第37話 それは闇夜に訪れる

 雑貨屋で聞いた話を隊長さんとスギミヤさんに伝えた。だが、やはり俺と同じで2人ともいまいちピンと来ないようだ。


「とりあえず明日は野営の予定ですしアルガイア側での事とはいえ一応注意はしておきましょう」


 護衛隊の隊長さんがそう言うので俺とスギミヤさんも頷いた。


 翌日は予定通り野営となった。明日の夕方には目的のデルフィーヌに到着する予定だ。準備をしている間に隊長さんとスギミヤさんと夜番の確認をする。


「昨日ニシダ殿が聞いてきた話もあるので本日は少し夜番を強化します。もしものときはご協力をお願いします」


 そう言って隊長さんが頭を下げるので俺たちも了解と頷く。


「今日は月が見えないな。嫌な夜だ」


 空を見上げたスギミヤさんがポツりと呟いた。




 夕食を終えて火を囲んで軽くお茶をしながら話をしていると、エリーゼちゃんが欠伸をし始めた。それを合図に俺たちも休むことにする。


「すみません。先に休ませてもらいます。何かあれば遠慮なく起こしてください」


「いえいえ、お気になさらずゆっくり休んでください。何かあった際には頼らせていただきます」


 俺の言葉に隊長さんはそう答えると部隊にテキパキと指示を出し始めた。それを見て俺たちは少し火から離れたところにある寝床に移動する。


 寝袋に入って空を見上げるが月も星も見えなかった。


(確かに嫌な感じの夜かも……)


 そんなことを思いながら俺は目を閉じた。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼

「ニシダ、起きろ」


 耳元で声が聞こえた。それがスギミヤさんの抑えた声だと認識すると慌てて飛び起きる。


「何かありましたか? 」


「ああ。恐らく例のやつだ」


 スギミヤさんは簡潔に答えながら顎をしゃくるので俺はそちらに視線を向ける。


 月も星も出ていないのではっきりとは見えないが確かにこちらに近付いてくる集団らしき影が見えた。


 時々聞こえる「ガシャガシャ」という恐らく金属鎧が擦れ合う音と集団が歩く足音、一心不乱にこちらに近付いてくる姿は何とも言えない不気味さがある。


「奴ら何なんですかね? 移動音を消してないのでバレない訳がないのに声は全く発さないとか意味が分かりません」


「………」


 俺は近付いてくる集団から目を話さずにスギミヤさんに聞いたが、彼は何か考え込んでいて返事がない。


 そうしている間にも奴らはゆっくりしたペースでこちらに近付いてくる。時折、金属音と足音に混ざって「ズゥー、ズゥー」という何かを引き摺るような音も聞こえてくる。


 俺が相手の様子を観察していると隊長さんがこちらに向かって駆け寄ってくるのが見えた。


「お2人ともお休みのところを申し訳ありません。ご覧の様に野盗らしき集団はゆっくりとこちらに近付いてきております。今、部下に確認をさせておりますがざっと見る限り20人ほどは居るのではないかと思われます」


 隊長さんが近付いてくるなり報告してくれた。20人、野盗としては少し多いだろうか? 金属鎧を着た者が混じっている以上、難民などの可能性は高くないと思うし、護衛が付いているような集団ならこんな夜中に移動していることは考えにくい。アルガイアのどこかで反乱や暴動が起きたなんて聞いていないし、恐らくあれが話に聞いている野盗なのは間違いないだろう。


 俺たちとの距離はもう100mほどしかない。


 俺たちが身構えていると衛兵の1人が駆け寄ってきた。あれが偵察に行っていた衛兵だろう。隊長さんに何か話している。


「報告がありました。確認出来た範囲に伏兵らしき姿は見えないとのことです。また、中には足を引き摺っているような者もいて一番後ろには黒いローブにフードで顔を隠した者がいたとのことです」


 隊長さんが報告があった内容を教えてくれる。


 怪我をした者がいるのか……ここは一度声を掛けて治療する代わりに投降を呼び掛けてみるか?


 そんなことを思いながらスギミヤさんの様子を窺うがまだ何やら考え込んでいる。しきりに相手の動きを見ている様ではあるが何か気になることがあるんだろうか?


「スギミヤさん、さっきから何か考え込んでいる様ですけど気になることでもあるんですか? 怪我人がいるなら投降を呼び掛けたいんですが……」


 思い切って聞いてみた。もうあまり距離もないので投降を促すなら時間がない。


 俺の言葉に隊長さんは信じられないような顔をする。そりゃこちらの常識で考えればそうだろうが俺としては命を奪うのではなく生きて罪を償わせたい。


「いや、恐らく投降を呼び掛けても意味はないだろう」


 そんなことを考えているもスギミヤさんがそう返してきた。


「意味がないって……結局は処刑されるからですか? 」


「実際そうなります。そうなる以上は殲滅するほうが我々には安全です」


 俺の言葉を隊長さんが肯定する。俺はそちらを軽く睨む。隊長さんも少し申し訳なさそうにしてはいるが、それでも意見は変える気はないと言わんばかりにこちらを見つめてくる。


「まあそうなるんだろうが今回はそういう意味じゃない」


 俺と隊長さんが睨み合う中、スギミヤさんはよく分からないことを言い出す。


「どういう意味ですか? 」


「俺もまだ確信はないから見せたほうが早いだろう。隊長、誰でもいいから1人、弓の腕に自信がある者を呼んでくれないか? 」


 スギミヤさんは隊長さんに弓が得意な者を呼ぶようお願いする。すぐやってきた衛兵にスギミヤさんは耳元で何か指示をした。彼は少し不思議そうにしながら「分かりました」と言うと弓を構える。


「スギミヤさん! 攻撃は投降を呼び掛けてからにしてください! 」


「いいから見てろッ! 」


 俺が非難するとスギミヤさんから怒鳴られた。「しかしっ! 」と俺は反論しようとするが隊長さんに抑えられる。そちらを見ると顔を横に振られた。見ていろということか?


 俺が納得いかないままスギミヤさんを睨んでいるうちに弓を構えていた衛兵が先頭を歩いている人物に向けて矢を放った。「ヒュンッ」という風切り音とともに放たれた矢は、一直線に先頭を歩く平民風の男の頭に突き刺さった! 男は矢の勢いに少し後ろに飛ばされて後ろの人物にぶつかってから崩れ落ちる。


「スギミヤさんっ! 何も頭でなくてももっと死なないところでよかったでしょっ!! 」


 頭を狙ったことにカッときて隊長さんを振りほどいてスギミヤさんに詰め寄る。しかし、スギミヤさんはこちらではなく集団のほうを見たままだ。


「えっ……」


 すると俺の少し後ろで矢を放った衛兵が小さな声を上げた。何かに戸惑う様な、少し呆然した様な、そんな声だった。


「そんな……」「まさかっ! 」「嘘だろ……」


 周りからもそんな声が上がり始めてスギミヤさんに詰め寄っていた俺も集団のほうを見る。


 すると、先ほど矢で頭を貫かれた男がゆっくりと起き上がった。それだけでない。刺さった矢を気にする素振りもなくそのまま歩き出したのだ!


「なんだよ……? あれ……」


 近くでそんな声が聞こえた。俺はそれが自分の発した声だと気付く。ゆっくりとスギミヤさんへ振り返る。彼は前方から視線を外さすことなく言った。


「あれは生きた死体リビングデッドだ。恐らく奴らは生きてはない。アンデッドの集団なんだ」


 スギミヤさんの呟きが闇に響いた。

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