第26話 一時の休息

 勇者候補ナンリ・サトシ少年の死の後、俺はエリーゼちゃんの誘いを受ける形でスギミヤさんたちとアーリシア大陸へ同行することにした。


 それ程までに彼の最期は衝撃であり、単なる勇者候補13人だけの話に留まらない何か大きなものに巻き込まれつつあることを実感させた。


 それから1週間、俺たちは慌ただしくフォートブルクを出発した。これは帝国と連邦の戦争が現実味を帯びてきて、帝国がウィルゲイドとの国境にも軍を動かすという話が聞こえてきたからだ。


 この動きはウィルゲイドが連邦に援軍を出せないようにするための牽制と予想されていた。国境に軍を置くことでウィルゲイド側に圧力を掛ける狙いだろうとのことだった。


 これにより帝国からウィルゲイドへの移動を制限される可能性が出てきたため予定を早めて移動することにしたのだ。


 多少の蓄えがあるとはいえアーリシア大陸までの路銀はまだ心許ない。俺たちはギルドでパーティー申請をした上でエーシア方面へ行く商隊の護衛依頼を受けた。


 途中ウィーレストにも立ち寄る予定だったので、ウィルゲイドに入ってから俺はフードを目深に被って交渉や買い出しなどは全てスギミヤさん達にお任せした。正直今はまだイリスや他の知り合いと顔を合わせたくなかった。


 ウィーレストからエーシアの街までの道中は連邦からの避難民が増えているからか、以前に比べて人の行き来が活発になっていた。


 連邦との国境は警備が厳重になり、入国審査も厳しくなっているという話だった。街道にも不法入国や難民が野盗化するのを防ぐため兵士の巡回が増えており、以前エーシアへ護衛任務で訪れたときより街道が安全になっているのは少し皮肉な感じがした。


 こうして俺たちは約3週間と通常より時間を掛けてエーシアの街を訪れた。




「うわぁー! とっても綺麗ですっ!! 」


 珍しくエリーゼちゃんが歳相応にはしゃいだ反応を見せる。


 久々に訪れたエーシアの街は以前と変わらない様子だった。


 エーシアからアルガイア都市連合に入るには2つのルートがある。1つがエーシア湖を船で渡り国境を越える方法、もう1つが一旦以前にも滞在したメルウォークの村を経由して、陸路で国境を越える方法である。今回はアルガイアから更にフリードアン共和国に入るため、よりフリードアン共和国の国境が近い陸路を行く予定だ。


 護衛依頼を受けていたので一旦はエーシアの街まで来たが補給を終えたら明日にはメルウォークの村に向けて出発する。


 こう慌ただしく移動しているのはここまでの道中の状況が影響していた。


 アルガイア都市連合、フリードアン共和国はともに連邦と国境が接している。つまりウィルゲイドと同じく避難民が流入している可能性が高いのだ。


 そのため国境の移動が制限されているか、今後制限される可能性がある。そのためフリードアン共和国になるべく早く入る必要性が出てきたのである。


 しかし、今はまだ昼前だ。今日くらいはゆっくりしてもいいだろう。


 俺は以前にも来ているため買い出しを引き受け、スギミヤさんとエリーゼちゃんには観光を薦めた。どちらかと言うとスギミヤさんにエリーゼちゃんのエスコートを任せた形だが。


 2人を送り出した俺は知り合いに会う可能性も考慮して、普段とは違う服装をしてフードを目深に被って買い出しに出掛けた。


 薬はほぼ使用しなかったので食料がメインの買い出しとなった。次の街までは3日程度のため通常はそれほど買う必要もないのだが、正直今はどこも戦争の影響があるため物流がどういう状況か分からない。


 それなりにしっかり買い込んだところで見えない所に移動してアイテムボックスに購入した物を入れられるだけ入れる。


 知り合いに不用意に接触するのは避けるためギルドへの報告関係は観光ついでスギミヤさん達にお願いした。


 俺は買い物ついでにアルガイア関係の情報を商人たちから聞いて回った。




「湖がキラキラしてとっても綺麗でしたしボートも楽しかったです! フェルガント大陸に来るときに海は見ましたし船にも乗りましたけど湖は全然違いますね♪ 」


 宿に戻ってきてからもエリーゼちゃんはずっとハイテンションだった。よっぽど楽しかったのか蒼い瞳をキラキラと輝かせている。さすがに歳頃の女の子の頭を撫でるのはまずいかと自重したが、思わず撫でてしまいたくなるくらいのはしゃぎっぷりだった。


 彼女はその後も見たものや食べたものをひとしきり話した後はさすがに疲れたのか電池が切れたように眠ってしまった。


 これまではスギミヤさんがギルドで依頼を受けていた。その間も彼女は宿に篭っていて気を張っていたのだろう。まだ少女と言える歳の彼女にはストレスが溜まる部分があったのかもしれない。


 明日からはまた長い旅路が始まる。


 その前の一時、心も体もリフレッシュ出来たのであれば多少遠回りでもエーシアに来て良かった、そう思った夜だった。

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