第8話 招待
危ないところを助けてもらった女の子からいきなり家に泊まらないかと誘われてしまった!
「そんなっ! そこまでしてもらう訳にはいきません! 宿をご紹介頂けるだけで充分です!! 」
流石に今日出会ったばかりの女の子の家に泊めてもらう訳にはいかない!折角のご好意だが、ここはお断りさせてもらう。
「ぜひ泊まっていってください! うちは母と二人暮しですから母も喜ぶと思いますし、何より正直に言いますと今からの時間だと、取れる宿が食事の出ない所か少し治安の悪い地域しかないんです……」
そっか、地元なんだしそりゃ実家だよな! 焦った!! しかし、母子家庭か……訳ありなのかな? あまり他人の家庭事情に踏み込むのもどうかと思うが……今日知り合ったばかりの人だし……
イリスに言われて周りを見ると、確かに既に日も暮れて夜と言ってもいい時間になっていた。
「すいません。俺が冒険者登録で時間を取ってもらったばっかりに気を遣わせてしまって……」
「いえ、私の方こそごめんなさい。街に着いた時間を考えれば先に宿にご案内すべきだったんです。どうせならこれからの滞在中の費用のこともあるでしょうから、目処が着くまで2、3日泊まって頂いても構いませんよ! 」
こちらが迷惑を掛けてしまっているのにイリスは申し訳なさそうに表情を曇らせた。
しかし、正直この申し出は非常に有難い。何せギルドで査定してみて分かったが、採集だけで路銀を稼ぐのは無理がある。
今日採集を行ったのは体感で約2時間、これで約3千円の収入だったが街から森まで行くことを考えると往復で2時間。日の出前に街を出たとして、いくら大河の森の植物は成長が早いと言われているとはいえ毎日同じ場所で採集出来るはずもないから歩き回る必要がある。街から離れればそれだけ早く採集を切り上げなければならない上、今日のようにクリーチャーに襲われる可能性もある。
今日の
仮に今の全財産を注ぎ込んで装備と野営道具を揃えて大河の森近くで採集と野営のみを繰り返したとしよう。それでもいづれは採集した物をどこかで売らないといけないし、ウィーレストで売るとしても10日後には滞在期間を越えてしまうため街に入るためには再度入場税が必要になる。
では、街に入ることを諦めて食料は狩りと採集で確保して野営だけで生活するのはどうか?
生きることは出来るかもしれないが本来の目的である勇者候補の情報を入手することが難しくなる。街道でたまに出会う人から情報収集することは可能かもしれないが、移動手段が発展していないこちらの世界で街道とはいえ頻繁に人と出会う可能性はそれほど高くないだろう。ましてや大河の森近くで野営となれば
少なくともこの短い時間に考えうる限りでは街に起点を置いて狩りと採集で路銀を稼ぎつつ情報収集をするほうが都合がいい。
もっと言えばこの街はこの世界の物流の起点の一つだから少なくともフェルガント大陸の西側の情報は手に入るし、上手くいけば東側にも回っている行商人からも情報を得られるかもしれない。
とりあえずもう少し落ち着いて考える時間は必要か……そこまで考えて俺は一旦結論を出した。
「では、イリスさん、お言葉に甘えてとりあえず本日はお宅の軒を貸して頂けますか? あと、明日お時間があればでいいのでこれからについて少し相談に乗ってもらえないでしょうか? 」
「全然構いませんよ。むしろこちらがお誘いした訳ですし! それでは折角なので何か追加で食べるものも買って帰りましょう!! 」
俺が宿泊を申し出るとイリスは物凄くいい笑顔で歩き出した。
ウィーレストには東西南北4つの門がある。
まず北門。ここはウィルゲイド王国内からの出入口になる。今日俺たちが街に入ったのもこの北門からだ。
次に西門。こちらはポセニア海洋連邦方面への出入口になる。ポセニア海洋連邦との国境までにいくつかの街や村があるため実際には王国南西部方面への出入口となっている。
次に南門。こちらはガルド帝国への出入口となっている。実際には徒歩で半日ほどのところにあるウィルゲイド王国のベルダ砦が国境になる。
最後に東門。『門』と言ったが実のところウィーレストの外壁の東に門はない。これは東に大河の森があるためだ。
大河の森は絶えず『
さて、そんな四方を外壁で囲まれたウィーレストだが実は外壁の中にあと2つ壁がある。
現在の一番外側の壁は街の住人からは『第3外壁』と呼ばれている。なぜ街に入った際に俺が内側の壁に気付かなかったかと言うと、第3外壁に比べ一段低い約8mの高さしかなかったことと他の建物がほぼ同じような高さだったためだ。
では、なぜ外壁の中に壁があるかと言えばこれは簡単な話、人口の増加に伴い外壁の外に街を拡張していったからである。
現在第1外壁と呼ばれている一番最初に作られた壁の中は主に領主と貴族、元高ランク冒険者などが屋敷を構えている。
ウィーレストの領主はベルダ砦の王国軍の指揮権も有しているため代々王国軍南部方面軍の将軍が務めている。そのため領主以外の貴族も全て軍高官であり実質軍政と言っても言いような政治体制なのだが、実際は南部方面軍将軍という役職がほぼ世襲となっているため通常の貴族領地とさほど変わらない、というのが実情だそうだ。
本来であれば領地の治安維持は領軍の管轄なのだがすぐ近くにガルド帝国との国境であるベルダ砦があり、その指揮官である南部方面軍将軍が領主であるため国境警備と合わせて国軍が治安維持も担当しているようだ。
この南部方面軍の現在の将軍はワグナリア・マスチェラーノ侯爵という人物が務めているとのこと。マスチェラーノ侯爵家は代々質実剛健を旨として5代に渡り南部方面軍将軍の職を世襲している。現侯爵夫人は現国王の王妹が降嫁したのだそうだ。
そんなマスチェラーノ侯爵家の屋敷がある第1外壁の門は毎日朝夕の決まった時間に開閉されるそうで、常に衛兵が見張りに立っており決まった人間もしくは許可を得た者以外は通れないらしい。このため街の南北を抜ける場合は第1外壁の西側の城壁に沿って抜けるルートが作られているそうだ。
次に第2外壁だがここは主に街の有力者や富裕層、高ランク冒険者が屋敷を構えるエリアになっているらしい。
メインストリートには高級宿や貴族富裕層向けの商店並んでいるそうだ。俺が街に入ったときに見た噴水はこの第2外壁の手前にあるそうで、街の中央どころかかなり北よりに位置していたことになる。
この第2外壁と第3外壁の東エリアは農業区画になっているそうで、ウィーレストの全人口の5割をカバー出来るほどの穀倉地帯になっているらしい。
しかし、実際のウィーレストの食料自給率は3割ほどだと言われている。
なぜ、外壁の内側に畑を作り尚且つ5割精算出来る食料自給率が3割しかないかと言うと、ここでもやはり『
その昔、まだウィーレストが今ほど発展しておらず国境の街でもなかった頃。その当時はまだ第1外壁しかなく街として発展途上だったそうだ。
そんなウィーレストにある日『
しかし、以前にも話したように『
そのため、街道は分断され救援が遅れた。
もちろん当時も農地はあったが、外壁の外、森とは反対の西側に作られていたそうで外では大量のクリーチャーが暴れ回り収穫など出来るはずもない。
結局王国軍が救援に訪れたのは1ヶ月以上後のことであり、備蓄の尽きたウィーレストでは大量の餓死者が出たそうだ。
その教訓から街の拡張で新しく壁を作る際には壁の中に農地を作ることにしたそうだ。そのため現在も第2外壁と第3外壁内の東側は農場区画となっており、第2外壁内の農場区画には第3外壁からしか入れないようになっている。
この農業区画で作られた小麦のうち2割は備蓄に回され、古い小麦を解放して入れ替えるという方法が取られている。そのため通常の食料供給の大部分を王国の別地域からの輸入に頼ることにはなるが、緊急時には籠城しても半年は飢えることなく全住民に食料を行き渡らせられると言われているそうだ。
しかし、いくら小麦が少ない水で育つとはいえ外壁内に川などないのに農地を作ることは可能なのか? という話になる。
これを解決したのが『フェルガント大陸の特殊な事情』と『魔道具』だ。
そもそも大河やその支流を見ても分かるようにフェルガント大陸は元々水が豊富な大陸だ。大陸北の大山脈は万年雪に覆われ、その地中で雪解け水が湧き出し大河を作り出している。
地表でもそれだけ水が豊富なので当然大陸には多くの地下水脈がある。少し深く掘削すれば水脈に当たる場所も多く、ここに魔石を使ったポンプを設置することでスプリンクラーのようなシステムを作り出した。何せウィーレストでは共同の井戸にすらこの魔道ポンプが設置されているほどである。
日に何度か生活魔法が使える程度の魔力があれば使用でき、構造が単純なため定期メンテさえ怠らなければ長期で使用出来るこの魔道具は豊富な資源の供給先であると同時に『
さて、第2外壁の外、第3外壁内は平民と一般冒険者のエリアである。メインストリート沿いには一般的な宿や冒険者向けの店舗が並び、路地を1本入ると問屋街や歓楽街がある。
北西、南東、南西エリアは平民街となるそうだ。この世界は中世くらいの文明と聞いていたので、『平民の住居』と聞くとなんとなく平屋や高くても二階建てまで家をイメージしていたが、実際のウィーレストは三階建ての建物、しかも所謂『マンション』や『アパート』というような形態の住居が多い。
もちろん貴族や富裕層は『屋敷』と呼べるような邸宅を構えているが、第3外壁内に住む平民や一般冒険者階級はほとんどがこの形態か宿屋暮らしだと言えるそうだ。
これは単純に確保可能な用地の問題らしい。新たに街を拡張しようと思えば外壁の建設は必須となる。ましてやそれまでの外壁を囲んだ上で充分な土地を確保しようと思えば、外壁の高さ以上に横幅が必要になる。
現在の外壁の数倍の面積を持つ壁を作るとなればそれだけで数十年掛かるような大工事になる上、その後に今までよりも広いエリアに住居を建てる必要もある。
時間がいくらあっても足りないが住む場所は確保しなければならない、この結果考えられた苦肉の策が『高さで建坪を確保する』という方法だった。
なんだか現代日本の都市部の話のようだが、向こうは土地が足りないのに対してこちらは時間が足りないというのが大きな違いだろうか? そういった事情により、ウィーレストには背の高い建物が多い街となった。
さて、唯一出てこなかった第3外壁内の北東エリア。ここは所謂スラムだそうだ。冒険者が多い街である以上、両親が大河の森に入ったまま行方が分からなくなったり、冒険者相手の娼婦が誰の子か分からない子を出産したりするのは避けられない現実だ。
また、怪我で活動出来なくなった冒険者や冒険者崩れのようなチンピラが一定数出てきてしまうのも仕方ない面はある。それでもこのウィーレストの街は話を聞く限り、他の一般的な街に比べるとかなりしっかりしたセーフティネットを設けているように思う。(あくまでこの世界の一般的な街に比べてだが)
まず孤児院や職業安定所にはかなりの補助金が出ている。孤児院ではある程度の教育を受けられるようになっているそうだし、壁の中とはいえかなり広い農場があるためそちらで働く人も多いそうだ。
実際かなりの人がそういったセーフティネットを利用しているため、ウィーレストより人口が少ない街と比べてスラムの規模がかなり小さいと言われているらしい。
ただ、どうしても一定数はそうした環境に馴染めず裏社会などアウトサイダーな道に入ってしまうそうだ。
しかし、ウィーレストではそういったアウトサイダーも『
もし、バレたりしたら『
イリスと夕食の追加メニューを屋台で買い物しながらウィーレストについてあれこれ教えてもらっていたら、気付けば第3外壁内北西エリア、イリスの家の前に着いていた。
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