第108話 夜は明ける

「ん……うう……」


「あっ! ノブヒトさん、気付かれましたか? 」


 浮上する意識に女性の声が聞こえた。

 俺はゆっくりと目を開ける。

 ぼんやりとした視界。

 目の前に誰かのおぼろげな輪郭。


「リースベットさん? 」


「はい、そうですよ」


 どうやら目の前の人物は蒼月の雫の治癒術師ヒーラーリースベットさんのようだ。徐々に視界がはっきりしてくる。


「俺はどのくらい気を失っていたんでしょうか? 」


 俺はまだぼんやりとしている頭で状況を確認する。


「正確には分かりませんがそれほど長い時間ではなかったと思いますよ? 」


「というと? 」


 どうにも気を失う前の記憶が曖昧だ。


「ええと、もの凄い爆発の後にクリーチャーたちが散り散りに逃げ出しまして。漸く私たちも解放されて先程オお2人の近くに来たばかりなんです」


「2人……そうだ! スギミヤさんッ!! 」


 彼女の言葉に急速に記憶が蘇ってきた俺は慌てて体を起こす。


「きゃっ!? 」


 いきなり体を起こした俺に驚いたのかリースベットさんが小さな悲鳴を上げた。


「あっ! すみません!! そ、それでスギミヤさんはっ? 」


 俺は驚かせたことを詫びるとすぐにスギミヤさんについて訊ねる。


「もう! いくら治癒魔法を掛けてあるからってあまり急に動かないでください! 」


 彼女はそう言いながら振り返ると「あちらです」と言って後ろを指差した。彼女が指差した方を見ると俺たちから少し離れたところでスギミヤさんが横たわっていた。


「あの……どういう状態、なんでしょうか……? 」


 俺の位置からでは彼の状態が判断出来なかったため恐る恐る彼女へ聞いてみる。


「心配しないでも気を失っているだけですよ。治癒魔法も施しましたし呼吸も安定しています。いずれ目を覚ますでしょう」


 言って柔らかく微笑む彼女の言葉に俺は「そうですか」と言って胸を撫で下ろす。知らず肩に入っていた力が抜ける。


「なんだ、ノブヒト。気が付いたのか! 」


 安心した俺に別の方向から声が掛けられた。そちらを向けば笑顔のジルベールさんがこちらへ近付いてきていた。手には俺の2本の剣と魔法銃を持っている。


「ほれ、お前のだろ? 」


「あ、ありがとうございます」


 俺は近付いてきた彼から剣と魔法銃を受け取る。念のため確かめるが確認する限りでは大きな傷などは無さそうだ。


「しっかし、お前ら派手にやったな! 」


 ジルベールさんは俺が武器を仕舞ったのを確認すると愉快そうに辺りを見回して言った。つられて俺も周囲へと視線を向ける。そこには今俺たちがいる場所を含め大小いくつもの穴が開いていた。一部を除けばそれほどの深さではないのだが悲惨な状況だ。


「……俺たちが開けた訳じゃないですよ? 」


 こういった場合、この穴は俺たちが埋めなければいけないのだろうか?さすがにそれは勘弁してほしいなぁと思いながら俺は言い訳のような言葉を口にする。


「はっはっはっ。さすがに埋めろだなんて言われねぇよ」


 それほど不安そうにしただろうか? ジルベールさんは俺の様子に笑い声を上げる。どうやたお咎めは無さそうだ。俺はまた胸を撫で下ろした。


「まあ調査は必要だろうからそのうちハルヴォニから調査団が派遣されるだろう。問題はあれだな」


 彼は言いながら自分の背後を親指で指す。その指の向こうには上半身が吹き飛んだリーダー変異種の体があった。


「どうするんですか? 」


「さすがにあれだけはここに置いて帰る訳にはいかないからな。俺たちで持ち帰るしかないだろう」


「……そうですよね」


 ジルベールさんの言葉に俺は溜息が漏れそうになるのを堪えた。下半身だけとはいえかなりの大きさだ。魔法の鞄マジックバッグは借りてきているが果たして入れることが出来るだろうか…


「ハッ! そういえばまだここに留まっているのは俺たちのせいですよね!? 早く街に戻らないとッ!! 」


 そこで俺は街が襲われていることを思い出して慌てる。俺たちが気を失っていたので街の救出が遅れていることに気付いて慌てる。


「ん? 街か? それなら大丈夫だ! 」


「へっ? 」


 のんびりとしたジルベールさんの口調に気の抜けた声が俺の口を吐いた。


「一足早くエルネストが報告に戻ってるよ。上手くいけば夢幻の爪牙の連中も掴まえて街に戻るはずだから心配はいらねぇよ」


 そう聞かされて俺は改めてきょろきょろと周囲を見回す。そういえばアルバンさんは変異種の死体の前にいるとエルネストさんの姿が見えない。てっきり周辺の状況確認にでも行っているのだと思っていたのだが違ったらしい。


「とはいえ俺もそろそろ夜も明ける。俺もそろそろベッドに飛び込みたい気分だしお前に問題な無さそうならそろそろ街に帰ることには賛成だ。大丈夫なんだろ? 」


「俺は大丈夫ですが……」


 ジルベールさんの質問に答えながら俺は視線をまだ目を覚まさないスギミヤさんへ向ける。


「ん? ああ、レイジか! あいつは俺が背負っていくから大丈夫だ! 」


 彼はそう言って笑うと「リーダーッ!! 」と言いながらアルバンさんの方へと駆けていってしまった。その場には俺とリースベットさんが残される。


「行ってしまいましたね……」


「ごめんなさい。彼、少し落ち着きがないので」


 俺が呆気に取られて呟くとリースベットさんは苦笑した。


(そういえばこうしてリースベットさんときちんと話すのははじめてだなぁ)


 今まで他の蒼月の雫のメンバーとは何かしら話す機会があったのだが、彼女とは最初の挨拶以外はあまり話したことがなかった。


(雰囲気はどことなくウィーレストの治療院にいたラナさんに似てるかな? )


 ランクを考えれば年齢は20代中頃くらいとラナさんよりも少し上だろうか?『近所の綺麗なお姉さん』といった感じの女性だ。


「そういえば先程はきちんとお礼も言わずにすみません。治癒魔法ありがとうございました」


 俺は治癒のお礼がまだだったことを思い出して改めて礼を言うと頭を下げる。


「頭をあげてください」


 言われて俺は頭を上げる。


「私は私の役割を果たしただけですから気にしなくてもいいですよ」


 言って彼女は優しく微笑んだ。


「待たせたな」


 俺がリースベットさんと話している間にアルバンさんが近くに来ていた。


「アルバンさん! ご迷惑をお掛けしました」


 俺は立ち上がると彼にも頭を下げる。


「頭を上げてくれ。俺たちの方こそ変異種との戦いに加われず申し訳なかった」


「い、いえ、そんな! とにかく頭を上げてください!! 」


 アルバンさんが頭を上げた俺と入れ替わるように頭を下げるので俺は慌てる。正直俺たちからすれば彼らがクリーチャーに足止めされているほうが都合が良かったため、何も知らない彼にこうして頭を下げれると居た堪れない。


「分かった。それでジルベールから聞いてはいるが本当に体は大丈夫なのか? 」


 頭を上げたアルバンさんが今度は俺の体調を気遣ってくれる。俺は更に罪悪感を覚える。


「大丈夫です! 街も心配ですし準備が出来たらすぐに出発しましょう!! 」


 俺は彼の問いかけに力強く頷く。これ以上この話題は危険だ。俺が耐えられない。ここはさっさと話を進めてしまう。


「そうか。分かった。ん? ちょうどジルベールも作業が終わったようだな」


 アルバンさんは特に気にすることなく俺の提案を受け入れるとチラリと後方を確認する。どうやらジルベールさんは変異種の残骸を魔法の鞄マジックバッグに片付けていたようだ。


 俺たちは彼の作業が終わるのを確認するとスギミヤさんが横になっている場所へと移動した。彼のそばではディーサさんが待っていた。


「ディーサ、待たせたな」


 アルバンさんがディーサさんに声を掛ける。


「それほどでもないわ。それに休憩出来たしね。それでこれからどうするの? 」


「そろそろ夜も明ける。いつもでもここにいても仕方がないしレイジはジルベールに背負ってもらってハルヴォニへ戻る」


 アルバンさんがディーサさんにこれからのことを説明する。


「そうね。休憩させてもらったとはいえ、私も宿のベッドが恋しいわ」


 彼女がうんざりした表情を浮かべる。実際彼女の言っていることはここにいる全員の本音だろう。


「よし、行くか」


 周囲が薄っすらと明るくなり始めた頃、アルバンさんが静かに告げた。俺たちはエルネストさんの代わりに斥候役となったディーサさんを先頭にハルヴォニに向けて歩き始めた。

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