第40話 そして、静寂は訪れた
アンデッドたちの攻撃は続いていて衛兵隊が対応してくれている。
そんな周囲の様子には関心がないように彼女は笑い声を上げながらくるくるとスカートを翻しながら回り続けている。
スギミヤさんは険しい表情で、俺は呆然と彼女を見つめる。カジカワさんと思われるスケルトンは剣を下げたまま何の反応もない。
正直に言えば俺には彼女をどうすればいいのか全く分からない。このまま彼女に欠片を渡してもいいのか判断が付かないのだ。
恐らく彼女は他の勇者候補に対して欠片を譲るように説得はしてくれるだろう。だが、彼女にとっては説得出来ようが出来まいが関係ない。譲ってもらえないのであれば容赦なく相手を殺そうとするだろう。
彼女を説得出来るだけの何かを今の俺は持っているだろうか?
『死んだ人は帰ってこない』ということは自然の摂理だ。魔法という不思議が存在するこの世界でだってそれは変わらない。
だが、今彼女の前にはその摂理を捻じ曲げられる可能性が提示されてしまっている。そんな彼女にいくら自然の摂理を説いたところで納得させるのは難しいだろう。
「コバヤシさん! カジカワさんは貴女が人を殺してまで自分を生き返らせることなんて望んでいないのではないですかッ! 」
俺は無駄だと思いつつ言ってみる。
「お……えが……」
今まで狂笑を上げながらくるくると回っていた彼女が、ピタリっと止まると俯いて何かを呟いた。
「お前がッ………」
拙いと思った。背筋がぞくりとして体が震える。恐らく俺は地雷を踏んだ。彼の言葉を代弁する様な言い方をするべきではなかったのた。しかし、もう遅い。彼女の周りには今まで以上に禍々しい魔力が充満し渦を巻いている。
俺は魔法銃を左手に持ち替えていつでも
彼女の周りで渦巻く魔力が中心にいる彼女へと収束していく。
「お前がッ! 彼を語るなァァァァァァァッ!!!! 」
それまでの間延びしてどこか浮世離れした口調がなくなり激昴した彼女が叫ぶと、後ろに無数の赤い光が灯った。それらは彼女の後ろから俺目掛けて一斉に飛び掛かってくる。
暗闇から飛び出してきたのは無数の獣たち。獣型のクリーチャーも入れば普通の獣もいるようだが恐らくは全てがアンデッドなのだろう。飛び出した目玉がぶら下がっていたり、体の一部が腐敗していたり、臓物を引き摺っていたり、スケルトンのものもいる。
その獣型アンデッドたちがアンデッドとは思えないスピードで俺に向かってくる。
俺は魔法銃をめちゃくちゃに乱射して弾幕を張りつつ
弾幕を抜けてネコ科らしき獣が突っ込んでくるのを真っ二つにする。
飛び散る臓物を避けながら魔法銃で弾丸をばら撒く。
左右から狼らしき獣が飛び込んでくるのを正面に飛び込む様にして転がって躱し、勢いのまま前転の要領で跳ね起き、正面から来た別のアンデッドを切り付けた。そのまま獣たちに突っ込んでいく。
そこからは乱戦。
とにかく剣を振り回し魔法銃を撃ちまくる。動きを止めず多少掠るくらいの攻撃ならば無視する。しかし、スケルトン系の獣たちは剣では対応が難しい。死角からタックルを受けて吹き飛ばされるとそのまま地面を転がる。
「かはッ!? 」
背中を打ち付けて息が詰まる。が、そんなことはお構い無しに追撃が来る!
飛び込んできた獣型のスケルトンの横っ面を殴り飛ばし、なんとか体勢を立て直す。少し距離が出来たことで攻撃の手は緩んだが囲まれてしまった。
チラリとスギミヤさんの方を見るが向こうは向こうで再びカジカワさんのスケルトンと激しい剣戟を繰り返している。衛兵隊も獣型アンデッドの一部が加わったアンデッドたちに足止めされている。
俺は周りを窺いながら手だけで腰のポーチからポーションを出すと口でコルク栓を抜いて一気に飲み干す。
周りには20体以上の獣型スケルトン、装備は剣と魔法銃と投擲用のナイフのみ。魔法銃ならある程度の応戦は可能だが散弾を撃ち出したところで与えられるダメージはたかが知れている。剣では更に相性が悪くナイフに至ってはお話にならない。
(せめて殴打武器があれば良かったんだけど……)
殴打武器は持ち運びと取り回しの問題で選択肢に入れていなかった。この状況なら武器より体術のほうかマシかもしれない。
ジリジリと前後左右に身体の向きを変えて相手の様子を窺いながら打開策を考える。とにかく四方、下手をすれば上からを含めた五方向から攻撃を受ける状態は拙い。せめて前方と左右からに絞れれば対応出来ないことはないと思うのだが、他も足止めを受けている以上、援護は期待は出来ない。
コバヤシさんのほうに目を向けると先ほどまでの激昂が嘘の様に今は光のない瞳で笑みを浮かべている。完全に彼女の思惑通りに事が運んでいるから当然だろう。
俺は覚悟を決めて剣と魔法銃をしまう。下手に武器を持つより体術のほうに活路があると判断がした。
そうしてまさに獣型たちが飛び込もうと体勢を低くした時、辺りを目が眩むほどの光が包んだ。視界を白く染める。
「――ッ!? 」
あまりの眩しさに俺は思わず目を瞑って腕で顔を覆う。
暫くすると辺りから「ガシャン、ガシャン」と音がした。瞼に映る光が無くなったため、ゆっくりと目を開けると先程まで周りを囲んでいたスケルトンたちが崩れ落ちて少しずつ灰へと変わっていく。
「どう……いう、ことだ……?」
何が起こったのか分からなくて辺りを見回せば、カジカワさんスケルトンも崩壊はしていないが片膝を付いている。傍らでスギミヤさんが俺の方を向いて驚愕の表情を浮かべていた。
コバヤシさんを見ればこちらも信じられないものを見たような表情でやはり俺の方を見ていた。
しかし、彼らの視線は俺を見ている訳ではないようだ。その視線を追ってゆっくりと振り返ると、そこには苦しげな表情で胸を押さえるエリーゼちゃんがいた。
「エリーゼちゃんッ! 」
「ッ!? エリーッ!! 」
俺は慌てて彼女に駆け寄る。俺が近寄ったのが分かると彼女は少し微笑んでから気を失った。慌てて彼女を抱き留める。
「有輝也さんッ! いやぁぁぁぁぁぁーッ! 」
俺が訳も分からず呆然と腕の中で気絶するエリーゼちゃんを見ているとコバヤシさんの絶叫が響いた。
驚いてそちらに目をやるとカジカワさんスケルトンがダメージを受けていることに気付いたコバヤシさんが泣き叫びながら駆け寄っていくところだった。
彼女はカジカワさんスケルトンに抱き着くと声を上げて泣きじゃくる。カジカワさんスケルトンはそんな彼女を抱き締めると彼らの周りに夜の闇とは違う一際濃い闇が発生した。その闇が彼らを包み込むと次の瞬間には彼らは消えていた。闇も無くなっている。
途端に辺りに静寂が訪れたかと思うと一瞬遅れて周りから次々に「ドサッ」という音が聞こえてきた。見ると衛兵隊を足止めしていたアンデッドたちが崩れ落ちていた。恐らく術者のコバヤシさんが姿を消したことで術が解けたのだろう。
そうして辺りに再び静寂が戻ってくる。
「一体何がどうなってるんだ……? 」
そんな俺の呟きだけが闇に溶けて消えた。
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