第77話 魂の行方
スギミヤさんからあの少女、勇者候補クノウ・ユキについて聞いた俺は彼女にどう話をするか考えていた。もちろん今まであった勇者候補と同じように協力を求めても説得しても断られる可能性はある。それでも俺はまだ異世界人たちが殺し合うのを止めたいと思っていた。
「さて、状況の説明はここまでなんだが……少し聞いてもいいか? 」
俺が勇者候補について頭を悩ませているとスギミヤさんが聞いてきた。やや控えめに聞かれた言葉に内心で首を傾げながら「構いませんよ」と答える。
「………
………
余計なことは言わず率直に聞く。お前から見てあの変異種をどう思った? 」
スギミヤさんはどう話を切り出すか迷っていた様だが顔を上げると真剣な目で問い掛けてきた。俺は質問の意図が読めずやや困惑する。他の変異種を見たことがないので比較のしようがない。それはスギミヤさんも同じはずだ。それでもこれを聞いてくるということはスギミヤさんの中で何か引っ掛かっていることがあるのだろう。
「ええと、よく分かりませんが聞いていた話と比べてやけに理性的だとは思いました。それと……」
結局俺は感じたことをそのまま伝えることにした。ただ、その後に続けようと思った言葉が適切なのか分からず伝えていいものか迷う。
「それと? 」
そんな俺にスギミヤさんは先を促す。
「……変な意味ではないんですが……
迷った結果、他に適当な表現も思い付かず俺はそのままの言葉を口にした。
「人間臭い……なるほど、人間臭いか……」
スギミヤさんは俺の言葉に少し意外そうな顔をすると俺の言葉を繰り返し呟いた。
「い、いや、変な意味じゃないんですよ! ただ、何と言うか退路を塞いだり伏兵を置いたりとやけに戦術的と言うか。あとは……」
スギミヤさんの反応に俺は『やはりおかしなことを言ってしまったのだ』と思って慌てて言葉を重ねるがそこで再度言い淀む。正直、今となっては自分が見たものに確信が持てない。もしかすると奴が本能に従って動いただけのことを深読みし、絶望的な状況が重なったことで奴の行動に何か意図が、いや、
「ん? まだ何かあるのか? 」
「ええと……変に思わないでくださいね? 」
自分の感じたことに確信が持てない俺は不思議そうな顔をスギミヤさんに念押しした。スギミヤさんは不思議そうな顔をしながらも「分かった」と頷くと真剣な目で俺を見つめてきた。
「笑った……ような気がしたんです」
「笑った? 」
「はい……俺たちの退路を塞いだときと待ち伏せが成功したとき、俺は奴と目があった気がしたんです。そのとき奴が俺の目を見ながら自分の目を細める様な仕草をしたんです。俺にはそれが上手く罠にはまった俺たちをあざ笑ってる様に見えたんです」
俺は最後に「思い過ごしなのかもしれませんが」と付け加えた。スギミヤさんは約束通り笑わない、どころか「そうか」と小さく呟くと何か考え込む様に俯いた。
「俺も自分の感覚にいまいち確信が持てなかったんだが、お前の奴の印象を聞いて漸く考えが纏まった」
暫く考え込んでいたスギミヤさんは顔を上げるとそう言った。その表情は真剣であり、すっきりした様な雰囲気がありながらもどこか深刻な印象も受けるというとても複雑なものに見えた。
「俺も奴にはどこか違和感を感じていた。だが、いまいち上手く言葉に出来なかったんだが……お前の『人間臭い』って表現が一番しっくりきた。そう、確かに奴はどこか人間臭かった」
スギミヤさんはそこで一旦言葉を切る。俺は何も言わず、ただスギミヤさんを見つめながら彼が話し始めるのを待った。
「これから俺が話す内容は荒唐無稽に感じるかもしれない。だが、とりあえず一度聞いてくれ」
普段クールな印象のあるスギミヤさんの、あまりない何か熱を感じさせる口調に俺はただ頷くことで次の言葉を促した。
「俺は奴の中に、いや、正確には奴が取り込んだ“勇者の欠片”の中に元の持ち主の魂の欠片や残留思念の様なものが残ってるんじゃないかと考えている」
「なっ!? そんなことありえるんですかっ!? 」
俺はスギミヤさんの言葉に思わず驚きの声を上げる。こんな世界に連れてこられたのだ、魂が存在しないとは言わない。しかし、それが自分を殺したクリーチャーに宿るとなればもやはホラーじゃないか。
「もちろん確認出来る訳ではない。だが、そう考えれば奴が戦術的なものを使ったことや意思や理性の様な、それこそお前の言う『人間臭さ』みたいなものを感じたことにも辻褄が合わないか? 」
スギミヤさんの言葉の意味を考える。確かに中身が人間なのであれば戦術的な作戦も考え付くだろうし、人間臭いのも当然だろう。しかし、俺はまだ半信半疑だった。
「そもそも奴は何故あんなところに出てきたんだ? 俺たちが遭遇した
「例えば森から他のクリーチャーを排除するため、とかはどうですか? 」
一応ありえそうな可能性を口にしてみる。まあ自分でもないだろうなとは思っているが……
「それはありえないだろう。ここはフェルガントの大河の森に比べると全体の魔素濃度が濃くない。一部の魔素が濃いところだけではあの数の群れを維持するのは難しいはずだ。となれば他のクリーチャーを捕食することでその体内から魔素を得るしかない訳だが、獲物となるクリーチャーを追い出してしまえばそれも不可能になる。普通のクリーチャーであればそのくらいは本能で分かっているはずだ」
確かにスギミヤさんの言う通り、他のクリーチャーを追い出してしまっては結局自分たちの首を絞めることになる。かと言ってただ暴れているだけと言うには奴の行動には理性的な部分が多過ぎる。結局はスギミヤさんの言う仮説が実は今のところ一番説得力があるのだ。
「何が目的なんでしょう? 」
そこにも何か仮説があるのかと思い、スギミヤさんに聞いてみた。
「正直全く分からない。そもそもどんな勇者候補でどうしてあの森で
最後のは冗談だったのか、スギミヤさんはやや皮肉げな笑みを浮かべたが、「どちらにせよ」と言って話を再開した。
「あの森に入っていた以上はハルヴォニに滞在していたはずだ。聞き込みをすれば誰か知ってる奴もいるかもしれないし、ギルドに聞けば何か教えてもらえるかもしれない。まあギルドのほうは望み薄だがな」
この世界のギルドは情報管理はそれなりにしっかりしており、通常依頼人以外が申請してもギルドが冒険者の個人情報を開示することは殆どない。となると後は冒険者や工房、宿屋などに聞いてみるしかないだろう。
「街に戻ったら早速他所から来て最近行方が分からない冒険者がいないか聞いてみましょう」
「そうだな。そのためにも今は安静にしていろよ」
そう言うとスギミヤさんは立ち上がって天幕の外へと出ていった。
(魂の行方か……)
スギミヤさんの仮説に俺は改めて自分の中にあるらしい得体の知れない何かに身を震わせた。
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