第10話 無自覚と秘密


「あ、おかえり〜。長かったね。どこ行ってたの?」

「ちょっと、みつひなたちゃんのクラスの方にな」

 ガラッと教室のドアを開けると、俺に気づいた紫月しづきが真っ先に声をかけてきた。

 腕を前に伸ばし、自分の机にのぺーーーっとした状態で。

 なんというか……。とっても可愛かった。

 そりゃ、ファンクラブも出来ればひなたちゃんみたいに心酔する人もいるわな。


 そんな、学園の女神様・紫月しづきが疑問そうな顔をする。

「1年生の教室って、B棟の方でしょ?わざわざ中休みの時に行かなくても良かったんじゃ……。どうせ昼休み会うんだから。まぁ急用だったんなら仕方ないだろうけど」

「んー、急用というか早とちりというか……。返り討ちにあったというか……。よくわかんないや」

 よくよく考えれば紫月しづきの言う通りではある。けれど、教室を飛び出した時の俺は言っちゃえば、冷静じゃなかった。


 紫月に好かれていると思い込みして、そして陽ちゃんに好意を持たれてるとも勘違いするわで散々な結果であった。


 当然そんなことがあったとは言えるはずもなかったが

「何それ、変なの。時々そういうのあるよね、桜夜おうやって」

 何かを示唆しさするように、苦笑する紫月。

「いやー、ほんと気をつけないとなぁ、うん」

 つられて俺も苦笑いする。


 苦笑いだったとはいえ、どこか不自然だったのだろうか

「みっちゃん達と何してきたのよ、一体……」

 と紫月がツッコミを入れてくるが

「それはちょっと言えない。俺のプライドに関わる」

 そう言って俺は遠回しに“ これ以上聞かないでくれ”と彼女に伝えた。

 いや、まぁね、苦笑いがそもそも不自然なんだけどさ。


 だが、遠回し気味だったとは言え、上手く意図が伝わったようで

「あっ、そう。じゃあ聞かないでおくわね〜」

 どこか諦めたような表情ながらも紫月はこれ以上は聞いてこなかった。


 とは言え、心配させたようだったし、と思い

「紫月は物分りが早くて助かるよ。お礼に後でジュース奢るわ」

 俺は紫月にそんな提案する。

「やった〜、ラッキ〜♪」

 指をパチンと鳴らし、とても嬉しそうに喜ぶ紫月。

 ジュース1本でこんなに喜んで貰えるのならいくらでも奢ってあげたくなってしまう。


 そんなことを考えていると、紫月にチョイチョイっと手招きされた。

 なんだろうと思い、顔を近づけると

「……それじゃあ私も、放課後の“アレ”サービスしちゃおっかなー、なんて」

 俺の耳元で彼女が色っぽく囁く。

 それと同時に、紫月の短くサラサラとした水色の髪が俺の耳にチリチリと当たる。



「紫月……っ!お前なぁ……!!」

 あまりにも突然の事で、俺は思わず紫月から距離を取った。

 周りからの視線がとても痛い。と言うよりも視線だけで殺されそう。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

「碧海たんの机と椅子になって、碧海たんの慎ましやかな胸とむっちり太ももの感触を味わいたい……」

 現に、クラスメイトがこんなにも狂気に満ちているのだから。


 当の本人といえば……

「どうしたの、そんなに顔赤くして」

 無自覚である。

 ここまでやっておいて無自覚なのである。



「いや、さ。ホント勘弁してくれよ……」

 心からの紫月へのなげきが漏れ出た瞬間だった。


 可愛さを自覚していないのか、男心が分からないのか、それとも天然なのか。

 どっちにしろ、紫月にはふとした行動1つ1つにもう少し気をつけて欲しい。

 でないと、心と命が持たない。



「ねぇ、桜夜大丈夫……?」

 泣きそうな顔で紫月が俺に近づく。


 ホント無自覚は罪とはよく言ったものだ。



「あー、うん大丈夫大丈夫。もう慣れた。慣れちゃったよ。慣れちゃってるけど、気をつけてね、ホント」

 皮肉っぽく俺はそう紫月に答えた。

 別に怒っている訳では無いけれど、ちょっとした悪戯心が働いた。

 毎度俺の心を無自覚に揺さぶってくるんだ、少しぐらいいいだろう、と。


「……いつも、ゴメンなさい」

 どうやらようやく、やってしまったことを自覚したのか反省の色を見せる紫月。

「いいって。その為に今日も特訓しないとだよな」


 度々文句を言ってしまう俺だが、それでもやっぱり紫月の傍から離れようとは思わない。この立場は誰にも渡したくないのだ。


「そうだね。放課後が楽しみっ!」

 紫月は明るく返事をする。


 誰にも渡さない。

 学園の女神様・碧海 紫月と秘密を共有し合う、この立場を。


 学園の誰も知らない紫月の秘密。

 知ってるのは俺と蜜だけ。


 俺と蜜だけが知ってる紫月のもう一つの顔。それは…………。


*********************



 ここまで読んでいただきありがとうございます


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