第107話 昇る星に願いを込めて

「ハァッ!! 」


 右から振り下ろした剣は奴の左腕に弾かれる。俺は外へ体が流れるのに逆らわず一回転すると振り向き様に奴の喉元へ突きを放つ。


 ―キンッ―


 一直線に喉元へ向かった切っ先だったが、奴が顎を引くと伸びる牙にぶつかって甲高い音を上げた。俺は後ろへ飛び退くのに合わせてすかさず左手を上げると魔法銃の引き金を引きまくる。


 奴の顔面に魔法の弾丸が殺到して弾ける。


 さほどダメージはないだろうが顔に降り注ぐ魔法に奴は嫌がる素振りを見せた。


「フンッ!! 」


 顔に当たる魔法に奴が顔を背けたタイミングで横合いから飛び上がったスギミヤさんが奴の頭目掛けて剣を振り下ろす。


「チッ」


 だが、奴は剣が当たる直前に頭を上げると額の角で彼の剣を受け止めた。そのまま頭を振ってスギミヤさんを吹き飛ばす。吹き飛ばされたスギミヤさんは空中で立て直すと数m先に着地する。


 俺が奴の気を引いて隙を作ったところにスギミヤさんが飛び込む、先程から何度も繰り返されていることだ。上手く行くこともあり、奴の体に細かな傷を作ってはいる。だが、ダメージと言えるほどのものはまだない。


「クソッ! 」


 何度目になる悪態が口を吐く。その時、奴の体が僅かに発光するのが見えた。


「拙いッ!! 」


 俺は慌てて地面を蹴る。策など何もないまま奴の懐へ飛び込んで開こうとしている顎を下から思いっきり殴り上げる。ゴフンッと音がして吐き出されようとしていた魔法が奴の中で爆ぜる。歯の隙間から薄っすらと煙が零れる。それとて奴に大きなダメージを与えるものではないのだ。


「グギャァァァァァッ!! 」


 魔法を邪魔された奴が苛立たしげな声を上げ腕を出鱈目に振り回す。


「チッ」


 振り回される腕を掻い潜り、俺は咄嗟に地面へ飛び込む様にして転がる。すぐさま立ち上がると再び魔法銃を浴びせ掛ける。


(どうする? )


 このままでは埒が明かない。チラリと右手の剣を見る。赤々と光る剣。すでに込められるギリギリまで魔力を込めているのだ。それでも奴にはかすり傷程度のダメージしか与えられていない。スギミヤさんに視線を向ければ、彼は俺が奴を牽制している間に魔力回復のポーションを煽っていた。だが、それとてもう限界だろう。


 俺は今度は今も引き金を引き続けている魔法銃を見る。今込めている魔力程度ではもはや牽制にしかなっていないが、前回のようにギリギリまで魔力を込めれば奴の硬い体を打ち抜けるかもしれない。


(だけど……)


 大量の魔力を込めることは諸刃の剣だ。それで奴を仕留め切れればいい。いや、仕留め切れないにしてもスギミヤさんがトドメをさせるだけのダメージを与えられればいい。だが、もしそうじゃなければ……


(魔力が回復するまで動けなくなる、か……)


「クソッ! 」


 賭けに出るのは今のタイミングなのか?


 答えは出ないまま、俺は何度目かの突撃をするため奴に向かって駆け出した。


 尾で突かれ、薙ぎ払われて地面を転がる。その度にスギミヤさんがカバーに入ってくれる。俺はすぐに立ち上がるとまた奴へと向かう。


 尾を避け、腕を躱し、漸く懐へ潜り込むと目の前には口。慌ててしゃがむと下から顎へ体ごと頭突きを見舞う。よろめく奴の目に向けて剣を振り下ろす。


「グギャァァァァァァッ!! 」


 目を縦に切られた奴が絶叫する。


「よしッ!! グワッ!! 」


 漸く入ったダメージらしいダメージに喜んだのも束の間、振り回された奴の腕に弾かれて俺は吹っ飛ばされる。地面を転がること数度、土煙の中を俺はよろよろと立ち上がると――


 憎悪に燃える奴の片目と目が合って俺は再び地面へと飛び込んだ。直後、俺のいた場所を奴の魔法が駆け抜ける。


 ―ドッゴォォォォォン―


 大地を抉ったそれは後方で激しい爆発を起こす。恐る恐る振り向けば大地に穴が穿たれ中心はグツグツと煮え滾っている。背筋を冷たいものが流れた。


「ニシダァァッ!! 」


「えっ? うわッ!! 」


 スギミヤさんの絶叫に視線を向けた俺は咄嗟に身を躱す。目の前を凄い勢いで角が通過していく。遅れてブォンッという音とともに奴の体が通り過ぎた。


「危なかっ――ぐほッ!? 」


 ギリギリで奴の突進を躱せたことに安堵した俺だったが直後に横からの衝撃で体が宙を舞った。目の端ではしなる奴の尾。また大地を転がる俺。その俺の上に影が差す。


「ッ!? 」


 止まりかけていた俺は慌てて自分から大地を転がる。転がった俺目掛けて空から奴が降ってきたのだ。目の前の大地を奴の足が踏み抜き、地面が陥没する。


「うわッ!? 」


 倒れていた俺は陥没へ巻き込まれて穴へと転がり落ちる。


「うわぁぁぁぁぁッゴフッ!? 」


 転がり落ちる俺の腹に突然の衝撃。体がくの字に折れ曲がり、中身が一緒に出てしまうのではないかという勢いで空気が吐き出される。


「ウッ! 」


 吐き気に襲われながら閉じていても明滅している目をなんとか開けばそこには大きな口。ボタボタと零れる唾液が俺の体を濡らす。


(拙いッ!! )


 咄嗟に身を捩ろうとするのだが、体は思うように動かない。もう奴の口は頭のすぐそこ――


「さァァせェェェるゥゥかァァァァッ!!! 」


 俺の頭が半分ほど奴の頭へ収まろうかという瞬間、絶叫とともに奴の体がブレた。足が俺の体を離れ体が飛んでいく。見れば奴の腹に体ごとスギミヤさんがぶつかっている。よほどの衝撃だったのだろう。スギミヤさんの体が奴の腹にめり込んでいる。


 呆気に取られる俺を残して、そのまま一人と1匹はもつれる様にして奥へと吹っ飛んでいく。


「スギ…ミ…ヤ…さん……」


 俺は力の入らない体を無理やりに起こすとポーチを抉じ開ける。グチャグチャの中から無事な瓶を一つ掴むと、ラベルも確かめずに歯で強引に栓を抜いて流し込んだ。


「ゴホッゴホッ」


 液体が気管に入ってむせるがそれでも喉へ流し込む。ポーションが鼻へと逆流し、栓のコルク片も一緒に飲み込んでいる気がするが気にしている暇はない。すぐに頭がはっきりして体に力が戻る。


「はぁはぁはぁはぁ」


 荒い呼吸をしながらどうにか立ち上がる。


「スギミヤさんッ!!! 」


 よろよろと体を起こそうとするリーダー変異種の手前にスギミヤさんは倒れていた。俺は慌てて彼に駆け寄る。


「うっ……ううっ……」


 助け起こしたスギミヤさんは気絶していた。俺はアイテムボックスからなけなしのポーションを取り出すと栓を抜いて強引に彼の口へ押し込む。


「うっ……ゴホッゴホッ」


「スギミヤさんッ!! 」


「うっ……ニシ…ダ……」


「しっかりしてくださいッ!! 」


「あ、ああ……すまん」


 彼は俺から体を離すと、自分で起き上がって何度も頭を振る。


「助かった……ハッ! 奴はッ!! 」


「あそこで起き上がろうとしています」


 慌てるスギミヤさんに俺はよろよろと体を起こそうとしている奴を指差す。


「あっ! そういえばスギミヤさん剣はッ? 」


 俺は奴を見るめるスギミヤさんが剣を持っていないことに気付く。


「そういえば……ん? あそこか……」


 そう言ったスギミヤさんの視線の先、俺たちからやや離れたところに彼の黒い剣が転がっている。


「……」


「……」


 俺たちは互いに頷き合う。


 剣に向かって駆け出すスギミヤさんに合わせて俺は立ち上がろうとする奴に向かって走り出した。俺は使っていなかった剣を抜くと漸く足を立てた奴へぶつかる様にして斬りかかった。


 ―ガギィンッ―


「グギャァァッ! 」


 俺は奴の首筋へと剣を振り下ろす。斬れた訳ではないが鈍い音とともに立ち上がりかけていた奴の体がよろめく。俺は手を止めない。ここぞとばかりに何度も剣を振り下ろす。


「グギャァァァァァッ!! 」


 奴は嫌がる様に首を振る。俺の顔の前を何度も角が掠める。それでも俺は手を止めない。


「ッ!! 」


 視界の隅で何かが動いて俺は軽く後ろへ飛ぶ。奴の長い尾が目の前を過ぎる。俺は尾にも剣を振り下ろして叩き落とす。


(ここが勝負どころだッ! )


 俺は更に剣に魔力を送り込む。赤い光が周囲を照らす。


「うおぉぉぉぉッ!! 」


 気が付くと出ていた声とともに剣を一閃。振り回していた奴の腕が宙を舞い、血飛沫が飛ぶ。


「グギャァァァァァァァッ!!! 」


 今までは違う、明らかに痛がるような奴の絶叫が響く。俺の振るう剣が加速して奴の体に次々と傷を作っていく。


「眠れェェェェェッ! ぐはッ! 」


 明らかに弱った奴に対して攻勢に出た俺だったが奴の出鱈目に振り回した尾に弾き飛ばされる。


「うおぉぉぉぉぉぉぉッ!!! 」


 するとそこで剣を拾ったスギミヤさんが奴の背中に飛び乗った。俺は吹き飛ばされながら奴の背を駆けるスギミヤさんを見る。


「いッッッけェェェェェェェッ!!! 」


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!! 」


 俺の絶叫とスギミヤさんの声が重なる。


「ぐほッ!? 」


 直後、俺は背中から地面へと叩きつけられた。


「クッ! スギ、ミヤさん……! 」


 詰まる息を強引に飲み込んで俺はスギミヤさんへと視線を向ける。まさにスギミヤさんの剣が奴の頭に突き立とうとした瞬間――


「なッ!? 」


 奴は尚も頭を振って抵抗した。振られた角が剣を弾き、同時にスギミヤさんの体を上へと跳ね上げる。バリバリと音がして奴の全身が発光を始める。


(クソッ!! 何かッ! 何かない――ッ!? )


 焦った俺は自分の手が触れているものに気付く。魔法銃――


「スゥゥギィィミィィヤァァさァァァァんッ!! 」


 咄嗟だった。


 俺は魔法銃を掴むとなけなしの魔力を注ぎ込んで空中にいるスギミヤさんへ向かって放り投げる。白い光を放つ魔法銃がスギミヤさんへと吸い込まれていく。そして――


「沈めェェェェェェェッ!!!! 」


 魔法銃を掴んだスギミヤさんが構えるのと奴が口を開くのは同時だった。互いから放たれた魔法がぶつかる。


 ―ドォッゴォォォォォォォォォン―


 ぶつかった魔法が視界を白く染める。爆音と爆風が周囲へ吹き荒れる。


 俺は咄嗟に顔を庇う。何が起こっているのか分からない。


「……どう…なっ……た……」


 暫くすると静寂が訪れた。俺は霞む意識を必死に繋ぎ止める。最初に腕の隙間から覗いたのは上半身が吹き飛んだリーダー変異種だった。それから少し離れたところにスギミヤさんが倒れているのが見える。


「ス……ギミ…ヤ……さん」


 なんとかそれだけ搾り出すが彼はピクリとも動かない。


(まさか……)


 最悪の結末が頭を過ぎる。


(なんだ? )


 そのとき視界の端を何かが動いた気がした。視線をそちらへ向ける。


(なん……だ…あ、れ……? )


 視界を向けた先、下半身だけになったリーダー変異種から無数の光が夜空へと登っていくのが見える。そのうちのいくつかはスギミヤさんへと向かい、彼の体へと溶け込んでいるようだ。


 ――――あーあ、僕はここまでか……だけど漸く……


 意識を失う直前、俺は昇っていく光の中からそんな声を聞いた気がした。

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