第32話 救出劇
ノブヒトが気絶したフリをして縛られているとき――レイジはそれを物陰から見ていた。
ノブヒトの考えた作戦ではこのまま彼が連れて行かれるのを尾行して監禁場所を確認することになっている。
出会った当初はその年齢の割に少々幼くも感じられる正義感の押し付けに苛立ちがあった。ともすれば「直情型なのでは? 」と思ってしまう様な正義感の持ち主なのだが、一緒に行動してみるとその行動は慎重そのものだった。情報収集は欠かさず行い、吟味してからしか行動しないのだ。
今回の作戦でも都市の状況や相手の事情を加味した上で行動を予測して予備の作戦もきちんと用意してある。都市長の娘という不確定要素はあるものの、今のところ事故の情報がない以上はやはり攫われた可能性が高いだろう。
レイジがそんなことを考えていると相手はノブヒトを担ぎ上げ歩き始めた。こちらに向かって歩いてくるためレイジは見つからないように注意する。
自分の前を通り過ぎたら十分に距離を取って尾行を始めた。
やがて街の中心から少し離れた郊外の古い洋館に辿り着くと相手は肩からノブヒトを降ろして起こし始める。ノブヒトが気が付くと前を歩かせて家の裏手に回った。どうやら目的の場所は洋館の裏にある小屋らしい。
ノブヒトと彼を運んできた小太りの男が小屋に入って暫くすると小太りの男だけが小屋から出てきた。やはりここで間違いない様だ。そこまで確認したところでレイジは洋館を離れた。
衛兵の詰所に戻ってきたレイジは早速監禁場所らしい洋館のことを都市長と衛兵長に知らせた。衛兵の準備は整っているが念のため少し時間を取って都市長が洋館の持ち主を調べるよう部下に指示を出した。
暫くすると都市長の部下が戻ってきて都市長に何やら報告をした。それを聞くと都市長が少し難しい顔をしながら説明を始めた。
「あの洋館は表向きとある商会の持ち物のようだが現在は殆ど使用されていないらしい。一応調べたがその商会、今はギジェルモ副会長派に属している所までは分かっている。その先を調べるには時間が足りないがな」
都市長が少し悔しそうに言う。
「ここでもギジェルモ副会長ですか……少なくともその洋館が誘拐犯に使われているのが判明した以上、その商会からは事情を聞かねばなりませんな」
衛兵長が言うことは尤もだ。更に衛兵長は続ける。
「確定している以上はその商会にも同時に兵を出しましょう。証拠を隠される前に押さえる必要があります」
都市長が頷くと衛兵長はすぐに衛兵の編成に向かった。都市長はその後ろ姿を見送るとレイジに不安げな表情を向けた。
「何か不安なことでも? 」
レイジからすると今のところこちらの思惑通りに事が進んでいるため、都市長が何に不安を感じているか分からない。
「ニシダ殿は本当に大丈夫なのだろうか? 」
「??? 『大丈夫か? 』とはどの様な点についてでしょうか? 」
やはりレイジには都市長が不安な点が分からないため具体的なことを聞いた。
「相手は最低でも8人とのことだが……衛兵が突入した際に捕まっている彼らに危害が加えられないだろうか? 」
なるほど。都市長の不安な点はノブヒトの戦闘力にあったようだ。それを聞いたレイジは自分たちの実力について説明していなかったことを思い出した。
「申し訳ありません。自分たちについて何もご説明していませんでした。戦闘に関しては問題ないと思います」
レイジは自分たちについて説明することにした。
「俺と彼は冒険者です。現在のランクはどちらもパールですが、すでにエメラルドの昇級試験資格を得ています」
「なっ!? そうなのか!? 」
通常パールまでは3年ほど、エメラルドまで昇級するには5年以上掛かると言われている。年齢を考えればノブヒトの歳でエメラルドの昇級試験資格を得ているのはこちらの世界の常識で異例の早さと言えた。
「はい。ただ、自分たちは急ぎの旅の途中ですので時間の掛かる昇級試験を受けている暇がありません。そのためまだパールなのです。更に言えば彼は対人、クリーチャーともにエメラルドでも十分通用する戦闘力を持っています。逆に相手はそれに気付かない程度の実力しかありません」
これは実際に相手を見たレイジの感想だ。あれでは何人束になってもノブヒトを倒すことは難しいだろう。
「なるほどな。しかし、人質を取られればどうだ? 」
都市長の一番の不安は恐らくこれだ。とくに自分の娘が人質に取られたらと思うと不安なのたろう。
「それも問題ありません。小屋の中の造りは分かりませんが、入り口さえ押さえてしまえば人数がいてもまとめて攻撃することは出来ません。相手の人数に限りがある以上は扉の前で戦う限り問題にもならないでしょう」
そう、ノブヒトは相手が人質を取ろうとした場合の盾なのだ。ノブヒトが攫われた人たちの側にいる限り人質の心配はほぼないのである。
唯一危険の可能性があるとするならば人質を分けて監禁している場合だが、その場合も特に問題ないだろう。そもそもそれだけの実力差がある上にノブヒトは何処からでも攻撃の手段を持っているのだから。
「そうか」
レイジがあまりに自信を持って答えるため都市長も納得したのだった。
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時刻は日が西へ傾き始めた頃、詰所からは続々と衛兵たちが移動を始めていた。
実はその前にこっそり詰所を抜け出そうとした衛兵が捕まるという軽い騒ぎがあった。事前に予想していたとおり、衛兵の中に何人か奴隷商と繋がっていた者がいたのだ。彼らは抜け出そうとしたところを取り押さえられ、今は詰所の地下牢に放り込まれている。救出作戦の後、彼らは取り調べで誰と繋がっているのかはっきりさせられることだろう。
詰所を出た衛兵たちはそれぞれの持ち場へと移動していく。
今回のメインは洋館への襲撃でこれは衛兵長が自ら指揮を執る。次に洋館の持ち主の商会だがこちらは副衛兵長が指揮を執る。証拠の確認のため都市政府から文官も数名付いていくことになっている。
あとは各門で封鎖を行う者、商人ギルドやその幹部の家を監視する者などに分かれて街の衛兵のほぼ全ての人員が参加する大捕物がいよいよ始まろうとしていた。
洋館の近くに集まった衛兵たちに衛兵長が確認を行う。
「全員揃っているな? よし! それではこれから我々はこの街に入り込んだ悪党を捕縛する。抵抗する場合は斬り捨てても構わん! 必ず無事人質を救出するぞ!! 」
全員の顔に気合いが入ったところで全体で洋館を囲んだ。
「総員! 突撃ぃーッ! 」
全員の配置を確認すると衛兵長が突撃の合図を出した。
本隊が洋館へと突撃を開始するのを横目にレイジを含む別働隊は裏へと回る。
裏庭に辿り着くとすでに何人かの冒険者崩れがこちらに抜け出した様で小屋の中に入ろうとしていた。こちらにも気付いた数人が足止めしようと突っ込んできた。
「クソッ! さっさと下に降りて人質連れてこいっ!! 」
リーダー格らしき男が小屋の前に残った男に指示をする。下っ端らしき男が数人、慌てて小屋へと入っていった。
元からいたのか今日合流したのか知らないが向こうも15人程が小屋の前に残ってこちらに応戦してくる。
レイジは一瞬腰を落とすと地面を蹴る。弾かれた様に男の1人へ肉薄するとシールドバッシュを叩き込む。吹き飛ばされた男は小屋の壁に激突してそのまま気を失った。
「このヤロウッ!! 」
続く叫びとともに右から振り下ろされた一撃は剣で受け止め、全く腰の入っていないそれを弾き返すとたたらを踏んで体勢を崩したところを斬り伏せた。
衛兵隊との圧倒的な人数差に敵は防戦一方となって次々と討ち取られるか捕縛されている。善戦しているのはリーダー格の男くらいたが、囲まれない様に立ち回るのが精一杯でズルズルと後退を余儀なくされていた。
「おいっ! 人質はまだ連れてこれねぇのかっ!? 」
後退しながら男が叫ぶが小屋の中から返事はない。
「クソっ! 何もたついてやがんだっ! 」
さすがに男が焦り始める。その間にも男の周りを衛兵が囲んでいく。
「チッ! このクソがァァァッ! 」
少しでも戦況を楽にしようと思ったのか男がレイジの前に飛び込んだ。
レイジは男の剣を盾で弾いて剣を持つ右手を狙う。
男は辛うじて躱すが、体勢を崩したところへレイジは体ごとぶつかっていく。体勢が崩れて踏ん張れない男はそのまま地面に叩き付けられた。
「ガハッ!? 」
叩き付けられた衝撃で男の口から息が漏れる。それでも咄嗟に起き上がろうとしたのだが、その首筋にレイジが正面から剣を当てると観念したのかその場に大の字になった。
大の字になったリーダー格の男を衛兵たちが取り押さえたのを確認すると、レイジは剣を腰に戻し小屋へと向かった。
入り口から中を覗くと、そこはすぐに階段となっていた。
念のため下から誰かが上がってこないか注意しつつ慎重に小屋の中に入った。光源を持っていないため、いくら暗がりで戦っていたからといっても足元以外は殆ど見えない中、盾を構えて降りていく。
やがて薄っすらと灯りが見えてきた。
灯りの元まで辿り着くと、それは床に転がったロウソクだった。少し先を見れば男が5人ほど倒れている。恐らく先ほど小屋に入った者たちだろう。他に隠れられる様な場所もないためこれで全員のようだ。
レイジは地下室らしき開いた扉の手前で中に声を掛けた。
「ニシダッ! エリーッ! スギミヤだっ! 聞こえるか? 全員無事か? 」
「スギミヤさんっ! こちらは全員無事です! 上は終わりましたか? 」
「ニシダか! 上は終わった! もうすぐ衛兵たちも降りてくると思うから、ここに倒れている奴らを捕縛するまでは念のためそのまま待っていてくれ。」
「分かりました」
「レイジさんっ! 」
ノブヒトの返事のすぐ後にエリーゼの声が聞こえた。
「エリー! 怪我はないか? 」
「はいっ! 私は大丈夫です! それより衰弱している方もいる様なので他の皆さんをお願いします! 」
「分かった! もう少し待っていてくれ! 」
エリーゼの声に安心したレイジはその場で衛兵たちが降りてくるのを待った。
衛兵たちが倒れている男たちを運び出していくと部屋の中から女性や子供13人が助け出された。その中には都市長の娘のレティシアもいた。
レティシアはノブヒトの手を両手で包んで胸元に寄せて仕切りにお礼を言っている。
レイジがそれをやや呆れながら見ていると胸元に小さな影が飛び込んできた。レイジは慌ててそれを受け止める。
「レイジさんっ! 」
涙声のエリーゼがレイジの鎧の胸元に顔を埋める。
「エリー……無事で良かった。鎧が硬くて痛いだろう? とりあえず顔を上げてくれ」
レイジはエリーゼの頭を優しく撫でながら言うが、エリーゼは顔を鎧に付けたまま嫌々と首を横に振る。
「勝手に離れてしまってごめんなさい! すごく、すごく怖かったですー。もう、あ、ぁぇ…ぁえなぃんじゃ、なっ、なぁかってぇぇ、うっ、うぅぅぅっ、うわぁぁぁぁぁん」
緊張の糸が切れたのか、遂にエリーゼは本格的に泣き出してしまった。泣き続けるエリーゼの頭をレイジが優しく撫でる。
結局エリーゼが泣き疲れて眠るまでロウソクの灯りが揺れる地下でレイジは彼女を撫で続けた。
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エリーゼが眠り、周りを見るとすでに2人以外は地上に上がっていた。レイジは彼女を背負うと階段を上がった。
小屋から出るとすでに夜が明け始め、東の空が明るくなっていた。
洋館では未だに衛兵たちが動き回っている音が聞こえる。周りを見回すと裏庭の花壇の縁に腰を下ろすノブヒトがいた。彼は目が合うとレイジの方へ近寄ってきた。
「お疲れ様でした。エリーゼちゃん寝ちゃったんですね」
「ああ。疲れたんだろう」
「どうやらあのレティシアって子を慰めるために気を張ってたみたいですからね。衛兵長が明日―というかもう今日ですが、夕方に詰所まで来て欲しいと言ってました。それまでは宿で休みましょう」
ノブヒトも欠伸を噛み殺している。
「分かった。じゃあ戻るか」
言ってエリーゼを背負い直すと歩き出したレイジだが、ノブヒトが後ろをついて行こうとすると振り返った。
「??? 」
どうしたんだろうか、と首を捻るノブヒトにレイジは右手の拳を突き出した。
「ニシダ、エリーを守ってくれてありがとう」
少し照れ臭そうに視線を逸らしながらレイジが言う。
それに一瞬目を丸くしたノブヒトだったが、「どういたしまて! 」と笑うと突き出されたレイジの拳に自分の右拳を合わせたのだった。
昇り始めた朝日が拳で繋がる2つの影を洋館の裏庭に描いていた。
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