⑰原水爆少女団vsキングスポート大連合





 ………明星の下、蒼古の姿となったキングスポートの西地区で、2匹の怪異は対峙していた。




 西地区のさらに西半分は巨大なクレーターと化しており、瓦礫の海と土煙で覆われている。


 その煙の中を、8本足のイヴ・アリアナが闊歩し前進する。


 本体の全長が7メートル、尻尾を含めると14メートルに達する触手の塊が、瓦礫も大地も踏み潰して突き進む。

 全身に備わった赤い実を煌々と輝かせ、D-3He反応の核融合エネルギーを巨躯の隅々へ行き渡らせる。



 幾つもの軌跡を紅く描き、原水爆少女団が突進する。




 町の外で迎え撃つのはウニに似た、こちらも触手の塊だ。


 半球状をした本体の長さは5メートル。その表面から生える無数のトゲも5メートル。


 羽枝と木の根と動物の内臓を無理やり絡ませたような、名状しがたい悍ましいトゲ。

 それを根本で可動させ、イヴ・アリアナへ切っ先を向ける。



 化石燃料と核分裂物質をエネルギー源にしたキングスポート大連合が、剣山のようなトゲの槍衾で前へ駆け出した。




 2匹の怪異がお互い目掛けて突進し、




 ―――――激突。



 夜気が爆散。

 裂波。

 大地が激しく震撼する。



「うぉおぉぉおぉぉぉおおおおおおお!!!」


 ピシュリケリャキ! キュシュエミミチシキャチャロキミュシジュ!!!



 異形のトゲを9本の腕が鷲掴み、サソリもどきとウニもどきが吼える。


 巨体同士の突進は雄叫びの中、大気を爆ぜさせながら拮抗する。

 否、拮抗していたのは僅かな間だけだった。


 原水爆少女団がキングスポート大連合をずるずると前へ前へ押し込んでいく。

 9本腕がトゲをがっちりと掴み、踏ん張るウニもどきの姿勢を崩そうとする。


 正面からの力比べで、イヴ・アリアナは241名の一族に押し勝っていた。



 シュリピ! シュリケリャキ!!


 異形が啼く。



 途端、9本腕の掴んでいたトゲが全てその硬さを失った。



 トゲは骨のない柔らかな肉となり、2匹のバランスを支えていた部分が消失。


 支えをなくしたイヴ・アリアナは前方へさらに押し出てキングスポート大連合に密着する。

 大連合の巨塊は密着した部分から新たに幾つものトゲを生やし、イヴ・アリアナへ突き刺す。


 トゲはヤスリのような刃の列が並ぶ羽枝と、消化粘液を垂れ流す触腕、分解と吸収を担う触糸で構成されていた。


 羽枝の刃と触腕の粘液が、アリアナの触手とキギの黒いつる草を破損させ侵食する。



 イヴ・アリアナに刺さった傷口が、刻まれ溶けて煙を上げる。



「―――なめてんじゃねええええええ!!!」


 イヴ・アリアナは一喝。


 9本の魔手でキングスポート大連合の巨体をがっちり掴む。


 トゲではなく半球状の本体へ、黒い刃の五指を深々と食い込ませた。


 赤い実が深紅に強く輝く。


「ウォォおぉおおぉおおおおおおおおッ!!!」


 吠え、たける。


 イヴ・アリアナは溢れ出るエネルギーで、ウニもどきの巨躯を空中へ持ち上げた。



 そのまま右に大きく振りかぶると、反動を使って逆の左方向へ遠心力たっぷりに振り回す。



 そして8本足を器用に捻り、全身を使ってキングスポート大連合を後方へ放り投げた。



 崩壊していない西地区に、ウニめいた異形の塊が放り付けられる。

 歪に密集するキングスポートの家々が次々に薙ぎ倒されていく。盛大に粉砕され土煙をあげる古の家屋達。


 イヴ・アリアナはキングスポートへ振り返り、9本の腕を強烈に発光させた。

 9つの鉄杭が腕から生える。

 大小様々な触手が1トンを超える鉄塊を包み、エネルギー注入。激烈に白熱させる。



「ぶっ散れ」



 そして触手でできた砲身が青白く輝きながら膨らみ―――――――発射。



 大音響が衝撃波と地響きを巻き起こす。


 30万キロジュールの砲弾が9発。

 マッハ2以上の速度。

 濛々と粉塵を上げるキングスポートへ叩き付けられ、




 ――――――翻る。何かが。




 弾き飛ばされる。9発の砲弾が。




 シュエミミチシキャチャロキリケリャキ!!!!




 甲高い怪音が轟音を引き裂く。



 超音速で直進していた砲撃は空中で薙ぎ払われ、キングスポートの外の平野、東地区、海上、巨大岸壁のあちこちに着弾。9つの激音と破壊の大輪。キノコ雲や水柱。




 ゆらり、ゆらりと西地区の瓦礫の中から何かが立ち上がる。




 触腕だ。



 ウミユリめいた、人間大の生物。それが複雑に絡み合って連結し、長大な触腕を構成している。長さはおよそ20メートル。人間の胴体や手足が所々からはみ出ている。


 それが、合計10本。


 それぞれ片端を一箇所で融合させ、10本腕のクモヒトデめいた形を取っている。

 根本には水膨れのような半球状の隆起が7つあった。


 その7つには口腔めいた裂け目があり、あの怪奇な音声はそこから発せられている。




 形態変化を果たした、キングスポート大連合である。




「……いいぜ、来いよ」


 8本足のイヴ・アリアナは全身の実を赤く燃やし、長大な10の腕を天へ立てる怪異と相見えた。


「てめえらにはうちのボビーが世話になったからなあッ!」



 ロキリケシュエミチャ! リャキミチシキャ!!!!



 クモヒトデの触腕が揺らぐ。



 触腕の先端から約四分の一ほどを、半透明の被膜が覆っていた。

 エネルギー吸収皮膜。

 30万キロジュールの運動エネルギーを容易く弾き飛ばしたのは、この先端部だった。


 そしてその先端部分が、妖しく輝き始める。白い光。角のような尖る先端部から烈光が輝く。

 鬼火めいた煌めき。



 そして不意に、イヴ・アリアナの足の一本が燃える。



「っ!?」


 オレンジの火の手を激しく噴き上げ、樹と触手で出来た脚部が炎上する。

 触手やつる草で出来た表面部分だけでなく、芯である樹木まで急激に炭化した。


 足が1本、崩れる。

 残りの7本で体を支えるが、その他の脚部も次々と炎上し始める。



 イヴ・アリアナは数瞬で巨大な炎に包まれた。



「キギ!」


 イヴの声に応え、胴体部から黒いつる草が新たに伸びる。

 剣状の先端をいくつも枝分かれさせ、炎上する8本足の表面を鎧のように覆う。


 途端、キギの黒剣の表面が白熱化。高温に曝される。が、複雑な組成と高耐久によってすぐには発火しない。

 その間に、高熱で損壊した脚部を再生し修復する。


「今のは?」

「赤外線レーザーだ。目には見えねえ電磁波で表面を焼く」

「じゃあそのエネルギーを食べちゃえば?」

「無理だ。私の吸収能力はキギのエネルギーを吸い取るのにフル稼働してる。それに」


 ずん、ずん、とイヴ・アリアナの巨体が前進する。


「あんなクソみてえな雑魚どものものなんざ、こっちから願い下げだ!」


 加速。

 歩行から走行へ。

 巨体が大地を揺るがしながらキングスポートへ突進する。



 ミチャ! ロキリ! ケシュキャエリャ!!!!



 クモヒトデもどきが啼く。



 発光する触腕の先端をくゆらせ、その光の色合いを微妙に変化させる。


 するとイヴ・アリアナの脚部を熱していた部分が、キギの黒剣装甲を無視して内部に浸透する。

 8つの脚は再び高温で熱せられ、火花を散らしながら融解と炭化を始めた。


「ぐっ!」


 姿勢を大きく崩すイヴ・アリアナ。


 プラズマジェット推進も、脚部が異常な状態であるためまともに機能しない。腹ばいのまま地面を大きく削り、前進が止まる。



 そのイヴ・アリアナの胴体が、同じように燃え出す。


 それは表面だけに留まらず、内部を均等に加熱した。


 ――――触手群の最奥部にいる、イヴとアリアナさえ。


 突然の熱波にイヴが思わず苦鳴を漏らす。


「イヴ!」

「大丈夫、大丈夫だから」


 イヴは耐えながら自分たちの周りをキギの黒剣で厚く覆う。

 が、その黒剣自体が強く熱を持ち、内部をさらにひどく高温化させた。



 ………キングスポート大連合が触腕から放ったのは、指向性を与えられた大出力マイクロウェーブだ。電子レンジと同じ原理で対象の内部を加熱する。



 出力は触腕1つにつき4万5000キロワット。

 1秒照射すれば4万5000キロジュール、重巡洋艦の主砲1発分に相当するエネルギーを与えられる。


 さらにクモヒトデもどきはアリアナのウミユリや内臓めいた触手、キギのつる草や黒剣といったそれぞれの素材に対し、適切な―――市販の電子レンジが水を温めるよう最適化されているように―――周波数のマイクロ波を照射していた。


 彼らは彼らのことを知っていた。



「アリー!」

「舐めてんじゃねえってんだよ!!」



 胴体の底面が輝く。

 腹部から高圧プラズマジェット噴流が光とともに吐き出された。

 焼けて吹き散る大地とその反動で、イヴ・アリアナの巨体が空中へ乱雑に跳ね上がる。


「おおぉぅおあああっ!」


 尻尾の付け根からもプラズマジェットを放出し、まっすぐ斜め下へ加速。キングスポート西地区で蠢くクモヒトデもどきへ襲いかかる。


 10トンの巨体が200キロニュートンの推力で空気を圧迫し吹き飛ばす。


 市街地へパワーダイブ。



 シュロキリキャ! キケシャエケシュリャリャリャリャキ!!!!



 10の大触腕が輝く。


 砲弾と化したイヴ・アリアナを不可視のマイクロウェーブが狙う。

 合計出力45万キロワットが、高速で飛来する原水爆少女団を焼こうとする。




「ぅおらああああああああああああああああああああっッ!!!!」


 しかし飛来する10トンを吹き飛ばす力より、プラズマジェット推進の直進力が勝った。


 燃える巨弾が市街地に迫る。



 リャリャリャジャエケシュリャジャ!!



 肉薄する直前で、大触腕はマイクロウェーブの放射を停止。

 先端部を覆うエネルギー吸収皮膜でイヴ・アリアナを叩き落とす構えだ。


 どれだけ運動エネルギーがあろうと、不可思議な原理で働く防御皮膜を突破することは出来ない。


「キギっ!」


 イヴが叫ぶ。


 イヴ・アリアナの胴体から無数のつる草が高速で走る。先端に黒い剣を備えたそれらは本体よりも早く大触腕へ殺到。


 10本の触腕に次々と突き刺さり、その場で縫い止めた。キングスポート大連合は剣の群れに押し止められ、大触腕を振り回せない。

 さらに黒い切っ先がクモヒトデの根元、7つの膨張物がある部分を刺し貫く。



エケシュキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャエリャ!!!!


 甲高い叫び声。膨張部の口腔が喚く。


 触腕がひときわ強く発光した。不可視のマイクロウェーブで至近距離からつる草を焼き飛ばす。



 しかしマイクロウェーブ放射でつる草に構っている隙に、サソリめいた巨塊がクモヒトデもどきのがら空きの結合部に到達した。

 マイクロウェーブを放射している先端部は吸収皮膜を作用できない。迎撃不可能。



 直撃。



 10トンの巨体が空気を圧迫し吹き飛ばす。激震。

 その衝撃と振動が西地区をさらに大きく激しく粉砕する。


 2匹の獣は組み合いもつれ合いながら街の奥へ弾き飛ぶ。

 家という家を巻き込んで破壊し、大量の土煙と破片をキングスポート全体にまき散らす。


「くたばれってんだよおらあああッ!!」


 イヴ・アリアナは吹き飛びながらクモヒトデへ取っ組み合った。


 8本足でクモヒトデの胴体にがっしり引っ付き、9本の腕が鋭利な五爪を振り回す。

 キングスポート大連合は10本の大触腕で素早く対応。輝きを帯びた先端部が複雑な軌跡を鋭く描く。骨も関節もないゆえの無制限な可動域で、その45爪を先端部の皮膜にて叩き払った。

 9本の腕を払いのけ、自由である10本目の大触腕は強烈に輝く。マイクロウェーブ。

 イヴ・アリアナの背中が焼かれる。仰け反る原水爆少女団。


 その背中から、黒いつる草の剣群がミサイルのように放たれた。高指向性マイクロウェーブを掻い潜り、皮膜に覆われていない部分へ集中して突き刺さる。大触腕が大きく痙攣。イヴ・アリアナは見逃さず、黄金の輝きを纏う尻尾の巨剣でその大触腕を叩き斬る。両断。皮膜を含む先端部が切り落とされた。




 焼かれて燃える原水爆少女団。


 刺され斬られるキングスポート大連合。



 2匹の怪異は激しい攻防を繰り広げる。


 聖夜のキングスポートで。




 キャキャキャキャキャキャキャキャキャキ!!!!



 残った9本の大触腕がこれまでで最大の猛烈さで輝き、イヴ・アリアナを取り囲む。



「らあああああああああああああああああああ!!!」



 イヴ・アリアナは9本腕を砲身状に。ありったけの力で高密度の金属塊を生成し、その砲口を大触腕へ。



 烈光と轟音。

 マイクロウェーブと鉄塊が互いに発射される。

 9つの輝線がキングスポートを駆け抜けた。


 至近距離で放たれた砲弾は大出力マイクロウェーブを浴びて白熱化して液化したものの、イヴ・アリアナから与えられた密度とエネルギーにより弾道変化を僅かなもので済ます。



 液状金属が大触腕を貫通した。大触腕の先端が抉り取られて吹き飛ばされる。



 キャキャキャキャキャキャキャキャキャキ!!!!


 悲鳴。


 と同時。

 キングスポート大連合が輝く。全身で。

 目を眩ますほどの大光量を、一瞬だけ。



ゲァユウミピャケシチピピピピシシュ!!!


 


 ――――密着したイヴ・アリアナが、爆発する。



「っ!!」


 生卵を電子レンジにかけたように、8本の足も9本の腕も破裂して千切れ飛ぶ。胴体のあちこちから触手が吹き散り、つる草が炭化した。

 長大なキングスポート大連合の肉体全てを、巨大なマイクロウェーブ発信口として放射していた。



 尻尾以外を胴体から失ったイヴ・アリアナはクモヒトデもどきへ引っ付いていることが出来ず、2匹は弾かれたように距離を取る。約400メートル。



「………」



 瓦礫だらけの街に叩き付けられ、焼け焦げてぶすぶすと煙をあげる原水爆少女団。


 所々が炭化し、腕も足もなくし、太く長い尻尾を伸ばすクジラのような姿。異臭と煙。




 ピピピシシュミピャケシチ!!


 まだ町並みが健在な区域に着地したキングスポート大連合は、中空から緑の炎をさらに喚び、失った10本の大触腕をみるみるうちに修復していく。その動きに砲撃のダメージは見当たらない。


 地べたを這うイヴ・アリアナに対し、勝ち誇ったように再び10本の大触腕を天に挙げた。





 その天拝を硬直させたのは、アリアナの傲岸不遜な笑声だった。




「――――教えてやるよ。私たちとてめえらの、格の違いを」



 深紅の輝き。



 全身に散在する赤い実が、再びその光度を跳ね上げる。

 紅光が膨張。

 あまりの光の強さに、実の周辺部位が溶けて焼け落ちた。


 エネルギージェネレーターである赤い実は光量をさらに上げる。瞬く間に実の周辺はおろかイヴ・アリアナの巨体全体がどろどろに溶ける。

 キングスポート大連合のマイクロウェーブで焼かれるそれとは別の煙が、クジラめいていた巨塊を包んだ。


 スライム状になる肉塊。

 自身の赤い光と熱に溶かされ、大量の白い煙が輪郭を覆い隠す。形状を維持できない。



 イヴ・アリアナは意図的に再生をしなかった。


 攻撃も修復もせず、ひたすらエネルギーの吸い上げに集中する。


 そうしなければ、吸収しきれないほどのエネルギー量だった。



 そして光が、鮮やかな赤から純白に変わる。


 肉の塊は光の塊へ変貌し、常人なら目を開けていられないほどの光量を放出する。先ほどのキングスポート大連合のマイクロウェーブ大放射さえ凌ぐ光で。




 ―――白く白く輝くイヴ・アリアナ。



 そこから溢れ出てるのは、高エネルギーの中性子ビームだ。




 鉛でさえ遮断不可能な高速の中性子線。

 それが周囲のあらゆるものを放射化する。




 夜が昼に変わったような。


 まるで恒星の一部が何かの手違いで、キングスポートに現れたような。


 それほどの輝きとエネルギー。




 腕も足も失った肉の塊は激しい光を撒き散らし、その大出力にクモヒトデがたじろぐ。

 彼らは気付いていた。

 溢れ出る中性子ビームはアリアナが吸収しきれなかったものであり、そしてその線量がどんどんと弱まっているのを。



 あの放射線の熱量を、アリアナは食い切ることに成功したのだということを。




 ………烈光と放射線量が、ほどなくして収束する。




 輝きの中から現れたのは、ケンタウロスめいた一匹の獣だった。




 サソリめいて体の横から伸ばしていた足を、直立歩行させている。8本の足は太さを2倍にし4本に減少。


 9本の腕も消失して人間の上半身が背面から伸び、左右から3本ずつ腕を生やしている。腕の先端は掌や爪ではなく、黒いロングソード状になっていた。


 巨大な黒剣を備えた尻尾だけは変態前と変わらず、黄金の光を帯びてその存在を誇示している。



 そしてその新形態に、頭はない。


 首なしだ。



 その代わり背中側、うなじに当たる部分から、2本の黒い角が大きく伸びていた。



 東洋の百目鬼どどめきを思わせる白い輝きの実を全身に備え、力と光と熱があらゆる触手に与えられる。

 肉体を構成する触手の密度は以前より遙かに高くなり、強靱かつ複雑な組成で出来ていた。体高は約7メートル。黒い装甲を重装騎兵のように纏っている。




 イヴ・アリアナの新形態。




「ぁァあぁアぁァァ………」


 甲冑の隙間から、低い声と光熱が漏れ出る。


 吸収しきれないエネルギーを調整するため、余熱として放出、放電。熱波と火花が空間を奔る。

 輝く衝撃波。迸る。


 夜の大気がショックウェーブとなって、400メートル先のキングスポート大連合に襲いかかった。



 ウシュミミミミミシュミミミミミミミミミミミシュ!!!!



 悲鳴。

 彼らの周囲にあった残骸は放熱の余波だけで吹き飛ばされ、クモヒトデもどきも流されないよう地面に張り付き耐える。見えない手に薙ぎ払われたように、キングスポートの町並みが空中へ放り上げられた。



 首なしケンタウロスが白く強く煌めく。



 甲冑表面の空気はプラズマ化して電光を輝かせ、励起した地面が溶融しガラス化する。

 夜闇を粉砕する閃耀の巨体。


 そのエネルギーの高まりは、先の形態時のイヴ・アリアナも、241名の19億キロジュールもあっという間に置き去りにする。





 ――――アリアナとキギの核融合が進化していた。





 ****




 D-3He反応の核融合でヘリウム4と陽子が生まれ、アリアナに吸収される。


 アリアナはそのヘリウム4と陽子をキギに返し、キギは魔光によってヘリウム4を変質化。4重水素が生まれる。


 水素の同位体である4重水素は不安定なので一瞬で崩壊。三重水素と中性子へ。


 そうして出来た中性子はD-3He反応で生まれた陽子と融合し、重水素になる。



 その三重水素と重水素を同じように核融合させる。D-T反応。

 発生するエネルギーは17.6メガ電子ボルト。

 重水素を作ったときのエネルギーと合わせると、19メガ電子ボルトに達する。



 さらにD-T反応はヘリウム4と中性子を生むが、その中性子に、アリアナが予め用意していた陽子――水を分解して得たものだ――を与えてやはり重水素を作らせる。


 ヘリウム4の方は魔光で変質させ、三重水素と中性子を生成する。


 そして出来た重水素と三重水素で再びD-T反応を起こし、エネルギーが発生。


 あとはヘリウム4と中性子が生まれるたびに、水素と魔光を与えてD-T反応を繰り返させる。




 ――――総合的に言えば、アリアナとキギは重水素+ヘリウム3+水素を燃料に、1gにつき9億キロジュール、核分裂の十数倍以上のエネルギーを生み出していた。






 ****





 ミチャ! ロキリ! ケシュキャエリャ!!!!


 10本の大触腕が先端部を輝かせる。

 放たれる大出力マイクロウェーブ。

 45万キロワットの電磁波は大気を貫き首なしケンタウロスに直撃した。


 が、原水爆少女団は動じない。


 鎧の表面から放たれるプラズマの電磁波がマイクロウェーブの強度を不安定にし、かつ高密度化した装甲は電磁波を反射し散乱させる。内部へ効率的に浸透せず、表面の温度上昇も甲冑の耐久度を超えることは出来ない。



 放電する甲冑が、光に燃える。



 再びの放熱。


 イヴ・アリアナの6本の剣が高速で振動する。

 輪郭が霞むと同時に白い激光を放射し、刀身そのものへ取って代わる。光の剣。



 その切っ先をキングスポート大連合へ向ける。




「割れろ」




 烈光の剣の先端が、爆裂した。


 ほぼ同時。



 ――――クモヒトデの大触腕が大爆発。光とともに。6本を。



 キャロロロロキャキャロロロロロロロロロロ!!!



 怪奇な悲鳴は爆音に飲まれ、衝撃波から遅れて轟く。

 クモヒトデの踏みしめていた大地が極太の柱となって空に噴出し、地盤がまるごとひっくり返る。


 土砂の雨、いつまでも響く重低音、巨大なクレーターの中心で、キングスポート大連合は6の大触腕を根元から喪失した。

 大量の瓦礫と土砂のスコールを浴びて啼き喚く。




 ………イヴ・アリアナは剣の一部、僅か56ミリグラムしかないそれを弾体にして放った。合計6発。


 弾体は光速の1%という途方もない速度で加速され、クモヒトデが生やす大触腕の根元に命中する。


 19億キロジュールで機能するキングスポート大連合の反応速度を超えた弾速。

 弾体は迎撃を受けず大触腕を破壊、そのまま大地へ爆裂した。

 6発全てのエネルギーは420万キロジュール。TNT爆薬1トン分に相当する砲撃を受け、キングスポート大連合がのたうち回る。



「もげろ」




 6の剣が黄金に輝く。


 周囲の空気が変異。窒素を炭素にし、ガンマ線が冬の風を焦がした。




 剣から黄金色の奔流が迸る。全部で6条。




 魔なる星光の粒子ビームだ。核融合用に調整されたものと異なり、触れた物質を一瞬で別物質に変異させる高濃度高出力の荷電粒子砲。


 大気中の窒素と酸素の陽子を中性子にして陽電子をばら撒きながら、6本のビームが東へ伸びる。



 ロキリ! ミチャ!!!



 キングスポート大連合は残った4本の大触腕からマイクロウェーブを放って抗う。先端が強く輝く。

 が、エネルギー量が違いすぎた。マイクロウェーブは荷電粒子に接触して弾かれ、魔光粒子にはほとんど弾道変化をもたらさない。


 6つの光の白刃がクモヒトデを切り裂く。


 4本の大触腕は先端や根元、真ん中といったあらゆる場所から両断され、7つの膨張部がある中央部分も一部が抉り取られる。


 水平方向に放たれた荷電粒子は勢いを弱めず、キングスポートの東地区を横断。そのまま大西洋へ突き刺さった。夜の海で水蒸気爆発が巻き起こり、爆音と衝撃波が聖夜の港町を襲う。



「遊びは終わりだ」



 イヴ・アリアナのうなじにある2本の大角が、異音を立てて変形する。円錐形へ。


 円錐の底面を後方に向け、内部が空洞になる。


 エンジンノズルに酷似した形状。


 内部には白く輝く実がびっしり生えている。


 ノズルの底は黒い甲冑と同じ素材で十重二十重と層を作り、非常に分厚く頑丈に出来ていた。



 ノズル内の白い実が、輝きを増す。


 6本の光の剣を前方へ。


 前傾姿勢を取り、




 点火。




 角のノズルから白光の巨柱が放たれた。


 巨神族の武器を思わせる極太の光が真横に突き立つ。夜の闇ごと西地区を焼き尽くし、圧倒的な爆発力で15トンのイヴ・アリアナを蹴り飛ばす。

 400メートル先まで0.55秒で到達。速度はマッハ4.3。運動エネルギーは1600万キロジュール。


 ――――核の爆発そのもので推進する、核融合パルスエンジンだ。



 その推進力は約40メガニュートン。NASAが開発中の、人類初の月面探査用にして世界最大のロケットC-5ロケット(34メガニュートン)すら凌駕していた。


 大触腕を失ったクモヒトデは残った胴体からマイクロウェーブを放って対抗しようとするが、エネルギーが違いすぎた。

 キングスポート大連合に、原水爆少女団が突き刺さる。


 裂き破れる大地。

 空間を割る衝撃波。


 西地区の全てが根こそぎ吹き飛び、巨大なキノコ雲へ変貌する。

 その爆風は西地区はおろか元セントラルヒルの川を越え、キングスポート全体を駆け大西洋へ抜けた。地震のように大地が揺れ、海面は衝撃で白く塗り潰される。




 キミチャ………ロケシュ……リャエ……





 うめき声。


 黒い爆心地の中心、冗談のように大きなクレーターで、千切れかけたクモヒトデもどきが震える。


 7つの口めいた裂け目は膨張部ごと潰され、どこから声を出しているのか分からない。


  結合していたウミユリのようなものたちは千々にほつれ、バラバラになる寸前でなんとか形状を保っていた。

 19億キロジュールのエネルギーで衝撃に耐え、また再結合を試みようと起き上がりかける。


 が、




「這いつくばれ、私達に」




 そのぼろぼろの躰を、4つの足が踏み潰す。



  白いプラズマがウミユリもどきを灼く。

 甲冑は振動し励起した。エネルギーの高鳴る音がどんどん強くなる。



「格が違ぇんだって、言ったよなあ?」



 イヴ・アリアナの全身はなおも白い発光をやめない。それどころかますます強くなり、キングスポートを白い光で占領した。魔眼めいた白い実の生み出す激光で、黒い甲冑の輪郭が潰され消える。

 甲冑の振動音は最高潮を迎え、鎧が光になった。




 空気が励起。

 地面も建造物も。

 何もかも。



「―――――じゃあね、みんな」




 光が、割れる。



 迸った。



 白い火球が一瞬で膨張する。莫大な閃光。昼間よりも明るい。



 プラズマは数百万度の火の玉となり、衝撃波とともに全方向へ亜音速で拡大する。

 膨大な光は可視光だけでなく不可視の赤外線や紫外線その他様々な電磁波も大量に撒き散らした。高エネルギー電磁波は周囲にある諸々の物体を励起させ、業火のような熱量となってあらゆるものを焼き払う。




 ミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミミ!!!!!!




 放たれるのは熱と光、爆風と衝撃波。418億キロジュール。

 クモヒトデの絶叫はおろか、キングスポートの全てをそれらが呑み込む。


 家という家は砕かれ、道という道は焼けて溶け、煙突も風見も尖塔も灰燼に帰す。



 轟音はいつまでも鳴り響き、煌々と灯るオレンジの光熱が、夜の世界をはっきり浮かび上がらせた。




 破壊。


 破壊。


 破壊。



 何もかもを破壊する。




 キングスポートを呑み込んだ炎球は大気を丸ごと吹き飛ばし、真空化。

 極端に密度が薄くなった空間へ、大気が逆流し強風による上昇気流を生んだ。



 神話の世界から現れたような、先の突進で出来たそれとは比べ物にならないほど巨大なキノコ雲が、キングスポートの夜天に突き立つ。






 ―――――核出力で言えば10キロトン。






 原水爆少女団は広島型原子爆弾リトルボーイの75%の力で、蒼古のキングスポートを壊滅させた。






 ………それを、空に君臨するあの明星が見ていた。






 覗き見る何者かのように。




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