「ボクも大丈夫だよ、ハニー」

「お、おう」


 俺の腕に、自分の腕を絡めてくる赤音も、笑顔で答えた。


 すると、乙姫があからさまに不機嫌になった。


「ちょっと赤音、歩きにくい山の中なんだから自重しなさいよ」


 ――ナイスだ乙姫。


 正直、さっきから赤音の豊乳が上腕に当たって、幸せ過ぎて怖くなっていた。


「それもそうだね。じゃあこうしようか」


 赤音は俺から離れると、今度は互いの指を絡め合うように握手をしてきた。

 いわゆる、恋人つなぎである。


「いやそういう問題じゃないから!」

「え? でもこれなら腕を伸ばせる分、自由に動けるよ? うらやましいなら乙姫もやればいいじゃない?」

「だ、誰もそんなことは」

「あ、じゃあわたし、手を握ってもいいかな」


 そう言ったのは、意外にも、奥ゆかしい新妻心愛だった。


「へ? 心愛? あ、あの……」


 俺が承諾する前に、心愛は、俺の手を握ってきた。


 でも、途端に心愛は恥ずかしそうに顔を反らして、頑なに前を向いたまま歩き続けた。


 いや、ちょっと伏し目がちだけど、チラチラと俺の表情を窺ってくる。


 その姿がべらぼうに可愛くて、なんだか変な気分になってくる。


 そして、乙姫は唇を噛み始めた。


「オトヒメちゃんはキョウヘイちゃんのお手て握らないっすか?」

「いいわよ」

「じゃあ乙姫ちゃんのおっぱい握っていいっすか?」

「人間たいまつになりたいの?」

「オトヒメちゃん目がマジっす!?」


 妙な話の流れを変えるために、俺は話を振った。


「それで和美、キョンはこっちにいるのか?」

「はい。島中にキョンの反応があるんですけど、比較的近くにいるのはこの方角です」

「島中か、やっぱり、大繁殖しているんだな」


 ――将来、農業を始めたときのために、鹿害対策も進めないとな。


 地面にはびこる太い根っこをまたいで歩きながら、俺は先々のことを考え始める。


 ――でも、罠を張って、みんながかかったら大変だよな。


 そう考えた矢先、何故か先頭を歩く勇者狩奈が、手を挙げた。


「止まれ。何か来るぞ」

「お、キョンか?」

「目に見えれば、ピンポイントで誘い出せるよ」


 漁業のときと違い、周辺の動物にまとめてこられると困るので、心愛の力はキョンを見つけてから使うことになっている。


 遥か前方で、草むらが、ガサガサと揺れた。


 そのまま、草木の揺れが徐々に近づいてくる。


 かと思えば、揺れが上に移動した。


 木の枝葉を揺らしながら、ナニカが迫る。


 まるで、モンスター映画かホラー映画のワンシーンのような光景に、緊張感が走った。


 平和島たちに至っては、軽く悲鳴をあげた。


 ――なんだ、猿か? 山猫か?


 一応、戦闘態勢を取ろうと、俺は赤音と心愛から手を離すと、過冷却水の準備をした。


 乙姫も、前に進み出て手を構え、狩奈と守里は格闘技者のような構えを取った。


 そして、枝葉の揺れはすぐ近くの樹木で止まると、黒い獣がドサリと落ちてきた。


「「「きゃぁああああああああああああああああああああ!」」」


 和美と和香と心愛の悲鳴が重なった。


 正体はわからないが、けむくじゃらの獣が牙を剥く前にと、俺らは同時に攻撃を放とうとした。


 だが、それより早くケダモノが動いた。



「人ノ子ヨ! 去レ!」

 


 ――しゃ、喋った!?


 わけがわからず、俺らは茫然自失。

 けど、俺は気づいた。


 その毛むくじゃらのケダモノが、ボロボロになった布をまとい、短パンらしき物をはいていることに。


 泥で汚れ、焦げ茶色の体毛と渾然一体と化してはいるが、それは確かに、あいつが身に着けていたものだ。


 と、いうことは……。


 俺は息を呑み、頬を引きつらせた。


「お前……もしかして三郎?」

『え!? 三郎!?』

「「?」」


 赤音と狩奈以外のメンバーの驚愕が重なった。

 すると、ケダモノが反応した。


「サブ……ロー……グッ、頭ガ、頭ガ痛イ」

「間違いない、こいつは三郎だ。たぶん、山に適応してこんな姿になったんだ!」

「適応早っ!?」

「もはやトランスフォームのレベルっすね……」


 乙姫と茉莉はドン引きだった。

 そんなことよりも今は。


「大丈夫か三郎!? 俺がわかるか? おい三郎!」

「私ノ前デソノ呪ワレタ単語ヲ口ニスルナァ!」


 獣の咆哮を上げながら、三郎は牙を鳴らして、喉を唸らせた。


「我ハコノ島ノ森ニ住ミシ神、獣ノ王……コレヨリ先ハ神聖ナル領域。貴様ラ人ノ子ラガ汚シテ良イ場所デハナ……イ……!?」


 くわわっ、と、三郎のマナコが開き、目が血走った。

 熱い視線は、狩奈、心愛、赤音のおっぱいに注がれていた。


「ふぉぉおおおおおおおおおおお! 爆乳じゃあああああああ! おっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイ!」


「イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 猛然と駆け出す三郎、叫ぶ心愛。

 そしてガチギレ顔で進撃する乙姫。


「絶対零度キャノン!」

「あぶぉおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 青白い炎の濁流に飲み込まれた三郎は、数メートルも下がって木に叩きつけられた。


 森の主になっても、憐れさは変わらなかった。


 だが、涙を誘う光景は一瞬だけ。


 三郎はすぐに跳ね起きると、興奮が収まらない様子だった。


「効かない!? だったら、フレアストーム!」


 今度は、灼熱の炎だった。


 乙姫が突き出した両手から溢れ出した紅蓮の濁流は、無慈悲に三郎を飲み込み、押し流していく。


 周囲の木々は一瞬で灰燼に帰してしまう。


 ――完全に殺る気じゃねぇか!


 乙姫が殺人犯になってしまうことと三郎の身を案じ、俺は焦燥感で頭が焼け付きそうだった。


 だが、人生終了の光景は一瞬だけ。


 紅蓮の幕が開けば、そこには健在無事の三郎の姿があった。体毛が、焦げて黒くなっているだけだった。


「なぁっ!? コイツ、あたしの能力に完全適応したっていうの!?」

「三郎、お前そんな強キャラだったのか……」


 けれど、三郎に強キャラ感は毛ほどもなく、相変わらず卑猥な単語を連呼していた。


「おっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイおっぱいオッパイ!」


 そのまま、近くの狩奈のおっぱいに飛びついた。


 すると、狩奈は腰を落として足を開き、右拳を後ろに引いて気合い一閃。


「破ッ!?」


 刹那、拳が弾丸のように放たれ、三郎の胸板に突き刺さった。


 硬質なものが砕ける音がして、三郎は五メートル以上もぶっ飛んだ。


 人間の拳があれほど速く動くのも、人間がこれほど大きくぶっ飛ぶのも、目にしたのは初めてで、俺は愕然とした。


「■■■■■■■■■■■■■■!」


 三郎は、五十音では形容できない呻き声を上げながら、山奥へと逃げて行った。


「チッ、仕留め損なったか」


 狩奈はストイックに吐き捨てて、拳を納めた。

 彼女のカカトは、地面に深くめり込んでいた。

 一体、どれほど力強く踏みしめたんだろう……。

 ごくりと、俺はかたずを飲み込んだ。


「なぁんだ、ボクの出番なかったや」


 いつの間にか、全身にルベルをまとっていた赤音が、赤いオーラを納めた。


「茉莉の出番もなかったっすねぇ」


 伊舞に作ってもらった、例の投擲武器だろう。


 茉莉の周囲には、釘が無数に浮かび、鋭利な先端を前方に向けたまま、発射を待っていた。


「次に会ったら火力を一転集中した必殺のデスペナルティバーナーで今度こそ息の根を!」


 乙姫は怒りと悔しさで歯を食いしばり、大胆不敵な殺害予告をしていた。


「いいですか御三人様。暴漢が来たら迷わず股間を一撃、でなければ眼球を一突きです」


 守里は、眉ひとつ動かさず、平和島姉妹と心愛に護身術を指南していた。

 足の甲を疾風のように跳ね上げる前蹴りと、サソリの尾を思わせる人差し指の動きに、三人は青ざめている。


 ――基本、ウチの女性陣て殺意の波動に目覚めているよなぁ……。


 俺は、色々とげんなりした。




 五分後。

 狩奈がキョンを拳で仕留めて、赤音が血抜きをしてくれた。

 でも、俺はその光景に何も感じられなかった。


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 本日もまた、本作を読んでいただきありがとうございます。

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 ではまた、明日の27話をお会いしましょう。

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