勇者ゲーム ～13人の勇者候補は願いを叶えるため異世界で殺し合う～

第106話 遠い夜明け

　左右に分かれた俺とスギミヤさん、どちらを追うか迷う様に異形と化した変異種はキョロキョロと首を巡らしている。俺はそんな奴の顔面目掛けて魔法銃の引き金を引く。放たれた魔法の弾丸が奴の顔目掛けて殺到する。

「グギャァァァァッ！ 」

　全ての弾が命中し奴は声を上げて体を揺さぶる。だが、今の奴にこの程度の攻撃がダメージを与えたとは考えにくい。

（拙いッ！！ ）

　案の定、奴の体から生えた水晶が再び発光し、着弾の煙で見えない頭部の方へ集まっている。

「ゴオォォォォッ！！ 」

　直後、奴の雄叫びとともに煙を掻き消して魔法が飛んでくる。俺は咄嗟に地面に転がってそれを躱す。先程より威力はないが、それでも着弾した後方で土煙が上がる。

（あれを何発も撃たれるのは拙いッ！ ）

　何とか遠距離からの攻撃で奴の気を引こうと思ったのだが、大したダメージは与えられない上にお返しであの魔法をもらうのは拙い。もちろん銃に込める魔力を増やせばダメージを与えられると思うが、魔力消費が多過ぎてすぐに動けなくなる可能性が高い。

（つまりは腹を括れってことか……）

　奴にあの魔法を使わせないためには接近して魔法発動を邪魔するしかない。俺は立ち上がるとチラリと剣を握る手を見る。もう震えはない。

「よしッ！ 」

　俺は自分を奮い立たせるためにわざと声を出すともう一度柄を強く握り締めて奴へと駆け出した。

「ガァァァァッ！ 」

　正面から駆けてくる俺に食いつこうと奴が口を開けて顔を前と突き出す。奴が吐き出す生臭い息が体を包む。

「臭い息を吐きかけるなッ！ 」

　俺は叫びながら奴の口が自分に届く寸前で下へ滑り込む。

「ここならどうだッ！！ 」

　奴の体の下に入り込んだ俺は剥き出しの腹に向けて至近距離から魔法銃を撃ち込む。二回、三回と奴の体の下を通過するまでに引けるだけ引き金を引いた。腹に当たった弾が弾けるのが見える。

「グオォォォッ」

　奴は声を上げるが大したダメージは与えられて無さそうだ。

（そう甘くはないか……）

　考えながら俺は奴の下から這い出す。が、そこへ上から影が差す。

「チッ」

　俺は舌打ちとともにそのまま地面を横へと転がる。直後、俺が這い出した場所へ奴のムチのような尾が爆ぜる。大地が抉れ、土が飛び散る。

　地面を転がった俺は奴と距離を取ると急いで立ち上がる。すると向こうから奴へ向かって一直線に駆けるスギミヤさんが見えた。彼は奴の背中に飛び乗ると足を止めずに頭へ駆け上る。背中の異変に気付いた奴が振り返り、背中のスギミヤさんに気付いて振り落とそうと暴れ出す。

「大人しく沈めッ！！ 」

　スギミヤさんは叫びながら飛び上がると奴の頭目掛けて体重を乗せて剣を突き立てようとする。だが、タイミングを合わせたのか、はたまた偶然か、頭を振り回した奴の角で横殴りにされて吹き飛ばされる。奴の視線がスギミヤさんを追う。

「スギミヤさんッ！ 」

　スギミヤさんを目で追う奴の全身が発光するのを見て俺は魔法の発動兆候を感じて慌てて走り出す。少しでもスギミヤさんへの意識を削ぐために出鱈目に魔法銃を乱射する。奴の体のあちこちで魔法が弾ける。しかし、奴の視線は変わらずスギミヤさんを捉え続けている。

「クソッ！ 」

　俺は力いっぱい大地を蹴る。少しでも早く奴へ。

「ガァッグフッ！？ 」

　奴の口が開き魔法を放とうとした直前、俺は奴の横っ面へ体をぶち当てる。ジュッと音がして吐き出された魔法がぶつかった俺の右肩を焼く。放たれた魔法は未だ空中にいるスギミヤさんのすぐ脇を通過して後方へ着弾、地面に穴を穿つ。

「間に合ったけど……クソッ！ 」

　俺はなんとかスギミヤさんへの直撃を避けることに成功して安堵するが、鎧の一部が奴の歯に引っ掛かり口元に吊るされた状態になってしまった。何とか外そうともがくのだが魔法が掠ったダメージで痺れる右腕はまだ上手く動かない。

「このッ！ うわッ、ちょっ、ちょっと待てッ！！ 」

　魔法を邪魔されたのが気に食わなかったのか、奴は口元に俺を引っ掛けたままむやみやたらに首を振り回す。

「うおぉッ、うおぉぉぉッ！！！ 」

　遂に奴の歯から鎧が外れ、俺は空中へと投げ出される。

「ッ！？ 」

　奴は追い討ちを掛けるように空中の俺に向けて尾を叩きつけてきた。咄嗟に体の目で両腕を交差させてガードするがガツンッという嫌な音とともに俺は更に後方へと飛ばされる。

「ガハッ！？ 」

　俺は背中を地面に叩きつけられ回転、地面を何度もバウンドする。何度か視界が反転したところで仰向けに地面に転がる。

「ゴッホッ！ ゴッホッ！ 」

　咳き込みながら体を起こそうとするが力が入らない。何とかポーチからポーションを取り出して無理やり口へと運ぶ。

「痛てぇ……」

　ポーションが体へ流れ込むのを感じながら、俺は漸く体を起こす。体中が泥に塗れてひどい有様だ。恐らく折れていたであろう腕の動きを確かめる。やはり若干の痛みはあるが気にしてはいられない。

「そうだッ！ スギミヤさんはッ？ 」

　自分の体を確認したところで俺は慌てて顔を上げる。周囲へと視線を巡らせると、遠くでリーダー変異種に斬りかかっているスギミヤさんが見えた。

「いた！ 良かった、無事だ。しかし、こんなに飛ばされたのか……」

　スギミヤさんの無事を確認して安堵の声が漏れたが、今自分がいる場所との距離を認識して愕然とする。地面をバウンドしたこともあるのだろうが、今いる場所は戦っているスギミヤさんたちから20m近く離れている。

「行かないと……」

　傷は回復していると思うのだが体が重い。俺はよろよろと立ち上がる。

「クッ！ そういえば剣と銃は……？ 」

　立ち上がったところで手に剣も銃も持っていないことに気付く。慌てて辺りを見回すと、前方に点々と剣と銃が転がっているのが見えた。俺は重い足を引き摺る様に近付くと2つを拾い上げる。

「……」

　拾った剣の柄を何度も握り直し感触を確かめる。

（大丈夫だ。俺はまだ戦える！ ）

　最後にもう一度強く柄を握る。視線は前方の戦場へ。俺は大地を蹴って駆け出した。まだ明けの遠い夜に向かって。