第36話 フリードアン共和国

 バルビエーリを出発して早2週間。俺たちはフリードアン共和国に入国し、首都デルフィーヌまで約2日程のところにある村にいた。


 フリードアン共和国への入国自体はバルビエーリを出た翌々日には出来たのだが、アーリシア大陸への移動が可能な北西の首都デルフィーヌまでは共和国を端から端まで対角線上に移動する必要があった。


 フリードアン共和国は小さな港町から興った国だそうだ。元々湾内が複雑な地形で海からの侵攻には強い港だったが、それを更に堅牢にすることで守りを固めて内陸に領地を拡大していったのが今の王家なのだそうだ。


 現在、王家はシャルロット・ベアトリクス・ド・フリードアンという女王が即位していてその下に王都市民から選ばれた共和国議会と貴族たちの所属する貴族院を置いて国を治めている。


 ただ、議会が中央寄りなのに対してそれぞれの領地がある貴族は地方寄りなので意見対立も多くなっているそうだ。


 そんな中、王家はというと殆ど象徴のような扱いで実権はないに等しいと言われている。


 国土がそれほど広くないフリードアン共和国では内陸部へ支配を進める過程で臣従した豪族を貴族に取り立ててそのまま領地を治めさせるか、元々家臣だった者を貴族に取り立てて領地を与えたため王領は首都周辺にしかない。


 その少ない領地も現在では議会の影響力が強過ぎるため、女王は上がってくる書類に判を押すだけが仕事になってしまっていると揶揄されているらしい。



 さて、この2週間の旅はとくに大きなトラブルもなかった。


 それも当然でバルビエーリのブルノ都市長が付けてくれた護衛はフル装備の衛兵が10人である。野盗など寄ってくるはずもなく、立ち寄った街で絡まれるようなこともあるはずがない。しかも、わざわざ書状を用意してくれていたようで街の入場などもスムーズで快適な旅だった。


 大きな事件といえば遂に帝国が連邦に宣戦布告したことだろう。


 帝国は連邦の沖合に5隻の大型艦を配備してロクサリア砦には3万の兵を出して連邦の2万の軍と睨み合っている状態だそうだ。今回の宣戦布告はロクサリア平原で両軍が真っ向からぶつかるそうで連邦は開戦期日ギリギリまで徴兵を続けるつもりらしい。


 この帝国の宣戦布告の影響は大きく、連邦から各国への避難民は更に増えているそうだ。それに伴って共和国でも治安の悪化や物価の上昇が起こり始めているそうで、避難民の受け入れについて議会と貴族院での意見対立も大きくなっていると聞こえてきている。バルビエーリで聞いた通り、港も連邦からは輸入が少なくなりアーリシア大陸への船もいつ止まるか分からないそうだ。


 今いる村はアルガイアの北西部方面との国境の近くになる。そのため小さいながらも宿があり、今日はそこに泊まる予定だ。


 ついでなので村で少し周辺について聞いてみることにした。


「すいません。デルフィーヌ方面へ旅をしている者なのですが少しこの辺りについてお話を聞かせてもらえませんか? 」


 俺は村で唯一らしい雑貨屋で50代くらいの店主に話し掛けた。


「そろそろ店仕舞いだからそれまでならいいよ」


 ニコニコと人当たりの良さそうな店主がそう言って頷いてくれた。


「ありがとうございます。連邦からの避難民で治安が悪くなってきたり物が少なくなってきてると聞いてますがこの辺はどうですか? 」


「この辺は連邦とは離れてるから避難民は殆ど来てないかなぁ。物もまあ自分たちの物は自給自足みたいなもんだから暫くはなんとかなるが、店としちゃ仕入れ値が高くなったり注文した物が入らないことは出てきてるな。それより……」


 俺の質問に気さくに答えてくれていた店主が少し言い淀んだ。


「??? 何かあるんですか? 」


「いや……あんたらは首都の方に行くから関係ないとは思うんだけどな。最近アルガイア方面に行った奴やアルガイア方面から来た奴が襲われたって話を聞いてな……」


「野盗や山賊ですか? 」


「いや……それが、何に襲われたのかよく分からんらしい」


「えっと……どういう事でしょうか? 」


 襲ってきた相手が分からない? 確かに夜なら街灯なんてない世界だし顔などは分からないだろうけど、どういう奴らに襲われたくらいは分かるんじゃないだろうか?


「ワシも聞いた話で詳しくは分からんが、鎧を着た者も居れば普通の平民の様な格好の者もいる雑多な集団らしい。声も出さずにただ襲い掛かってきて命からがら逃げ出した者が話していたそうだ」


 なんだそれ? 無口な野盗? 全然イメージが湧かないけど……普通は脅し文句の一つも言うものではないのだろうか?


 俺が首を傾げていると店主も「ワシも聞いた話なんでよく分からんのだ。すまんね」と何とも言えない顔をした。


 俺は店主にお礼を言うと店を出た。


 一応護衛の隊長さんやスギミヤさんにも話しておいたほうがいいだろう。そう考えながら俺は宿への道を急いだ。

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