⑯原水爆少女団




 ****






 ………彼女らのエネルギーの源は、あの荒涼とした世界の光と土だった。




 キギの世界。


 水も生命もない岩盤だらけの地平を、大樹は根とつる草で完全に覆い尽くし、侵食していた。

 土も岩も砕いて吸い上げ、その成分を吸収する。


 巨樹はエンパイアステートビルに匹敵するほどに生長し、バスよりも巨大な葉を無数に茂らせていた。

 巨大な葉は天空からもたらされる唯一の星光を、余すことなく受け止める。




 巨樹のあちこちで、赤い実が尋常ならざる光度で輝き始めた。





 ****







 つる草と触手、触腕と枝木、4種類がそれぞれ奇異な形で絡み合った名状しがたい塊が、どんどん膨れ上がっていく。



 黒々とした、フットボール状の長球楕円体。



 その長さはついに7メートルにも達し、かつてセントローレンス川でイヴが見たミンククジラと同等の大きさにまで膨張する。


 その黒い楕円体のあちこちで、赤い烈光が煌々と燃える。


 眩い赤紅がもたらす圧倒的なエネルギーに、19億キロジュールを抱く一族が歯を鳴らす。



 黒い楕円体から、触腕が生える。



 樹木が芯となり、羽枝の触手が筋肉、つる草が腱や皮膚となる複合構造の触腕――――脚だった。


 それが楕円体の横腹から4対、合計8本伸びる。



 蜘蛛のように。



 楕円体の赤い光が一層輝く。




「―――――吹っ飛べ」




 アリアナの嘲笑。


 膨張する8本の脚部。



 次の瞬間。



 楕円体が掻き消える。


 高速の突進。



「!!」



 漆黒の砲弾が241名の一族へ襲いかかる。


 一族は咄嗟に反応。1人平均780万キロジュールは彼らに俊敏さと高性能の反射神経をもたらしていた。



 しかしそれでも何名かが巻き込まれる。



 うち3人の巻き込まれた肉体が卵のように容易く破砕され、他の2人はひしゃげて引き千切られ、肉片が闇夜の中に撒き散らされる。


 イヴ・アリアナの突進が窪地の西側を激しく穿つ。土砂が柱となって吹き上がり、激震がキングスポート全体を揺さぶった。



「はははははははははっ! あはははははははは!!」



 アリアナの悪鬼めいた高笑いが闇の中で木霊する。


 数多の赤光を煌めかせる黒い蜘蛛が土煙を纏いながら、窪地の西の端から一族を睥睨していた。



 紅の眼を全身に備えたような、脅威の姿。



「くそったれが!」

「どうすんだ! 無視して川を渡っちまうか!?」


 突進と土砂から逃れた一族の者たちは、怒号と混乱に包まれる。


「ダメだ! あのクソ女どもが何したのか分からねえが、あいつらなにかとんでもないのをエネルギー源にしてやがる! いずれ熱量を追い抜かれるぞ!」

「じゃどうすんだよ!?」

「………今やるしかねえッ、エネルギーの総量がいくら多くても、吸収しきるまでにゃ時間がかかる」

「今か」

「今だ、殺す、あいつらを」


 殺気と敵意と畏怖が、一族の者たちに伝播していく。


 目指すべきものは目の前にある。

 が、それを渡ろうとする彼らの背後に、灼熱のような脅威が迫っているのだ。


 悲願を達成するには、戦うしかない。



「殺す!? 殺すつったのか!? てめぇらなんぞが!? 私と私達を!?」



 そんな彼らの決意を、哄笑が嘲る。



「さっきわざわざ教えてやったよなあッ! 重水6トンから重水素1.2トンを抜き取ったってよお!」



 蜘蛛の尾部が、どんどん伸びていく。


 尻尾だ。


 黒剣の背びれをいくつも連ならせ、その先端はグレートソードの如き巨大で鋭利な突起を備えている。

 数種類の触手が絡み合ってできたその尾部は、長く長く生長し、イヴ・アリアナの全長を2倍にする。


 尻尾のあちこちにも、赤い輝きが脈打っている。



「全員合わせて20億も行ってねえ雑魚どもが、私らを殺すだぁ?」



 尻尾の先端が強く光り出す。激しい黄色の輝き。


 夜の空気から異臭が溢れる。大気は歪む。剣の光に触れただけで。



 一族らの毛が戦慄に逆立つ。



 鮮黄色に輝く巨剣が、ゆっくり振り上げられた。




「――――ぶった斬れろ」




 黄金の一閃。



「!!」



 一族が跳び上がる。



 袈裟斬りに振り下ろされたミモザ色の斬撃は、彼らのいた窪地を容赦なく斬り裂いた。


 黒い川辺へ平行に刻まれる黄色の裂傷。


斬撃に巻き込まれた大気や地面は、黄金の光に含まれる粒子により変異を起こす。ベータ崩壊。空気も土も別の物質へ変わった。

 さらに多数の陽電子が撒き散らされ、電子と対消滅を起こしガンマ線を放射。



 川岸が爆発する。



 熱線と衝撃波で身体を焼かれた8名が地面でのたうち回り、金色の斬撃に引き裂かれた4名は血反吐と絶叫をあげ、絶命した。


 阿鼻叫喚が窪地の中で錯綜する。



 名代だけ微動だにしない。



 無事な一族は窪地の西の端まで一気に飛び上がり、市街地でイヴ・アリアナへ身構える。



「あはははははははははははははははははッ!!」


 哄笑する蜘蛛もどき。


 蜘蛛はハサミのないサソリめいた姿に変化し、体のあちこちに灯る深紅が不気味に明滅する。



 元セントラルヒルの窪地は土煙を濛々と上げていた。


 そこから土煙を突き破り、まっすぐ天へ走る緑の炎。


 緑色をした炎の柱が何本も夜空に刺さり。


 輝く明星の手前で散って消えた。




 その明星と緑炎の光が、8本足の異形を照らしていた。




「なんだよ、あの黄色い光は……」

「ダメだ、広いとこじゃあの尻尾の餌食にされちまう!」

「市街地だッ、身を隠して距離をとれ!」



 224名の一族は、キングスポートの西地区へ散開。


 触手の塊がせせら笑う。


「おいこら逃げんじゃねえよ」



 8本の脚部が赤色に発光。先端部がひときわ強く輝く。



 脚部の先端、足裏に当たる部分から轟音と火花が飛び散る。

 蜘蛛もどきの踏み締める地面が一気に明るくなり、盛大な放熱で土煙が疾駆。



「私に追っかけられてえみてえだなぁ!」



 そしてジェットエンジンめいた強烈な排気音を出し、蹴り上げられたように巨大が飛翔。


 ロケットのように急上昇した。


 8本の足の先から放電と発光を繰り返し、放出される高速ジェットを微細に調整して西地区の上空に飛来する。



 空気を莫大なエネルギーでプラズマ化させ、膨張したそれを排出することで推進力とするプラズマジェット推進だ。



 尻尾を含めて14メートルの巨体が、切妻屋根の家々を見下す。



「浮いてる……飛んでやがるぞ」

「撃ち落せ! 下からなら尻尾の攻撃も来ない!」



 一族らは屋根や棟木、煙突を羽枝の触手で砕き、包み、その破片へエネルギーを注入する。


 励起して輝き始める金属やレンガが、上空へ向けて弾き飛ばされる。6300キロジュールという戦車砲並みの運動エネルギー。


 輝線が屋根から空へ奔る。


 プラズマ光を眩く放出するイヴ・アリアナの底面へ、何百発と砲弾が叩き込まれた。


 砲弾は触手の塊に突き刺さったが、内部で何層にも重なる黒剣に弾かれ、イヴとアリアナ本体に届かない。


 かつて原子力発電所でライフル銃を弾いたキギの黒剣は、今や戦車砲さえ防御可能だった。


「鬱陶しいんだよッ!!」


 吠える。


 市街地から無数の砲撃が繰り返される中、イヴ・アリアナの底面から黒いつる草と羽枝の触手が何本も生えていく。


 2種のそれらは絡み合って融合し、先端から5本の剣を鋭く伸ばす。爪のように。

 五指を備えた数多の腕だ。

 8本の脚よりひと回り細いが、その分かなり長い。



 その爪が黄金色に輝き、腕たちは虚空を突き進む。



 金色の軌跡を5本ずつ描きながら、数え切れない腕が砲弾の中を掻い潜って家々へ到達。

 一族のもとへ。

 金色をした無数の裂傷が夜の空間に刻まれた。


 砲撃をしていた一族のうち、イヴ・アリアナの変化を見てすぐさま飛び退き距離を取れた者は無傷で済んだ。


 しかし砲撃を続け反応が遅れた者達は、そうはいかなかった。


「ひぎ――――」


 黄金に輝く爪は彼らの触手の防御ごと肉体を容易く貫通。

 体の構成元素を別の元素へ変換する。


 特に人体の6割を占める酸素は窒素へと姿を変え、水を構成する水素も中性子へ変異した。他の元素も同様。


 物質特性は意味をなくし、肉体が崩壊する。



 東洋の千手観音めいた無数の腕が、捕食するクリオネのように一族を捕らえ、穿ち、抉り、引き裂く。



 勢い余った捕食の腕は屋根を貫き、清教徒革命以前の王朝風建築物を紙のように破砕した。


 黄色い閃耀と爆発。


 木材やレンガ、漆喰の破片が轟音とともに西の町に降り注ぐ。



 破壊の煙をプラズマジェットで切り裂きながら、イヴ・アリアナは家々の屋根へ降着した。



 そんな彼女らに向け、距離を広げたまま砲撃を続ける一族達。


 ケキャケキャと黒爪が鳴る。嘲笑のように。



 底面から生えていた腕らは背中側に移動し、幾本ごとに絡み合い、合計9本の巨腕を構築する。



 その巨腕の掌から光を帯びながら伸びるのは、全長6メートルを超す鉄杭だ。

 アリアナがセントローレンス湾で作ったのと同じタイプ。

 あの時と異なり、鉄杭の生成速度は1秒にも満たない。


 その9つの鉄杭を、掌から伸びる触手が包み込む。



 鉄杭が急激に励起。白熱化。闇夜を嬲って潰すほど眩く輝く。




 先端を一族らへ。




「死ね」




 ―――――発射。




 爆音に轟音を重ね合わせた激震が、大気も地面も震撼させた。

 その激甚な発射音が届くより先に、砲弾と化した鉄杭が一族らのいる区画を直撃。


 音速の2倍以上の運動エネルギーを開放した砲撃は、衝撃波であらゆるものを薙ぎ払う。


 1発あたり約30万キロジュール。戦艦の主砲に匹敵した。それを9発。

 古めかしい屋敷も尖塔も何もかもを、冗談のように巨大な噴煙がキングスポートから消し飛ばす。



 西地区の半分が消滅した。



 港町が地震のように烈しく揺れる。

 轟々と低い唸りが大気をいつまでも震わしていた。




「ははははははははははははははははははははははははッ!!!」




 8つの脚、9本の腕、1本の尻尾を持つ異形が、圧倒的な破壊音と震撼する空気を貫いて高らかに笑声をあげる。




 全身に分散されたエネルギージェネレーターたる赤い実はなお煌々と燃えて輝き、異形の陰影を強く濃く浮かび上がらせる。







 明星の下で。







 ****






 ……その星光は、あるマイナス電荷の粒子を含んでいた。


 セントローレンス湾でロバートを穿ち、大量のガンマ線と炭素14を撒き散らした、あの魔光である。




 魔光の粒子は葉に吸収され、内部に運ばれる。巨樹の内部には、アリアナからもたらされた重水素があった。




 その重水素と、魔光の粒子が反応する。




 重水素の原子核の周囲を、その粒子が周回した。電子の軌道半径よりも遙かに小さな軌道で。

 マイナスの電荷を持つ魔光の粒子によって、原子核のプラスの電荷が打ち消された。



 魔光の粒子により電気的中性となった原子核は、巨樹の赤い実へ運ばれる。



 赤い実には岩盤を擂り潰して得た成分が、根を通して運ばれていた。

 その岩盤に含まれる成分、つまりヘリウム3が、電気的中性となった重水素と出会う。



 赤い実の中で2つの元素が反応。



 プラス同士の原子核は本来なら電気的反発力のせいで接近できない。

 が、中性粒子となった重水素はその束縛を無視。




 重水素とヘリウム3は核力により容易く一体化した。




 一体化した原子核は新たな元素へ姿を変える。

 リチウム5へ。

 その不安定な同位体リチウム5は一瞬で崩壊し、ヘリウム4と陽子に分裂する。



 ………このヘリウム4と陽子の合計質量は、融合前の重水素とヘリウム3より少ない。



 別元素への変異に伴い質量が失われ、18メガ電子ボルトのエネルギーへ変換される。それをヘリウム4と陽子が受け取り、高速で外部に放射。




 こうして、重水素とヘリウム3を燃料にして生成した最終的なエネルギー量は、1gあたりウラン235(核分裂)の5倍という膨大な値。





 これがD-3He反応。











 すなわち――――――――――――核融合かくゆうごうである。














 ****






「くそ、くそっ!」


 キングスポートの西の端、そのさらに外の郊外にまで、一族の半分は命からがら逃げ延びていた。



 戦艦の一斉射撃に等しい火力により、一族の者達のうち半分が犠牲になった。

 肉体は欠片も残らない。


 生き残った一族の数は100人あまりにすぎなかった。



「駄目だっ、クインシーの連中もハードウィックのとこも、みんな死んだ!」

「スプリングフィールドのもだ!」

「畜生! はめられた! キングスポートの連中に!」


 恐怖と憤怒が、キングスポートの一家へ向けられる。


「ち、ちげえよ! 最初から最後まで全部あの女の陰謀だ! 俺達はあいつに脅されてた!」

「じゃなんでてめえらだけ都合よく誰も死んでねえんだ!? あぁっ!?」


 イヴの一家は父親含めて全員生き残っていた。


 彼らはイヴのことをまるで信じておらず、またイヴが兄を惨殺する力があることを知っていたため、イヴ・アリアナへ挑む大連合の最も後方に陣取っていた。

 そのため原水爆少女団の猛攻に対して、ほとんど逃げの一手を打っていた。


 そのことも、他の一家から不信と怒りを買う要因となる。


「俺達をあのイカレ女どもに殺させて、その後てめえらだけで天の国に行くつもりなんだろ!?」

「なわけねえだろ! だったらなんで俺達が今ここにいるんだよ! そもそもこグルならこの話を持ちかける意味がねえ!」

「じゃまだ何か隠してるやがるんだ! 俺達をハメる何かを!」


 道のない野原が広がるキングスポートの外で、一族たちは睨み合った。





「あははははははははッ!! だっせえぇなあオイ!!」




 哄笑が大音量でがなる。


 一族らははっとなって東の方向へ振り向く。



 もくもくと立ち上る煙の向こう、強烈な赤い輝点が何個も魔眼のように耀かがよう。



「理解してんのか? てめえらのとこからじゃ、私達をどうにかしねえと川には行けねえんだぜ?」


 8本足の異形が9本の腕をくねらせ、らせせら笑う。


「おい聞いてんのか? に言ってんだぜ?」


 アリアナの声が、一段低くなる。



「そいつらはもう私達に勝てねえ。天の国に行くのは私達だけで、そいつらはこの国の人間どもに皆殺しにされる。そうなりゃ、もうてめえらが取り憑ける人間なんてこの世にいねえ」


 声音が変わる。



 強い敵意と憎悪。



 そして、侮嘲ぶちよう



「………やめろ」


 一族らが震える。


 アリアナが誰に対して何を言ってるのか、理解したからだ。



 アリアナは構わず言う。


「ここで私達に勝たなきゃ、てめえらは永遠に天の国へ行けねえ」

「やめろっ!」



 がくがくと震え出す一族。痙攣に似た不安定な動き。


 手も足も胴体も、法則性なく踊り始めた。



 イヴ・アリアナの、深紅の複眼が燃える。



「もう一度言うぞ?


「やめろやめろっ!」



 絶叫。




「やぁぁめえぇぇぇぇろぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおおおおおおぉぉぉっッッ!!!!」




 重なる悲鳴。


 彼らの顔に黒い血管が浮かぶ。

 顔の全てを黒く塗り潰し、首から下の全身へ一気に侵食する。


 彼らの顔面が黒く波打つ。


 そして。




 ――――――噴出。




 内臓めいた触腕と羽枝の触手が大量に、火山のように噴き出る。


 100名余りの一族全員から。


 噴出した触手の濁流は空中に伸び上がり、集結する。


 100本以上のそれらはイヴ・アリアナと同様、巨大な触手の塊となった。

 原水爆少女団が彼女ら2人の肉体を中心として触手の集合体を作ったのに対し、一族たちの肉体は塊の中で無造作に混じっている、触手群の付属物でしかなかった。


 おぞましく無数の触手を蠢かせ、合間から人間の手足を覗かせながら、地上に落下。


 大きく重い着地音。



 キングスポートの一族は、ウニのように無数のトゲを生やす。


 トゲは2種類の触手と触腕の混合体だ。粘液と羽枝を備えている。



 不意に、上空の虚空から緑色の炎が降ってきた。


 炎の数は100以上。イヴ・アリアナが先に皆殺しにした一族の数と合致した。



 19億キロジュールがウニめいた巨塊に復活する。





 ピミュシュケシ! チャギシチャエラシュエラシュエラシシュシリゥチャ!!





 おどろどろしい奇音で鳴くウニもどき。キングスポート大連合。





「はははははははははっ! あはははははははははははははははっ!ッ!!!」





 赤く燃え滾る8足9腕のイヴ・アリアナ。原水爆少女団。








 2匹の異形が、キングスポートで対峙する。





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