第66話 変化の兆し
「あたしの両親はドワーフと魔族なのさ」
彼女はそう言うと前髪を持ち上げた。するとその額にはちょこんと小さな角があるのが見えた。
「あの……こんなことを聞くのは失礼かもしれないですが、カトリナさんがアーリシア大陸に来たのはやはり純粋なドワーフや魔族じゃなかったから……でしょうか? 」
こういう世界だ。俺は恐る恐る聞いてみた。
「あん? ああ、別にそんな深刻な話じゃないよ。そうだな……坊主はドワーフと魔族の特徴を知ってるかい? 」
「ええと……ドワーフは鉱物の扱いが上手くて鍛冶が得意、魔族は持ってる魔力量が多くて魔法が得意、という程度しか……」
彼女の質問の意図が分からず困惑しながら答える。
「おっ、ちゃんと知ってるじゃないか。まああとドワーフはあたしみたいに成人しても背が低くて、男はずんぐりむっくりの髭面だけどね! 」
そう言うとカトリナさんは「あっはっはっは」と豪快に笑った。
「おっと、話が逸れたね。ドワーフは鍛冶が得意で、魔族は魔法が得意、『じゃああたしみたいのは? 』って言うとね、中途半端なのさ」
「中途半端? 」
「そう、中途半端。ドワーフよりも魔法は使えるが鍛冶の能力は劣り、魔族より鍛冶は出来るが魔法の能力では劣る。だから中途半端」
彼女はとくに表情を変えることなくそう言った。そこからは彼女がどんな感情なのか読み取れない。
「じゃあアーリシア大陸に来たのは……」
俺はやはり自分が思ったとおりの理由―はっきり言ってしまえば差別だ―でここに来たのかと思い、言葉を濁す。しかし、彼女は「ああっ! 違う!違う! 」と笑いながら言った。
「別に追い出されたとかじゃないんだ。今でも里の皆からは帰ってこないのかって手紙が来るよ」
「えっ? じゃあどうして? 」
「別に里にいた頃も仕事が無かった訳じゃないんだ。でも、さっき言ったみたいにあたしは中途半端だろ? あたしくらいの腕の鍛冶師も
だけど、それだってクロギアで売ってたら結局運ぶのに金が掛かるから、使う奴の手に渡る頃には高くなるだろ? それならあたしが使う奴の側へ行きゃいいんじゃないかって思ったのさ」
そう言った後に彼女は「外ならあたしの価値も上がるだろ? 」と付け加えて照れ臭そうに笑った。
「そうだったんですね……でも、いきなり来た俺たちがこんな話聞いてもよかったんでしょうか? 」
「なぁに、あたしがドワーフって分かった客には皆してる話だよ。ドワーフったってあたしには出来ることと出来ないことがあるからね! 」
言って彼女は豪快に笑った。どうやら俺たちは偏見がないか試されたらしい。
「で、そっちの兄さんはどうする? あたしじゃ盾は直せないけど、他の工房に行ってみるかい? 一応紹介はしてやるよ? 」
「いや、何か代わりになるような物が作れるならお願いしたい」
スギミヤさんもお願いすることにしたようだ。
「おっし! 任せな。さすがに材料じゃ勝てないが、ちゃんと代わりになる物を作ってやるよ! 」
そう言って薄い胸を拳で叩いた。
「3日後にまた来なっ! 」というカトリナさんに装備一式を預けて、俺たちはブルンベルヘン工房を後にした。
「ふっふっふっ」
隣を歩いていたスギミヤさんがそんな笑い声を上げた。
「どうかしたんですか? 」
俺は特に思い当たることがなくてそう聞いた。
「いや、何、お前も変わったと思ってな」
「??? どういうことでしょう? 」
「最初に出会った頃は『この世界の人間とは極力関わらない』という雰囲気だったが、今は丸くなってきたなと思ってな」
言われて考えてみる。
確かにスギミヤさんたちと出会った頃は“馴染み始めた”と思っていたこの世界の残酷な面を知って失望していた。この世界の人が同じ人間だと思えなかったのは確かだ。今だってそういう気持ちがない訳ではない……と思う。
「そう……なんでしょうか? 」
結局自分ではよく分からなくて首を傾げる。
「少なくとも俺にはそう見える。そして、それがいい変化だとも思う。お前は物事を白か黒かで色分けし過ぎるところがある。人も世界もそんな簡単に色分け出来ないことを学べばいい」
「はあ」
珍しくそんなことを言うスギミヤさんに、俺はどう答えればいいのか分からずそんな曖昧な返事をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます