第25話 お前誰だっけ?

「兄貴っ。この通りです」

 文字通り地面に額をこすりつけて、懇願している男を俺は見下ろしていた。土ぼこりが顔を隈取ってひどい有様だ。

「ああ。うん」


 場所はパロ村から出てすぐのところ。もうすぐ日没とはいえまだ明るいし、野良仕事帰りの村人が不審そうな顔をして通り過ぎていく。俺は困惑しながらも冷ややかに目の前の若者を見下ろしていた。さっきから平身低頭しているのは、例の3人組の一人コンバ……だと思う。


「ゾーイの野郎の計画を偶然立ち聞きしてどうしたらいいか母親に相談したんすけど、滅茶苦茶怒られました。コンバ、命の恩人に対しては命がけで報いるのが男だって。それで危機をお知らせしようとしたんですが、兄貴は出かけた後で……」

 やっぱりコンバだ。もういい年だろうに、母親に頭が上がらないのか。


 コンバは恐る恐る顔をあげ、俺と目が合うとまた額を地面にこすりつけた。

「とりあえず兄貴の後を追っかけようとして来てみたら、ゾーイ達が戻ってくるのが遠くに見えて、とっさに木の陰に隠れました。上機嫌で歩いていたので、きっと襲撃が成功した後だと思いまして」

「それで?」


「俺はあんまり頭が良くないんで、どうしたらいいか分からなくて。お袋からはハリスさんをちゃんと助けなきゃ2度と家に帰ってくるなと言われてるし。兄貴を探したんですけど町には戻ってないし、そういう死体が見つかったという話も聞かないので、ここらへんでずっと待ってました」

「信じられねえな」


「嘘は言ってないです。兄貴。あいつらに金貨奪われたんですよね? だったら取り返しましょう。俺も加勢しますんで」

 なんか想像外の展開になってきたな。金を奪われたのを認めた方がいいのか悪いのか。ノルンの状況が分からないとなんともいえないな。


「とりあえず聞きたいことがある」

「なんでも聞いて下せえ。兄貴」

「その兄貴ってのは何だ?」

「いえ。その本当の兄貴みたいに親しみを込めてというか尊敬してるっていうか、そんな感じっす」

 最近の若い奴らの言葉は良く分かんねえな。


「で、もう一人いただろ。テッドだっけか? あいつはどうした?」

「向いてないから冒険者はもうやめるって言ってました」

「それでお前は俺に弟子入りしたいと?」

「はい。兄貴に恩返しもしたいし、兄貴の下で修行して一人前の冒険者になるっす」

「ふーん」


「兄貴のために何でもしますから。ゾーイの野郎。自分が恥かいたからって兄貴を逆恨みするなんて、クソみたいな奴でさ。俺、あいつらの企みを全部証言しますから。乗り込んでいって取り返すっていうんでも構いません。やっちまいましょう」


 俺はコンバを見据えて万一切りかかってきても対応できるように身構えながら考えた。見かけに騙されてはいけないが、まあ、このいかにも田舎の兄ちゃんという感じのコンバに複雑な企みがあるとは思えない。このコンバの行動がゾーイの差し金というは不自然だ。


 コンバが訴え出れば、面倒なことになるのは間違いない。何を取ったにせよ、街道での襲撃は立派な犯罪だ。手首とさよならすることになる。いまだに金貨が本物だと思い込んでいて、俺がコンバを連れて取り返しにきたところを背後から不意打ちさせるのか?


「その必要はない」

「兄貴! 信じてくださいよ。俺、兄貴に恩返ししたいんです」

「いや。俺は別にゾーイ達に金貨を奪われていないからな」

「へ?」


 俺はマルク商会の受領証を見せる。

「お前、字は読めるか?」

「簡単なものなら読めます。金貨10枚……この言葉はなんです?」

「確かに受け取ったって意味だ。ここにマルク商会のマークもあるだろう? 俺はちゃんと届けてるんだ」


「でも、ゾーイはしてやったりって顔してましたよ。一体どうやって?」

「それは秘密だ。まあ、俺ぐらいになると色々とやり方があるのさ」

「さすが兄貴っす。痺れますね」

「ということで、気持ちはありがたいんだが、助力はいらねえよ。ま、わざわざ心配してくれて感謝してるぜ」


 コンバは顔を上げて困った顔をする。

「それじゃ、ダメってことですか?」

「あ?」

「俺は兄貴に恩返ししなきゃいけないんす。そうしないと家に帰れないんすよ」


「あのなあ。パーティ組んだ時はメンバーを助けるのは当たり前なんだよ。だから恩とか恩返しとそういうんじゃないんだ。俺がそう言っていたってお袋さんに伝えな。それでいいだろ?」

「良くないっす」


 コンバはここぞとばかりに畳みかけてくる。

「ゾーイ達は失敗したけど、兄貴を襲ったんすよね。あいつら、またきっと何か手を出しますよ。だから、俺が兄貴の盾になります。体力だけはあるんで時間稼ぎぐらいならできるっす。なので、この通りです」


 再びか三度か、頭をこすりつけるコンバ。面倒くさくなった俺はさっさと歩き出した。

「あ、兄貴……」

 どたどたとコンバが追いすがってくる。


「ダメって言っても勝手についていきますからね」

「だったら、俺に聞くことねえじゃねえか」

「いや。でも兄貴の許可は取った方がいいっすよね?」

 俺はもう面倒くさくなった。

「好きにしろ。そのせいで怪我したりしてもしらねえからな」


「ということは許可してもらえたってことですね。怪我は問題ないです。むしろ、兄貴をかばっての傷ならお袋に褒めてもらえます」

 顔中を土ぼこりにまみれさせたままで顔を輝かせるコンバ。

「死ぬかもしれねえんだぞ」

「兄貴に助けてもらってなければ、今頃は魔狼のウンコになってまさ。だから平気です。ところで、兄貴。夜通し歩くんすか?」


「もちろんだ。ノルンに着くまで寝ないからな」

「了解っす。兄貴に認めて貰えて元気100倍。ぜんっぜん眠くないんで」

「分かったから、その顔を拭け。それから、盾になるつもりなら、俺の左後ろカバーしな」

「気が利かなくてすんません。これから少しづつ勉強させてもらうんで勘弁してください」

 あの3人組全員が敵に回ったんじゃないと知れたものの何故か疲労がどっと襲ってきて俺は顔を上に向ける。なんか最近よく空を見上げている気がした。

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