第72話 捨てられないモノ
目の前で繰り広げられるクリーチャーたちの殺戮に耐えかねたノブヒトがパーティーの潜んでいた茂みを飛び出していった後――
「おいッ! アルバンッ! どうすんだよ? あいつ行っちまったぞッ! 」
冒険者パーティー『蒼月の雫』の
「……」
アルバンは黙って考えを巡らせている様で答えない。こうしている間にもノブヒトはどんどんとクリーチャーの中へ切り込んでいく。パーティーの中に微妙な空気が流れる。
「決まってるだろう。あたいたちは森を離脱してギルドに状況を伝える。当初の予定を変更する必要なんてないさ。そうだろう? アルバン」
そんな空気を破ったのは『夢幻の爪牙』のリーダーで
「おいッ! スヴェアッ! それじゃノブヒトを犠牲にするって言うのかよッ! 」
スヴェアの言葉に『蒼月の雫』の
「犠牲? 違うだろう? あの坊やはパーティーのリーダーであるアルバンの決定を無視して勝手に飛び出したんだ。その時点でこちらに坊やに対する責任はないね。それよりあたいたちがしないといけないのは受けた依頼の達成だろう。違うかい? 」
「それはそうだが……」
ジルベールの反論にスヴェアは淡々と答える。しかし、そこから発せられる空気はベテラン冒険者のそれであり、強者が発する張り詰めたものだった。その空気に気圧されたジルベールが口籠もる。
「だがも何もない。あたいたちの受けた依頼は何だい? 森を調査してその情報を無事ギルドへ届けることだ。それに対してあの坊やは自分の感情で飛び出して今、パーティーを危険に晒そうとしてる。あたしはパーティーリーダーとしてメンバーの命を預かってるんだ。アルバンが決断出来ないってんなら止めはしないけどあたいたちは勝手に森から離脱させてもらうよ! 」
最後は声を荒げそうになったもののスヴェアはそう言い切った。
「そうだな。俺た「ちょっと待ってくれないか? 」ん? どうした? レイジ? 」
アルバンが離脱の決断を口にしようとしたとき、それまで黙って聞いていたレイジがそれを遮った。
「考えは分かった。あんたたちは森を離脱してくれ。俺は残る」
「「「「「「「「「なッ!? 」」」」」」」」」
レイジの言葉に1人を除いて全員が驚きの声を上げる。
「あんた、あの坊やとは成り行きで組んでたんだろう? 正式な仲間でもない、いや、正式な仲間だとしてもその仲間を危険に晒した奴のために残る理由が分からないねぇ。自殺志願者って訳じゃないんだろう? 」
唯一驚きの声を上げなかったスヴェアがレイジを半眼で睨みながら皮肉げな口調で言った。
「そんなつもりはない。詳しくは言えないが俺には俺の目的があってあいつと旅をしてきた。今ここであいつに死なれるとそれが達成出来ない。それだけのことだ」
スヴェアの視線を平然と受け止めながらレイジはそう返した。
「ふうん。そうかい。だそうだ、アルバン。どうするんだい? 」
レイジの言葉を聞いたスヴェアは興味無さげに言うと、改めてアルバンへ決断を促す。
「レイジいいのか? 」
「俺の考えは今言ったとおりだ。あいつをここで死なせない、それが今の俺の最優先すべき事柄だ」
スヴェアの言葉を受けてアルバンが目を強く見つめながら再度レイジへ意思を確認する。その目をしっかりと見つめ返しながらレイジは答えた。
「そうか……」
そう呟いた後、アルバンは一瞬目を閉じて何かを考えてた様だったが、すぐに目を開くとその表情はいつもの彼に戻っていた。
「我々はこれより森を離脱しギルドへ報告することを最優先とする。すぐに行くぞ! 」
アルバンの言葉に全員が頷く。ジルベールも少し迷った様だが、ちらりっとクリーチャーの群れで傷を負いながら剣を振るうノブヒトを見やると、思いを振り切る様にしてアルバンへと向き直り頷いた。
「レイジ」
レイジがパーティーから離れようとしたときアルバンに声を掛けられた。
「なんだ? 早く離脱したほうがいいぞ」
アルバンの方を見たレイジがそう言うとアルバンは一瞬迷った様子を見せた後に言った。
「お前たちが何を抱えてるかは知らないが必ずノブヒトと生きて戻ってこい。スヴェアもパーティーリーダーとしてああは言ったがノブヒトのことを心配してるのは確かだからな」
「あんたに言われなくても分かってる。俺とてこんなところで死ぬつもりはない。引き摺ってでもあいつを連れて街に戻る」
レイジはそう答えた。その答えを聞いたアルバンは小さく「そうか」とだけ呟くと、「じゃあ行く」と言ってレイジへ背を向けて来た道を急ぎ引き返していった。
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(それにしても多少は変わったかと思ったが潔癖なところは相変わらずか)
アルバンたちと別れたレイジはクリーチャーの群れの中で縦横無尽に剣を振るうノブヒトを見た。これまで見たことも無いような凄まじい勢いでクリーチャーを屠っていくノブヒトだったが、数の差は如何ともし難く、爪で切り裂かれ、噛み付かれ、押し倒されて、それでも全く勢いを落とすことなく剣を振るっていた。
(あいつのあの強迫観念にも似た正義感は一体何なんだ? )
思えば最初にぶつかって以来、バルビエーリのコバヤシという
(俺はいつかあいつを殺せるのか? )
自分はたった1人の家族を救うため、何が何でも生き残り、“神”を名乗る男の依頼を達成する必要がある。そのためには例え誰であろうと勇者候補から“勇者の欠片”を回収しなければならない。
(今はまだ考えても仕方ない、か。どちらにしろ今ここであいつが殺されれば更に強力なクリーチャーがもう1匹増えることになる。それに……)
レイジはセトラデウズの巨木の陰にいる3匹のクリーチャーの方を見る。
(あの異形。ベースは明らかに
剣の柄を握る手に力が入る。
(必ず生きて戻ってこい、か。分かっているさ)
目を瞑り、最後にアルバンから言われた言葉を反芻する。そして、目を開けた瞬間、鞘から剣を引き抜くと左右の剣を振り回すノブヒトの元へと駆け出した。
あれほど恐慌状態で逃げ惑っていたクリーチャーたちはノブヒトに切り裂かれ、周囲には至る所に死骸や肉片が散乱している。
その屍の道を進むレイジに気付いた
レイジは我先にと自分へ突っ込んできた1匹へ敢えて自分から突っ込んでいき、その鼻先へシールドバッシュを叩き込んだ。叩き込まれた
その脇をすり抜ける様にして飛び込んできた獲物の開いた口目掛けてレイジは剣を突き入れる。剣は相手の突っ込んできた勢いのまま口の奥へとずぶりっ突き刺さり、そのまま後頭部へと切っ先が突き抜けた。
剣を引き抜くと崩れ落ちる獲物の影から飛び出してきた次の獲物の喉元を剣を返す様にして掻っ切る。
「来るなッ! 来るなッ! ぎゃァァァァァァッ! 」
「きィィさァァァまァァァらァァァァァッ!!!! 」
遠くでギルドの通達を無視したらしいパーティーの誰かの断末魔が聞こえ、その声にノブヒトが更に激昂する声が聞こえた。
「グギャァァァォォォォォッ!!! 」
「チッ! やはり動くか! 」
直後、突然咆哮が聞こえてレイジは舌打ちする。咆哮を聞いた瞬間にそれまで絶え間なく襲い掛かってきた
(やはり奴らが従えているか)
考えを巡らせながらセトラデウズの巨木の方を見ると、その影から3匹の変異種が動き出すの見えた。
(さあ、勝負はここからだ! )
レイジはその姿に密かに気合いを入れ直したのだった。
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