第49話 カーライルとの問答
ハックション。ハックション。立て続けにくしゃみが出る。これは誰かが俺の噂話をしてやがるに違いない。悪口じゃなければいいが。横を見るとカーライルが嫌そうな顔をしていた。別にお前の方を向いてはいないから唾は飛んじゃいないだろうに、そこまであからさまな顔をしなくてもいいんじゃねえか?
俺の視線に気が付くとぼそりと言う。
「育ちの悪いのはこれだから」
「あいにくとすぐ取り出せるところにハンカチが無かったもんでね。まあ、育ちは悪いかもしれねえけど、すぐバレる嘘をつく奴に比べりゃなあ」
俺の言葉を受けて顔色が変わる。
「まさか、姉上にあのことを言うつもりじゃないだろうな?」
「あのことって何のことだ?」
すっとぼけて見せる。
カーライルは後ろを振り返り、エイリアから距離が離れていることを確認した。山の中の道なので俺とカーライルが哨戒のため少し離れて歩いている。20歩ほど後ろにエイリアとキャリー、さらに等距離離れてコンバがしんがりを務めていた。エイリアとキャリーは和やかに談笑してる。
「とぼけるつもりか?」
「いやあ。いきなり、あのことって言われてもなあ、なんだろう?」
考え込む顔をして見せる。
「お前が偽金を持っていたという疑いがかかった話だ」
「あれ? その件は嫌疑が晴れたつもりだったんですがね」
カーライルは舌打ちをする。
「お前の家に偽金を仕込もうとした話だ」
「ああ。あの話ね。まさか聖女様のようなエイリアさんの弟君がこんな姑息な手段を取ろうとするなんて意外でしたなあ。そのことを知ったら姉上も悲しむでしょうね」
「やっぱり俺を脅すつもりか? この盗賊め」
「やだねえ。いきなり喧嘩腰になって。あまり大きな声を出すと気づかれますよ。俺も何の話をしていたかと直接聞かれて嘘をつきたくはないんでね」
カーライルは握りしめていた拳を解く。
「それに俺が黙っていてもキャリーさんが話しちまうかもしれないぜ。誰かさんのお陰で騎士辞めさせられちまってるもんな。この件で実質貧乏くじを引かされているのは彼女なんだ。実は私はあなたの弟さんのせいで騎士を辞めるはめになったんですって訴えてもおかしくはないだろ」
「別にその点は何とでもなる。姉にとって赤の他人の女だからな。しかし、あんたは別だ。どういうわけか分からないが姉はあんたのことを立派な人間と勘違いしている。姉に話せばきっと姉はあんたの肩を持つだろう。そうして、あんたの足元に額をこすりつけて詫びるに違いない。あの姉があんたみたいなコソ泥にひれ伏すなんて耐えられん!」
「それこそ自業自得、身から出た錆ってやつだろ。俺をはめようとするからさ。そもそも、なんで俺に罪を擦り付けようとした?」
カーライルは口をつぐんでしまう。まあ、想像はついた。エイリアが勘違いから抱いている俺への好意が愛情に変わるのを恐れて、いい機会だと考えたのに違いない。
「そうさなあ。別に俺はこの件を話すつもりはねえよ。実質的に被害は受けちゃいねえし。お前さんと姉の仲を裂いても銅貨1枚の得にもならねえからな。エイリアさんに申し訳ない気持ちを抱かせて、それに付け込もうってのも正直気が進まないね。あっという間に俺のメッキが剥がれそうだ。それこそ偽金貨が擦れて中身が露出するより早いだろうぜ」
カーライルは意外そうな顔をしながらも頬を緩めている。
「だが、タダって訳にもいかねえな」
「やっぱり金か。所詮は盗賊だな」
「勘違いすんな。俺じゃねえよ。キャリーさんへ幾らか払いな。そうじゃないと彼女が気の毒だ」
今度はカーライルは驚愕の表情を浮かべている。
「あんたはそれでいいのか?」
「まあ、色々思うところはあるが、この件でお前さんから金銭を巻き上げようとは思わないな」
首をひねって考え込んでいるカーライルは疑いの目を俺に向ける。
「騙そうっていうんじゃないだろうな?」
「別に。それよりも俺としちゃ、今後お前さんが俺を目の敵にするのをやめて貰いたいね」
「姉に手を出さないというのなら俺もあんたなんかを相手にするほど暇じゃない」
「エイリアさんが勘違いするのは俺にはどうしようもないぜ」
「それは分かっている……」
カーライルは苦々し気な口調だった。
「あんな性格だからな。今までも俺が手を回して、周囲にいる人間には気を付けてきたんだが、まさか臨時雇いの盗賊風情にころりと騙されるとはな」
「ま、キャリーさんが納得するようにすりゃ、俺はこの1件を引きずるつもりはない。そうじゃなくてもこちらも色々と面倒が多いんでね」
「やはりおかしい。あんた何か隠してるだろ? 偽金貨を持っていたあの叔甥はあんたから偽金貨を受け取ったと言った。確かにあんたは身代わりの贖罪の羊にはうってつけだがそれだけじゃないな。あの2人は本当のことを言っていたんじゃないか?」
「さあな。今さら蒸し返しても誰も得はしねえさ。お前さん含めてな」
俺のセリフに警告を感じたのかカーライルは口を閉じる。
「それにしても、あのお人よしが姉じゃあ苦労が絶えんな。いっそのこと、さっさとお前さんの目にかなう相手と華燭の典を上げさせちまえばいいのに。ゼークトなんてどうだ? 聖騎士だし文句はないだろ?」
カーライルはフフンと鼻で笑う。急に態度が大きくなった。
「なんだ知らないのか?」
「何がだ?」
「聖騎士殿は俺の姉なんぞは相手にしないだろうさ」
「へえ。自慢の姉をそんな風に言うんだな?」
「そりゃ仕方ないだろ。ゼークト殿は年が明ければ結婚をするんだ」
「なんだ。あの野郎。俺に黙ってるなんて水くせえな」
「そりゃあ、一般人においそれとは話せない事情があるからな」
カーライルの顔を伺うと得意そうに鼻の穴を広げている。
「まあ、どうせ近日中には公表されるんだ。特別に教えてやるよ。ゼークト殿の相手は国王陛下の4女エレオーラ様だ。さすがに陛下の女婿の立場じゃ姉でも敵わん」
はあ? な、なんだって?
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