第27話 アルガイア都市連合
エーシアで休息を取った俺たちは翌朝早くには乗り合い馬車でメルウォークの村へと向かった。
余程の昨日の観光が楽しかったのだろう。エリーゼちゃんが名残惜しそうに遠ざかるエーシアの街を見つめていた。
何事もなく半日ほどでメルウォークの村に着き、ここで馬車をアルガイア方面へと乗り換えるのだがここからの馬車はウィルゲイドの国境までしか行かない。
ウィルゲイドの国境からアルガイアの次の街までは馬車で半日、徒歩だと1日近く掛かるため今日は国境の手前で野営をして明日国境を越える予定だ。
ということでメルウォークの村で国境までの馬車に乗る。ウィルゲイドの国境前には野営が出来るスペースが設けられているためそれほど心配はしていない。
メルウォークを出た馬車はエーシア湖を囲む森沿いの街道を進んでいく。
この先は国境警備の詰所はあるが横には森が広がるだけで本当に何もない。ただ、アルガイアからの陸路の主要街道のため街道を行き交う人や馬車はそれなりに多い。
俺はこの時間で今回エーシアで商人から聞き込んだ内容を確認することにした。
一応以前ウィーレストの商人トロイヤ商会のロックスさんにも聞いていたメモもあるが、今回はこれから訪れる地方を中心に念のため勇者候補の噂なども含めて情報を集めた。
アルガイア都市連合は12の独立都市とその傘下の連合で地域としてはガルド帝国の次に広いエリアを持つが厳密に言えば国ではない。12都市がそれぞれ独自の方針で運営していて統一された法律などは施行されていない。
今回通るのは南部の連邦との国境沿いにある主都バルビエーリを中心とした『バルビエーリ都市領』と呼ばれる地域になる。
南部の主都であるバルビエーリは都市長と呼ばれる首長を選挙で選ぶ民主制が取られている。選挙と言っても投票権があるのは一定額以上の税金を納めた市民と商人、あとは文官と兵士でそれ以外の市民(この場合は平民と言い換えてもいい)は選挙権を持たないそうだ。
現在の都市長はブルノ・カンデラリアという40代の比較的若い男性で、とくに悪い噂は聞かなかった。
まずはウィルゲイドの国境から1日のところにあるクォールの街に入り、主都バルビエーリを経由してベゴーニャという村に行く。そこから更に馬車で半日ほどでフリードアン共和国との国境へ向かうトータル3日と半日程の道程だ。
馬車が野営地に着いた。
ここには馬車を停める広場と簡易な竈、井戸が用意されている。だいたいどこの国境も防衛上の要所でなければこのような野営地が設けられているそうだ。
アルガイアは都市連合のためそれぞれの都市が持っている兵力はそれ程でもない。もちろん全都市が纏まった軍事行動を取ればその限りではないが、元々が都市の独立性維持が目的なので連合として領土拡大に動く可能性は極めて低いと言える。
野営の用意も終えて食事を済ませるとエリーゼちゃんは早々に眠ってしまった。彼女には夜番は割り当ててないのでこのまま休んでもらう。
俺とスギミヤさんは交代で夜番をするのだが、まだスギミヤさんが起きているうちに俺はアルガイア側から来た商人たちに向こうの様子を聞いて回った。
「アルガイアの様子はどうだ? 」
俺が自分たちのスペースに戻るとスギミヤさんが早速今聞いてきた情報を聞いてきた。
「バルビエーリはそれほど悪い噂はなかったですね。ただ、連邦からの避難民の流入がそれなりにあるので他の都市から傭兵が流れてきてるらしくてそいつらが現地民と揉め事を起こしたりしているみたいです」
俺は聞いてきた情報を説明する。
アルガイアの主要12都市にはそれぞれ特色があるのだが、『ゴディネス』という都市を中心とした地域は傭兵産業が盛んな地域だそうでアルガイア内はもちろん至る所に派遣しているそうだ。
今回も帝国側に雇われた傭兵団もあれば連邦側に雇われた傭兵団もあるらしい。
そんなゴディネスからバルビエーリにも治安維持名目で雇われた傭兵団がいくつか居るそうだが、お世辞にも行儀がいいとは言えずトラブルを起こしているらしい。
「ないとは思いますが一応女の子連れですからね。注意するに越したことはないでしょう」
「そうだな。余計なトラブルは勘弁してもらいたいだが……」
スギミヤさんは俺の懸念に頷いて「じゃあお先に」と寝袋に入った。
翌朝、ウィルゲイドの国境を越えた所にある馬車乗り場からクォールの街行きの馬車に乗って俺たちは本格的にアルガイア都市連合に入った。
ここバルビエーリ都市領はアルガイア都市連合最南端の地域で南部は全て連邦との国境になる。街道はもう少し領内の内側を通っているのだがそれでもちらほらとバルビエーリ都市軍らしき兵士たちが見えた。
帝国が連邦内側に侵攻すればこの辺りも帝国がそれ以上侵攻して来ないよう防備を固めることになるのかもしれない。
1日近く馬車に揺られ夕方前にはクォールの達に入った。
クォールの街は人口1万人程の都市だ。バルビエーリ都市領の総人口は5万人程度と言われていてここは領内第2の都市になる。
街に入ると少しピリピリとした雰囲気を感じた。この街にも避難民が流入しているのか疲れた表情の草臥れた服装な者も多かったし、傭兵団だろうか、ニヤニヤしながら歩く集団も目に付いた。
宿を取ろうとしたがそれなりの宿は街に傭兵団が押さえていた。一応通常グレードの宿で一部屋だけ空きを見つけたので3人一部屋でそこを取った。本来は女の子の部屋は分けてあげたいところではあるが現在の街の治安面も考えて同部屋とした。
部屋で荷物を解き、今日これからについて相談する。
「どう思います? 」
何をとは言わずスギミヤさんに聞く。
「あまり長居はしたくないな。出来れば食事も部屋で取りたいくらいだ」
やはりスギミヤさんもあまり印象は良くない様だ。
「なんだか視線が怖いです……」
エリーゼちゃんも傭兵らしき男たちからかなり好色気な視線を送られていたのですっかり怯えてしまって両手で自分の体を抱き締めるようにして若干震えている。
「部屋での食事は断られてしまいましたしあまり気は進みませんが宿の食堂を利用しましょう。街に出るよりはマシだと思いたいんですが……」
俺も気が進まないがこればかりは仕方がない。何かあればある程度は力で解決するしかないとスギミヤさんと頷きあった。
夕食の時間になって宿の食堂に入った俺たちはすぐまわれ右したくなった。大量の傭兵と隅で小さくなるようにして座る少数の他の客――トラブルの予感しかしない。
とりあえず空いている中では極力傭兵らしき男たちからは離れた席を選ぶ。更にエリーゼちゃんはその中でも傭兵たちから一番遠い席へと座らせた。
男の俺ですら嫌になるような視線を浴びながらなるべく素早く済ませられるメニューを注文する。
テーブルにはパンにスープ、エーシア湖の魚を使った煮込みとサラダが並び、食事を始める。とにかく素早く掻き込むように食事をしていると俺の手元を影が遮った。
(はあ~)
心の中ではため息を着きながらチラりと影のほうに視線を向けると、ニヤニヤと嫌らしい表情を浮かべた髭面が俺たちのテーブルの横に立っていた。
視線が俺とスギミヤさんを通り、エリーゼちゃんで止まる。男はニヤけ面を更に歪ませた。それなりに酒も入っている様で顔が赤い。エリーゼちゃんがビクッと震えた。
「兄ちゃんたちよぉー、可愛い嬢ちゃん連れてるじゃねぇか! 俺たちゃ男ばっかりでなー、一晩その嬢ちゃん貸してくれや! まあ一晩も俺たちと一緒にいりゃー、嬢ちゃんのほうが『帰りたくない』って言うと思うがなぁー! 」
「ガッハッハッ」と周りから下品な声と「お嬢ちゃん俺らといい事しようーぜっ! 女にしてやるよー! 」という下品な野次が飛ぶ。
それに気を良くしたのか男がエリーゼちゃんに手を伸ばすがその手をスギミヤさんが掴んだ。
「おっさん迷惑だ。女が欲しいなら娼館に行け」
冷たい声で言う。
「おいっ、コラッ! このガキッ! こっちが優しくしてやってる間に手を離せや! 」
男が喚く。周りの奴も席を立って騒ぎ出す。
「さっさと失せるなら離してやるよ」
スギミヤさんがバカにしたように返すと、
「このガキ、調子に乗るなよッ! 」
喚きながら殴り掛かろうとするが、その前にスギミヤさんに掴まれた腕を捻られ床に叩き付けられた。
「このクソガキッ! 舐めた真似しやがって! お前ら殺っちまうぞッ! 」
周りで見ていた男たちが一斉に身構えたとき、
「おいっ! 何を騒いでいるっ!! 」
食堂の入口から怒鳴り声が聞こえた。そちらを見ると男が歩いてくるところだった。
身長は170cmを少し越えたくらいだろうか、それほど上背はないががっしりした鍛え上げられた体をしている。黒髪を短く刈込み、太い眉に彫りの深い顔をしている。
男はこちらに近付いてくると俺たち3人に一通り視線を向け、スギミヤさんに押さえ込まれている男を一瞥してから男たちのほうをギロっと睨んだ。先程までいきり立っていた男たちがビクッと震える。
「これは何の騒ぎだ? 」
男がもう一度静かに男たちに聞く。若干嗄れた低いハスキーな声だ。
「い、いや、こ、これは、その……」
問われた男たちは視線を逸らしてしどろもどろに何か言おうとする。男はもう一度こちらに視線を向け、エリーゼちゃんを見ると、
「大方お前らがそちらのお嬢様に絡んで返り討ちにあったんだろう。俺は揉め事を起こすなと言ったはずだが? 」
と言って男たちを睨む。
強い口調という訳ではないのだが、有無を言わさぬ迫力があった。
男たちはガタガタと震えている。
「ここで斬られたくなければさっさと部屋に戻れ。次に迷惑を掛ければ――分かってるだろうな? 」
男たちはがくがくと壊れた人形のように頷くと逃げるように食堂を出ていった。スギミヤさんが取り押さえていた男も解放されると慌てて走り去っていく。
食堂が一気に静かになる。
「ふー」
男は1つ息を着くと周囲の客に向かってバッと頭を下げた。
「迷惑を掛けて申し訳なかった。奴らにはよく言って聞かせるので今回はこれで勘弁して欲しい」
そう謝罪した。そして、俺たちのほうに向き直ると、
「君たちも申し訳なかった。お嬢さんも怖い思いをさせて済まなかったね」
そう言ってもう一度頭を下げる。
「謝罪は受け取りましたのでもう結構ですよ。幸い大事にはなりませんでしたし」
スギミヤさんがそう言うと男は頭を上げた。
「ありがとう! 俺はこの街に派遣された傭兵団のまとめ役をしているマナ――「総団長っ! 」…どうした? 」
男が名乗ろうとしたところで食堂の入口から別の男が慌てて入ってきた。
「お話中のところ申し訳ありません。あちらの食堂で流血沙汰がッ! 」
どうやら他でもトラブルらしく入ってきた男はかなり慌てている。
「全くどいつもこいつも……申し訳ない。自分は行かなければならないのでこれで失礼する。今回は申し訳なかった。では! 」
そう言うと男は呼びに来た男を連れて食堂を出ていった。
俺たちは席に座り直して食事を再開する。
「スギミヤさん、さっきの男性どう思います? 」
俺は先程の総団長と呼ばれた男についてスギミヤさんに聞いてみる。
「何とも言えないな。確かに黒髪ではあったが、あのくらい彫りの深い顔立ちだとどちらとも取れる。ただ、かなり出来るようだった。まあ確認している時間はないと思うがな」
そう、俺はあの男が勇者候補ではないかと思ったのだ。ただ、スギミヤさんの言うとおり、あのくらいの顔立ちだとこちらにも居るためどちらか判別が付かなかった。それにこの街に長居するとトラブルに巻き込まれるのは確実なので確認する時間がないのも事実だった。
食事を終えドッと疲れた俺たちだったが、だからこそ余計に油断出来ず、宿に泊まったと言うのに交代で夜番をしたのは言うまでもない。
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