第10話 依頼

 ティアナとの生活がひと月に及んだ。相変わらず細いままだが、神官のエイリアが言っていたように肌の色つやはすっかり良くなった。頬の傷もかなり薄くなっている。ティアナは寝つきが良く、眠ると少々触ったぐらいでは目を覚まさない。こっそりとふくらはぎを撫でるとしっとりと吸い付くような感触でゾクゾクした。


 ただ、相変わらず胸はぺったんこだし、お尻も未熟なリンゴのように固い。14という年齢の割には体の成熟が遅かった。世間的には早ければもう子供を産むぐらいの年齢なので、抱けなくはないとは思う。ただ、あまり好ましくない結果になるのも明らかだった。


 俺には女を傷つけて喜ぶ趣味は無い。今無理強いしたら、ひどい裂傷を負わせることになるかもしれなかった。ひと月我慢をしたのにここで焦っては無駄になる。最終的には体を重ねることになるのだとしても、急ぐ必要はない。それに我ながらこんな風に感じるようになるとは意外だったが、ティアナが寄せる信頼も失いたくないと思う自分がいた。


 このひと月の間で、この町における俺の立場は以前とは比べ物にならないほど良くなっている。ティアナが俺がいかに素晴らしい主人であるか、あちこちで吹聴しまくっているせいだ。他の家の奴隷たちから密かに嫉妬をかっているという話も聞こえている。


 先日、店で出会った他家の奴隷とこんな会話をしていたのも立ち聞きしていた。

「本当は家の中ではひどい目にあってるんでしょ。誰にも言わないから正直に言っちゃいなさいよ」

「そんなことはないです」


「どうせ、実は服で隠れた場所を殴られたり、鞭で打たれたり、体をべたべた触られたりしてるんでしょう?」

「そうですね。針仕事を終えるとよく手を撫でてくださります。針を刺して血が滲んでる手を見て、気遣って下さるんですよ」

 微妙に会話が噛み合ってない。


 よその奴隷たちがどのような扱いを受けているかを聞いて、ますます俺への信頼を確かなものにしている。あまり他所の乱行を吹き込まれてもと危惧したが、俺が将来の楽しみのために、まだ手を出していないだけだということを全く気が付いていない様子だった。


 シーフという職業はせっかちだとやっていけない。ダンジョンで慎重さを欠いたらすぐ死が牙をむく。だから、確実に罠を解除できたと確信が持てない時はどんなに非難されても俺は鍵開けは拒否した。臆病者のぐずだと同業者の中で言われているのも知っている。


 だから、気長に待つことには慣れているし、ティアナとの関係は破綻せずに良好なままで続けられていた。ティアナは良く働くし、家での生活は格段に快適になってもいて、その点はまったく不満は無い。だが、いつまでも家でぶらぶらはしていられなくなった。


 そのことに今まで気づかなかったのは不覚の極みだが、ティアナがいることで生活費が余計にかかるようになっていたのだ。栄養をつけさせようと食材に金をかけ過ぎていたのかもしれない。ティアナは言いつけ通りによく働き、よく食べる。以前、肌にいいという果物を貰ったが、同じものを時々買ってやったことも一因だろう。


 そのポンムという果物は厚めの皮をむくと白い綿毛のような繊維の中に小さな赤いつぶつぶの塊が入っていた。つぶつぶの中には果肉に比べて大きめの種が入っている。あまり甘みは無くて酸味が強い。食いでのない果物で俺の趣味には合わない物だったが、ティアナは喜んで食べていた。


 あまり期待をせずにギルドに仕事がないか聞くために顔を出す。なければ、一人でダンジョンに潜るつもりだった。安全なところをさっと巡るだけでも2・3日食いつなぐくらいの小銭は稼げるはずだ。受付の兄ちゃんであるジョナサンが俺の姿を見ると歓迎するように出迎える。


「ハリスさん。いいところへ」

「どうした?」

「駆け出しのパーティが潜ってから丸1日になるんです。それで捜索隊を出そうということになったんですが、あいにくと人が出払っていて」


 ダンジョンは浅いところから深いところに行くに従って、人間は実力が発揮できなくなる。池や湖に入るようなものだ。ひざ下ぐらいの浅いところならそれほど地上と変わらないが、胸まで水につかった状態では動くのすら困難だ。完全に水の中に入った状態だと握ったものを振り回すことにも一苦労する。


 ダンジョン内はそこまで極端ではないが、下の層にいけばいくほど人には厳しい環境となり動きが鈍くなってしまうのだ。そして、浅いところに住む魚と深いところに住む魚がいるように、モンスターにとっても快適な層がある。モンスターの強さもだいたい層の深さに比例していた。


 もちろんモンスターにも変わりものはいるので、プラスマイナス2層ぐらいの誤差はある。新人はしばらくは第1層で探索するのが常識だった。だが、過信から初見で第2層に挑もうとする馬鹿は後を絶たない。ノルン近くのダンジョンの場合は、入って100歩ぐらいで下層への階段があるというのも良くなかった。


 気軽に階層を下り、この世に別れを告げることになる。段違いに強いはぐれもののモンスターと遭遇してか、複雑な罠にかかってか、死のあぎとは簡単に冒険者をとらえるのだ。単に道に迷っているという可能性もあるが、丸1日も出てこないとなると可能性はかなり低い。


 そこそこの報酬につられて捜索隊に志願したが、一度家に帰って準備をした後に引き合わされた面子は微妙だった。新人に毛が生えた程度の3人の前衛と、魔法士に俺。回復や治療を行えるメンバーが居ない。ないよりはまし程度の回復薬を持たされて俺たちはダンジョンに挑むことになった。

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