第14話 初めての、虫
生い茂った森は湿度が高く、日の光もまばらでどこかひんやりと涼しささえ感じる。でも、歩き続けて火照った身体にはむしろその涼しさが心地いい。僕は額から流れ落ちてくる汗を定期的に拭う。
しばらく歩いていると、ヌラが立ち止まり目を閉じた。僕も立ち止まり耳を澄ますと、どこかで水の流れる音がする。――川が近くにあるんだ。
思った通り、水の流れる音を頼りに歩いて行くと目の前に小川が姿を現した。山の上流から流れてくるその水は透き通って綺麗だった。
僕たちは小川に近づき、腰を落として顔を近づけそのままごくごくと喉を潤す。
「あぁー。生き返る!」
歩き続けて疲れ切った身体に、清らかな水が染み渡る感覚がした。
ヌラは辺りを見渡し、小川の近くのスペースを指さし「ギャオ」と鳴いた。その意味は僕にも分かった。「ここに基地を作ろう」だ。
僕は大きく頷くと、ヌラと共に森に入りテントを作るための木を調達する。直径二、三センチほどの木や枝を見つけては、体重をかけて折っていく。
そうして調達した木材をまとめ、以前したように三角の形に組んでいく。一度経験しているからか、僕とヌラのコンビネーションもばっちりで、順調に骨組みが出来上がった。
そこから大きな葉っぱを調達してきて、下から上へと骨組みに乗せていく。これで雨はしのげるはずだ。
数日前まで文系のインドア派だった僕が、今ではいっぱしのキャンパーだ。出来上がったテントを眺め、僕は満足げに頷いた。
テントが完成する頃には日はすっかり落ちていた。僕は幸いにもトカゲたちに奪われなかったウエストポーチから火虫を取り出し焚火の準備をする。
ぱちぱちと弾ける火花を見つめていると、ふいにお腹がぐぐぅと鳴った。そう言えば今日は何も口にしていなかったなと思い当たる。
魚でもいないかと小川に目を移すが、この暗闇の中では無意味なことだった。その時、背後から「ギャ」とヌラの声が聞こえた。
焚火のそばに座っていた僕の隣に腰掛けると、ヌラは手に乗せた何かを僕に差し出してきた。
「うぇ。なにこれ、幼虫?」
そこには僕の親指ほどのクリーム色した芋虫のような生き物がいた。顔をしかめる僕にお構いなしに、ヌラが虫を僕に近づけカチンカチンと口を鳴らした。
「虫……。虫かぁ……」
僕は意を決してヌラの手からその芋虫のような、カブトムシの幼虫のようなものをつまみ上げた。ぶにゅっと柔らかな感触がして、一気に背中に寒気が走った。
焚火に照らしてその姿を確認する。虫はまだ生きているようで、うにょうにょと左右に動いている。僕は顔をしかめながら、自分のお腹と相談する。
――どうする? いけるか?
しかし、この世界で生き抜くための選択肢は一つしかなかった。
「……いくよ」
自分を鼓舞するように決意を声に出してから、僕は一息にその虫を口に投げ入れた。舌に感触が届く前に、一気に奥歯で噛み潰す。ウインナーの皮が弾けるような感覚の後に、中からどろりとした液体が口内に広がる。僕は瞬間的に吐き気を催したが、拳を握りしめて我慢した。そのまま鼻で息をしないように何度か咀嚼する。
慣れてくるとその味がはっきりと感じられた。少しの土臭さと、青臭さ。味自体はまずいというほどのものではなかった。最後に口に残った硬い部分も、目をぎゅっと閉じながら噛み砕く。カリッカリッという咀嚼音が頭の先まで響いてくる。そうして口の中のものをすべて飲み込んでから、僕はたまらず小川に向かい、口を洗うようにごくごくと水を飲み込んだ。
そんな僕の様子を見て、ヌラが楽し気に声を上げる。それは「ようやく食えたじゃねぇか」という感心の声か、はたまた「情けない奴だなぁ」といった嘲笑なのか。
「明日は虫以外にしてよ」
僕が不満げに口を尖らせると、ヌラは肯定なのか否定なのか、ただ軽く手を上げて返事をしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます