第74話 先の見えない戦場で

 俺たちはこちらに一斉に襲い掛かってくる人喰い蜥蜴マンイーターリザートへ向かって駆け出した。


(怖いッ! )


 先ほどまでは頭に血が上っていたため感じなかったが、改めて群れを正面から見るとそう思う。口にずらっと並んだ鋭い歯を見るといくら丈夫な篭手を装備しているとはいえ、あの口に腕を噛ませるなんて無謀なことをしていたのかとゾッとする。


 そんな湧き上がる恐怖心を押し殺し、正面から来た1匹を右手の赤棘刀で袈裟斬りにする。「グサッ」という凍らせた肉を切る様な手応えとともに首の半ばまで刃が入る。そのまま引き抜くと同時に勢いのまま左側へすり抜ける。奴は俺の右側を通り過ぎて少し後方まで歩くとドサッと音を立てて倒れた。


 向こうは物量で攻めてくる。俺たちは絶えず動き回って囲まれないように位置取りし続ける必要がある。とにかく手と足を動かす。一撃で仕留められなくてもいい。少しでも傷を付けてひるんだところで次の獲物へ、それを繰り返す。


 チラリとスギミヤさんの方を見えれば彼は大きなビグバルの木を背にしながら立ち回っていた。身軽な革鎧の俺と違い、いくら見た目より軽いとはいえ全身鎧フルプレートのスギミヤさんは防御力が高いがスピードは落ちる。そのため木を背にすることで囲まれないようにしているのだろう。加えてあれなら相手の攻撃の方向を限定出来る。


 スギミヤさんは横から来る攻撃を盾で受け流し、斬り付け、正面から突っ込んでくれば躱して背後の木に衝突させ、衝撃でふらついた喉元を切り裂いたり、と上手く対処していた。


「おっと」


 スギミヤさんに気を取られていた俺は慌てて軽くバックステップする。一瞬遅れて俺が元いた場所で大きく開いた口が通過した。俺は口が閉じられる瞬間に剣を滑り込ませて横薙ぎに切り裂く。上顎と下顎が分かれて壊れた蛇口の様に血が噴き出す。俺はその血を躱すために前転すると次の1匹の懐に入り込み、飛び上がる様に下から剣を突き上げる。


 剣を引き抜くと崩れ落ちる人喰い蜥蜴マンイーターリザートの影から仲間ごと噛み付く勢いで大きな口が迫る。


(間に合わないっ!? )


 咄嗟に右腕を前に出す。「ガキンッ」と音がして右腕に衝撃が走る。奴は腕に噛み付いたまま顔を振る。


「うおぉぉぉっ」


 左右に揺さぶられた俺は奴が口を開けた瞬間にそのまま空中へと投げ出された。


「ぐふっ!! 」


 地面に背中から落下して肺から空気が吐き出される。そこに光を遮るように影が差した。


「おわっ!!! 」


 俺は慌てて地面を横へ転がる。さっきまで俺がいた場所に人喰い蜥蜴マンイーターリザートの足が踏み下ろされた。


「ぐはっ!! 」


 泥だらけになりながら転がった勢いで立ち上がろうとしたところを、今度は尾の一撃で吹き飛ばされる。


「うっ」


 今度は背中から木の幹に衝突する。背中からミシっという嫌な音がした。


「グワァァァァァ! 」


 耳元に響く声に続いて生臭い空気が顔に掛かって目を開ける。


「クソッ! 」


 目の前に大きく開かれた口と鋭い歯が迫り、俺は痛みを無視して強引に剣を持った左手を突き出す。「ずぶりっ」と音がして突き出した剣が人喰い蜥蜴マンイーターリザートの喉を突き抜ける。


「はぁはぁはぁはぁ」


 痛みで荒い呼吸は繰り返しながら、剣を引き抜き、人喰い蜥蜴マンイーターリザートの身体を盾にしてポーチからポーションを取り出す。歯で強引に栓を抜くと一気に飲み干した。


「クソッ! キリがないな」


 こちらとしては変異種に仕掛けたいのだが次から次へと人喰い蜥蜴マンイーターリザートが襲い掛かってきて容易に近付けない。スギミヤさんも上手く立ち回ってはいるものの木の前に釘付けにされている。


(余力があるうちに近付きたかったけど……一度スギミヤさんと相談したほうが良さそうだな)


 そう決めた俺はこちらに気付いて近付いてきた1匹に素早く太ももから引き抜いたナイフを投げる。


「グギャァァァァ! 」


 俺はナイフが右目に刺さり暴れまわる人喰い蜥蜴マンイーターリザートへ駆け寄ると、一瞬魔力を強めに込めた剣ですれ違い様に首を跳ねた。そのままスギミヤさんを囲んでいる人喰い蜥蜴マンイーターリザートへ背後から近付くと長い尾を斬り落とす。


「グゴォォォォォォ! 」


 突然尾を切られた痛みに蜥蜴は絶叫する。俺は奴の懐へ飛び込むと勢いのまま胴体へと剣を突き刺す。暴れていた身体がピクピクと痙攣する。やがて力を失ってこちらに重みが伝わってくる瞬間、俺は剣を引き抜きつつ懐から飛び出す。蜥蜴は崩れる様にして地面へと倒れた。


「フンッ! 」


 仲間が倒れて人喰い蜥蜴マンイーターリザートたちの意識がこちらへ向くや否や木の前から飛び出したスギミヤさんがその横っ面にシールドバッシュを叩き込む。


「グギャッ! 」


 攻撃を受けた蜥蜴は短く悲鳴の様な声を上げ、後ろの仲間を巻き込んで吹き飛んでいった。


「すまん。助かった」


「いえ。それよりどうしますか? 」


 近寄ってきたスギミヤさんと背中合わせになるようにして声を掛け合う。俺は左手の剣を魔法銃に持ち替えて弾丸をばら撒く。


「そうだな……」


 スギミヤさんが考え込む。


「例えばですが俺が道を開けば突っ込めますか? 」


「そんなこと出来るのか? 」


 俺の提案にスギミヤさんが怪訝な顔をする。


「魔力を節約してたんですが、魔法銃に目一杯魔力を込めれば恐らく普通の人喰い蜥蜴マンイーターリザートなら薙ぎ払えると思うんです」


 俺はそこまで言うと一旦言葉を切ってから「ただし―」と付け加える。


「その後はポーションで魔力を回復する一瞬、俺は動けません。人喰い蜥蜴マンイーターリザートを薙ぎ払った後は一気に距離を詰めて仕留めてもらう必要があります」


「……分かった。少なくとも状況を打開するには何か手を打つしかない」


 言うとスギミヤさんはポーションを取り出して一気に飲み干す。


「準備はいいですか? 」


「ああ」


 背中合わせだったスギミヤさんが俺の隣に並ぶように立つ。それを確認した俺は残っている魔力を全て込める勢いで魔法銃に注ぎ込む。次第に銃身が光を帯び、その光がどんどん強くなっていく。


「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!! 」


 激しく光る魔法銃に釣られて人喰い蜥蜴マンイーターリザートが群がってきたところへ照準を合わせて引き金を引いた。


 ―ドゴーンッ―


「ぐはっ! 」


 今まで聞いたことも無いような音とともに特大の魔法の弾丸が放たれた。その衝撃で俺の身体は後ろへ飛ばされて木の幹へ激突する。


「痛ててて……どう……なった……? 」


 俺が魔力切れで朦朧としながら周囲を確認すると、弾丸が通った部分は地面が抉れ、周囲には飛び散った人喰い蜥蜴マンイーターリザートと巻き込まれた人喰い蜥蜴マンイーターリザートが転がっている。


「スギミヤ……さんは……? 」


 俺は考えながら震える手で腰のポーチから魔力回復用のポーションを取り出すと強引に口で栓を開けて流し込む。まるで暑い日に冷たい水を飲んだときの様に身体の中にポーションが流れ込むのを感じるとすぐに魔力が回復し始める。


「グギャォォォォォォッ!!! 」


「っ!? 」


 絶叫が聞こえて慌ててそちらの方を見ると、スギミヤさんが変異種の一体の腕を斬り飛ばしたところだった。


 腕を斬り飛ばされた変異種は頭部の角を出鱈目に振り回す。スギミヤさんはそれを盾で受け流し、変異種がよろけたところに首へ向けて上から剣を振り下ろした。血飛沫が舞うが少し浅い。変異種が前のめりになりながらも振り回した尾がスギミヤさんの脇腹を直撃する。彼はバランスを崩して倒れそうになるがなんとか持ちこたえた。


 そこで俺は目の端に起き上がろうとしている人喰い蜥蜴マンイーターリザートを見て、慌てて身体を起こすと吹き飛ばされたときに落としたらしい剣を拾って駆け出す。


「おとなしく寝ぇてぇぇろぉぉぉぉッ!! 」


 魔法銃を乱射しながら起き上がろうとする人喰い蜥蜴マンイーターリザートへ肉薄すると駆ける勢いも利用して剣を一閃、首を刎ね飛ばす。そのまま戦うスギミヤさんと変異種の前で振り返ると、ここからは通さないとばかりに人喰い蜥蜴マンイーターリザートを睨みつける。


 近付こうとする人喰い蜥蜴マンイーターリザートの足元へ牽制のために魔法銃を撃つ。


 しばらくすると後ろからドスンッ!という大きな音がして、俺に迫っていた人喰い蜥蜴マンイーターリザートが動きを止めた。振り返ると肩で息をするスギミヤさんと足元に転がる変異種が見えた。


「よしっ!! 」


 俺は小さく声を上げる。そのとき――


 「グウォォォォォォォォォォォォォォォンッ! 」


 突然のことに俺は身を硬くする。見れば変異種の中でも一番大きな個体が今までにない咆哮を上げていた。大気がビリビリと音を立てる様に揺れる。


「なんだ? 」


 見ればスギミヤさんも何が起こるのか分からず身構えている。


 長い長い咆哮が終わると静寂が訪れた。俺たちも人喰い蜥蜴マンイーターリザートたちも身動ぎ一つしない。


「なんだった――」


 俺が言葉を発しようとしたとき、遠くから地鳴りの様な振動が伝わってきた。振動が徐々に大きくなる。


「なっ!? 」


「まさかっ!? 」


 振動が起きている方向、巨木の先に見える踏み鳴らさて出来た道、その奥で土煙が上がっている。そこには今までよりも更に多い、数十匹の人喰い蜥蜴マンイーターリザートたちがこちらに向かい走ってくるのが見えた。

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