第136話 大迷宮に着いたけど……

 ギルドを出た私達はそのまま王都の門を抜けて、適当に人気のないことまで移動してから練習がてら空を飛んで大迷宮に向かうことにした。


 シィーは飛べるからいいとして問題はマロンさんだ。マリーちゃんがやってたように、マロンさんを後ろから抱き上げて飛んでいこうとしたんだけど......。


「ヒィッ!? 落ちるぅぅッ!! 落ちちゃうぅぅ──ッ!!」


 上昇する途中でマロンさんがパニック状態になったので断念。


 高いところが怖いのかな? と思ってマロンさんに聞いてみたけど、「そんなわけないじゃないですかっ!! 足が宙ぶらりんになるのが怖かっただけです!!」と強く否定された。


 ん〜。ホントかなぁー?


 まぁ、仕方ないので私の背中におぶっていくことにした。


 その結果......。



「ぎゃああああああ──ッ!! ご主人さまあああっ!! もっとゆっくりっ!! もっとゆっくり飛んでくださいいぃ──ッ!!」


 この有様である。


 もちろん泣きそうな声で悲鳴を上げているのはマロンさんだ。本人は認めようとしないけど、やっぱり高いところが怖いみたい。足は関係なかったね。


 よほど怖いのか、私の首に回している両腕と腰に回している両足に力が入ってるのが分かる。


 私の首と腰をギューッと締め付けて......?


「ウゲッ!? ゲホゲホッ!! ちょっとマロンさん!? もうちょっと力緩めてもらってもいいかな?」

「無理ですぅぅ──ッ!! ご主人様はやっぱり私を殺す気なんですかッ!?」

「なにやっぱりって!? 殺さないし!!」

「うぇ〜ん!! せっかく犬にまでなったのにぃぃーッ!!」


 ダメだこりゃ。全く話が噛み合わない。


 私はこれ以上首を締め付けられないように、マロンさんの腕と自分の首との間に指先を差し込みながら、おもわず溜息をついた。


 マロンさん。もうひとりミーアの私とのことがトラウマになってるからなぁー。もうひとりミーアの私に一体何を言われたんだか。マロンさんに聞いても頑に答えようとしないから困ったもんだ。


 私が直接聞ければ一番いいんだけど......。


 私からいくら呼びかけてもウンともスンとも言いやしない! 妖精城で声かけてきたの絶対ミーアだよね!? あとで教えてって私言ったじゃん!!



「にしししっ!」

「ん?」


 漏れだすような笑い声に気づいてシィーの方を見ると、ニンマリした顔でマロンさんの方を見つめていた。


「......シィーなにするつもり?」


 私が問いかけると、シィーは人差し指を口元に添えてウィンクをした。


「......?」


 ──え? 黙ってろってこと? シィーは一体何を......?


 意味が分からず困惑していると、シィーが急に悲しそうな顔をしてマロンさんに近づいていった。


「......犬人間。今までありがとうなの。お前のことは一生忘れないの......」

「ぶっ!! シィー!? あんた何言って──」

「びえぇぇ〜んっ!! やっぱりそうだったんだあああ──ッ!!」


 ──シィーのやつ!! マロンさんのトラウマをさらに抉りやがったああああっ!!


「マロンさん! 違うからね!? シィーがからかってるだけで」


「ぷぷっ! あはははははっ!!」


「うぇ〜んっ!! ご主人様の嘘つきぃーっ! 悪魔あぁぁ──っ!!」


「だから誤解なんだってばああああ!!」



 この後マロンさんの誤解をなんとか解いて落ち着かせることはできたものの、マロンさんは飛んで行くのを断固拒否。仕方ないので大迷宮まで歩いて向かうことなった。


 どうやらマロンさん。風魔法はあまり得意ではないようで、落ちたら対処できないのが怖いらしい。


 ......うん。要するに高いところが怖いってことだよね? 


 まぁ、元々アージェさんから大迷宮に行くことを聞いてなかったみたいだし、情緒不安定になってるのもあるのかも? 


 それにしてもシィーの奴めぇ〜!! 最近大人しくなったなぁーって思ってたらこれだよ! もうちょっと時と場合を考えてよ!!

 


 ◆◇◆◇



 途中一悶着はあったけど、なんだかんだ前回より早く大迷宮に着くことができた。


 体力にも全然余裕がある。それもこれも全部このガルフェザーシューズのおかげだ。ティターニア様!! 素敵な靴を本当にありがとう!!



「はぅ......。とうとうここまで来てしまいました......」


 虚な瞳で大迷宮を見つめながらマロンさんはガックリと肩を落とした。


 う〜ん。私に付き合わせちゃってるわけだし、このままほっとくわけにもいかないか。


「マロンさんは大迷宮は初めて?」


「はぃ......。私はその。諜報が主な任務だったので。迷宮自体初めてなんです」


「そっかー。それじゃ色々不安だよね」


「はぃ......」


「私が前にでてなるべく魔物は倒すから、そんなに気負いしなくても大丈夫だからね?」


「ご主人様......。ありが──」


『貴様ッ!! なんだその甘ったれた態度はッ!!』


 私がマロンさんを励ましていると、聞き覚えのある怒声が聞こえてきた。


 声がした方を見てみると、背中に大剣を背負った女性が赤髪のロングヘアをなびかせながら凄い剣幕でこちらに向かって歩いてくるのが見えた。


「アージェさんだ。あれ? なんでここに?」


「ひぃぃぃっ!! アージェ教官!? ど、どうしてここに?」


 身体をプルプルと震わせながら私と同じような反応をするマロンさん。どうやらマロンさんも聞いてなかったらしい。


「どうしてだと......? チカさんが大迷宮を攻略しようとしているんだぞ!! そんな偉業を私が見逃すわけがないだろう!!」


 ──攻略なんてしないけどね!? マサキさんの職業を戻したら私はすぐ帰るからね!?


「そんなことよりなんだ貴様のその体たらくは!! 訓練が全然活かせていないではないかッ!! やる気はあるのか貴様ッ!!」


「ひゃいっ!!」


 アージェさんから叱咤を受けてマロンさんは背筋をピンと伸ばした。


 ── 訓練なんてしてたんだ。毎朝アージェさんと元黄昏のメンバー達が何処かに出かけいるのは知ってたけど、そういうことか。


「どうやら貴様にはまだ暁の子猫達の一員としての自覚が足りないようだな。帰ったらじっくりをしたうえで、1から鍛え直してやるから覚悟しておけッ!!」


「ひゃいっ!!」


 お話し合い......。アージェさんのお話し合いってお話し合いなのか怪しいんだよなぁ。冒険者のおじさんも人が変わったみたいになってたし。


 ......ん? 暁の子猫達?


 あああああ──ッ!! メリィちゃんがギルドで言ってた暁の子猫達って元黄昏のメンバー達のことかっ!! 


 通りでギルドマスターのメアリーさんが暁の子猫達を知らなかったわけだ。王都で暗躍してた組織が子猫達になってるなんて分かるわけがない。さすがメリィちゃんだ。



 私がギルドでの出来事を思い出しながら思考を巡らせていると、マロンさんへの叱咤を終えたアージェさんが軽く溜息をついた後、私の方に顔を向けた。


「ちかさぁぁ〜ん!」


 さっきまでの険しい顔はどこへやら。満面の笑顔を浮かべながら私の元へ駆け寄ってくるアージェさん。


「もぉー! 私をおいてくなんて酷いじゃないですかあー!! 朝の訓練を終えてチカさんの部屋に行ったらもういないから慌てて追いかけて来たんですよ?」


「ご、ごめんね。一緒に来てくれるとは思わなかったからさ」


「それにしても大迷宮に来るのにずいぶんと時間がかかったようですが、何かあったんですか?」


「あー。ちょっとマリーメリィ商会とティターニア様のところに寄ってたから遅くなっちゃったんだよね」


「なるほど。そういうことでしたか。あっ、そういえば昼食はもう食べました? 今ちょうど肉を焼き始めたところなので一緒にどうですか?」


 そう言って、アージェさんは大迷宮の方角を指差した。指差された方を見てみると簡易テントが設置されていた。その近くには焚火と小さめの椅子が2つ。


 ──んっ? なんで2つ?


「今椅子を出しますね!」


「……あっ、うん」


 私がアージェさんがだしてくれた椅子に座ると、マロンさんが紅茶の入ったカップを私に差し出してくれた。


「ど、どうぞご主人様」


「わぁー! マロンさんありがと!」


「いえ! 当然のことをしただけです!」


 ハキハキした口調でそう言うと、チラチラとアージェさんの様子を伺いながら自分の椅子に座るマロンさん。


 そんなマロンさんをよそに、アージェさんは手慣れた様子で串に刺さったお肉を焼き上げていく。


「おぉー。さすがアージェさん。凄く手際がいいね! この簡易テントといい、なんだかベテラン冒険者って感じでカッコいいね!」


「いやぁ〜。あはは……。チカさんにそんなこと言われるとなんだか照れますね」


 アージェさんは照れ笑いを浮かべながら、いい感じに焼き上がったお肉をお皿に取り分け始めた。


「まぁ、冒険者をしてると野営なんてよくあることですからね。これぐらいならみんなできると思いますよ」


「へ、へぇー」


(これ普通なんだ。野営の準備なんて頭の片隅にもなかったや……)


「あっ! そういえばチカさんは別の世界から来たんでしたね。私としたことが......。失礼しましたっ!!」


「ううん。気にしないで? この世界の常識に疎いから今みたいに教えてくれたほうが助かるよ」


「私の知識程度でチカさんのお役に立てればいいのですが……」


「絶対にたてるから大丈夫! いつもやらかしてから気づくことがほとんどだし」


「は、はぁー? まぁそういうことでしたら……」


 アージェさんは若干困惑した様子でそう言うと、お肉がのったお皿を私に手渡した。


「アージェさんありがと!」


「いえいえ。あっ、そうだ」


 アージェさんは何かを思い出したかのようにテントの方へ顔を向けた。


「マリーさ〜ん! お肉焼き上がりましたよおー?」


「……えっ? マリーちゃん……?」


 恐る恐るテントの方へ顔を向けると、マリーちゃんとフィーちゃんがテントの隙間からジト目で私を見つめていた。


「あははは……。アレー? マリーちゃん。ナンデココニ?」


 ふたりの視線と雰囲気から色々と察して、乾いた笑みを溢すチカなのであった。

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