外伝1-3 なんとかと紙一重

 んふふふ。今日は久しぶりに時間ができた。まったくワシのような天才に事務仕事をさせるとは、国王も分かっておらん。新たな魔法の発見をすることこそ、この国に真に役に立つことだとなぜ分からんのか? それにあの賢人会議。ワシ以外のアホどもと話をするなど時間の無駄だ。


 今日は何をするかのう。開発途中だった鋼の犬はあのゼークトに一刀両断されてしまったしな。本物の犬と同じように作ったら、まさか厨房に入り込んでハムやらソーセージやらを漁りだしてしまって大騒ぎになってしもうた。なにも切り捨てんでも良かろうに。無粋な奴じゃ。


 生きている人間に死霊術をかけるのは禁止されてしまったからのう。死体は放っておけば腐るし臭うから、生身の人間を自由に操れるようにした方が便利だと思っただけなんじゃがな。ワシが出かけるとすぐに連れ戻しにくる奴らから逃れるのに使うつもりだったが、禁止されてしまっては仕方ない。


 まったくゼークトという男に簡単な魔法は効かんのは厄介じゃ。お陰で色々とつまらん約束をさせられてしまう。まあ、代わりにこの最高に美味い桃のパイが食えるわけじゃがな。テーブルの上から摘み上げて頬張る。ほんのりとした香りと濃厚な甘さがたまらんのう。まるで花が咲きつつある少女のようなフレッシュさじゃな。


 おう。それで思い出した。あのティアナという娘。あの僅かな魔力を練り上げて、あのような魔力付与を行うとはかなり特殊な能力ではあった。しかも、その効果たるや神々の業である治癒魔法にも及ぶのじゃからな。ワシでも神官の使う癒しの術はよく分からんというに末恐ろしい。


 折角ワシが指導してやろうというのに断りおってからに。やっぱり初対面で胸を見せろと言うたがまずかったか。魔法学院の生徒達には軽くいなされて終わりだから問題ないかと思うたが、一般人には厳しいジョークであったかもしらん。まあ、ちょびっとは期待しなくもなかったが。


 その後見かけた時も邪魔されてしまったし、あのハリスとかいう男の世話をするから修行をしないとはもったいない。しかし、本人が居らんのではどうしようもないしな。エレオーラ殿の新居に滞在しているという話だったがいつの間にかいなくなってしまったし。


 仕方がない。今後の研究の参考にするために最高神祇官のところにでも遊びに行くか。治癒魔法の作用機序の説明でもしてもらうとしよう。それに、あの御仁も神の恩寵かワシの魔法を無効化しよるからな。ワシが本気を出して放った攻撃魔法を防がせてみても面白いかもしらん。


 魔法学院を出て歩き始めたがすぐに日差しの強さが嫌になる。杖を地面と水平に構えて呪文を唱えた。その時見つめていた場所に引っ張られるように移動する。耳元で風が鳴った。数回繰り返し、神殿に到着する。もう一度呪文を唱えて、バルコニーに立った。


 中を覗くと最高神祇官が若い女と話をしていた。女は光り輝くような恍惚とした表情を浮かべて話しかけている。ほほう。ワシのことをエロジジイ呼ばわりするくせに、このように日の高いうちから、このような密会をしておるとはな。これはいいところに来合わせた。


 両開きのガラス戸に杖で触れる。簡単な鍵しかかかっていない扉は自然と外側に開いた。中に入って両手の人差し指を突きつけてやる。

「うはは。見たぞ。最高神祇官ともあろうものが、こんなところで密会とは。どんな気持ちだ?」


 最高神祇官の奴は俺に冷ややかな視線を向けると、ワシに向かって身構える女を制止した。

「エイリアよ。気持ちは分かるが抑えよ。一応は名高い魔術師だ。マルホンドよ。何をしに来た?」


「暇つぶしに茶でも馳走になろうと思ってな。ついでに治癒魔法の秘密でも習おうかと思っての」

「普通は人を訪れるときはそんな場所から入って来るものではないが」

「まあ、そんなことはどうでも良い。それより、こんな場所で二人きりで何をしようとしていた? 乳繰り合うつもりでも……」


「失礼な! 最高神祇官様に向かってなんということを」

 エイリアと呼ばれた若い女が叫び、気合を発する。ワシは杖を目の前にかざした。びりびりとした振動が腕に伝わる。

「ほう。ショックとかいう神聖魔法か。なかなかの威力じゃな」


「そんな。私の技が防がれるとは……」

 エイリアは驚いた表情をする。

「いやいや。ワシの手が痺れたぞ。ではワシの番じゃな」

 詠唱を始めるワシに近づいてきた最高神祇官が手を広げて立ちはだかる。


「いい加減にしろ。マルホンド」

「むう。先に仕掛けてきたはそちらではないか。こちらも1回ぐらい」

「お前が私を侮辱するような言葉を言うからだ。自分の所属する組織の長をなじられたと感じたら、あのような行動をしても仕方あるまい」


 ワシは首を傾げる。

「ワシが馬鹿にされても魔法学院の奴らは誰も怒らんぞ」

「……組織によってそれぞれだな。お前は勘違いしたようだが、エイリアは自らの道を見つけたのでしばらく旅に出たいと許可を求めに来ただけだ」


「また適当なことを言うのう。ワシにも分かるほど、そこの女子は顔が輝いておった。あれはまさに恋した乙女にしか見られぬもの」

 最高神祇官が心底驚いた顔をする。

「お前にそのような心の機微が分かるのか?」


「ワシを誰だと思っておる。千年に一度の逸材と言われた男だぞ。それにそんなに分かりやすい表情をしていて気づかぬのは阿呆だけだ」

「だが誤解だ。エイリアはエピオーン様に祈り神託を受けた。その相手を探す旅に出る話は本当だ。まあ、お前には関係ない話だな」


「ふむ。探すというからには居場所が分からぬのだろう。ワシは探す相手のいる方向と距離を示す黄金の風見鶏という品を持って居るが。そうかそうか。ワシに関係ない話であったか」

 エイリアは態度を豹変させる。


「ハリス様の場所が分かるというの? 教えて頂けませんか? お願いします」

 エイリアの全身から光芒があふれていた。懇願されるとワシも弱い。

「まあ、しかしなあ」

「マルホンドよ。先日、神殿の壁を焦がした件は忘れてやる。黄金の風見鶏を使わせてやってくれ。旅が短ければ私も助かる」


「ふむ。ならば。仕方ない。で、ハリスとかいう男のことを詳しく聞こうか?」

 説明を聞いたワシはニヤリと笑う。名前が同じとは思っていたが、なんとティアナの元雇い主ではないか。

「そうか。ならば、風見鶏を使わせる必要はないな」

「マルホンド!」


「慌てるな。その男なら、居場所は分かっておる。ワシが与えた指輪を身につけているでな。バーデンに居るはずだ」

 ワシが口にした瞬間に、エイリアは我らに礼と別れを告げて部屋から飛び出していた。ふむ。何か面白いことになりそうだ。楽しみじゃ。わはは。

 

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