ノウキン魔女とオクビョウ使い魔

キリン🐘

序章

第一話「いきなり絶体絶命!?」

 今や完全にいなくなってしまったと思われがちな魔女であるが、実は未だにひっそりと身を寄せ合って集落を形成していることが報告されている。


 集落の場所は諸説あるが、ルーンクレール島と呼ばれる大陸の西にある小さな島が有力とされている。

 そこでは、魔女と使い魔たちが寄り添って集落を作り、穏やかに暮らしているのだ。


 ――ジョーゼフ・ナレッジ『魔女についての生態』、39頁



 鬱蒼と茂る森の中。

 そこには魔物が群れを成して暮らしていた。


 子どものような背丈、筋張った体つき、なめし皮のような肌。

 薄汚い体をボロボロの布で覆ったその姿は、あまりにもみすぼらしい。


 その魔物は、インプ、と呼ばれる魔物だった。


 そして彼らは今、獲物と対峙していた。

 獲物を取り囲むようにして徐々に輪を広げるインプ達。


 顔には、みな一様に薄ら笑いを浮かべていた。


 彼らの視線の先には、魔女が一人と小さな使い魔が一体――


 *


「おおおいおいおい、待ち伏せかよ! だから言ったんだよ、畑を荒らされたからって、こんなとこまで追いかけちゃダメだって!」



 インプの群れを前に、カーポが情けない声を上げる。

 きょろきょろとせわしなく動く大きな目が、彼の不安を物語っていた。


 子犬のような体に、もこもことした体毛、蛇のような鱗が鋭い爪を持つ短い手足を覆う。

 彼は魔女と運命を共にする「使い魔」だった。


「大切に育てたかわいい野菜たちの命を踏みにじられて、黙ってられますかって」


 そんな使い魔の不安と知ってか知らずか、魔女のレイラは、つんと澄ました顔をしていた。

 眼前の魔物の群れを正面に構えて、涼やかな顔で艶のある黒髪を揺らす。


 レイラがぐるりと周囲を見渡す。表情からは余裕すら感じられた。


「だいたい数は20てとこね。 ……ふふふ」


 急に笑い出したレイラを、カーポは気味悪がった。

「なんだよ、急に笑って! 今はそんな場合じゃないだろ!」


「私に、作戦があるの。ま、これくらいの数なら任せてよ」


 カーポは、魔女の横顔を見上げた。

 どうやら、ハッタリというわけでもなさそうだった。


「そうなのか? だ、大丈夫なのかよ……」


「まぁ、見ててよ。むむむむ……」

 そう言うと、レイラは目を閉じ、自分のうちにある魔力を練り上げ、高めた。

 淡い光が、彼女の体を縁取るように集まっていた。

 気付けば彼女は、黄色い光に包まれていた。


「行くわよ……、カーポ、サポートは任せた!」


 そう言うとレイラは突然地面を強く蹴り出し、一目散に走りだした。


 カーポは今にも泣きそうな声を上げた。


「作戦って……結局いつも通りの力押しじゃねーか!」



 カーポの言葉を背に受けながら、インプの群れの戦闘に向かって真っすぐ走るレイラ。

 体を低く構え、猛然と走る。

 気が付けば、レイラとインプの距離は、手を伸ばせば拳が届く位置まで近くなっていた。


「……ギャ!」


 不意を衝かれたインプが慌てて、手に持った粗末な槍を構える。

 ……しかし、間に合わない。


 穂先が前に向けられる頃には、既にレイラは身をかがめ、攻撃の体勢を整えてしまっていた。


「うおおら、吹き飛べぇい!」


 レイラは、地面を掬い上げるようにして拳を振り上げた。インプの顎に火の魔力を纏った拳が突き刺さる。

 炸裂音が辺りにこだました。

 インプの細く、節くれだった体が跳ね上がり、宙を舞った。


 練り上げた魔力で身体の強化しながら、拳や足の表面にまとわせた魔力を勢いのままに相手にぶつける。

 これがレイラが最も得意とする戦い方だった。


「ギ! イギギ!」


 その光景を見たインプたちから、どよめきが上がる。

 本人たちにしてみれば、追い詰めたと思った獲物に、真っ向から迎え撃たれたのだ。


「別に反抗してもいいけど……、痛い目見るのはあんた達だからね?」


 腰に手を当て、余裕の表情を浮かべるレイラ。


 しかし、レイラは気づいていなかった。

 鈍く光る穂先が、彼女の背後を虎視眈々と狙っていたのだ。

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