第70話 突然のお誘い

 ギルドに向かって王都の大通りを歩く。

 メリィちゃんとマリーちゃんも一緒だ。


 私の足取りは重い。非常に重い! もう本当は今すぐにでも帰りたい。


 これからのことを考えると気が重くなり、おもわずため息が漏れる。


「はあ...。」

「もう諦めるニャ!やっちゃったもんは仕方ないニャ!」

「やっちゃったとか言わないでよ。これから捕まりに行くみたいじゃん...。」

「あながち間違ってない気もするけどニャ」

「だから行きたくないんだよッ!! もう帰ろ? 今からでも間に合うよ」

「ん。チカ。だいじょうぶ。私はずっと待ってるよ?」

「──えっ?」

「冗談。びっくりした?」

「あはは......」


 笑えない。笑えないよ。マリーちゃん!

 普段、冗談を言わない人の冗談ほど怖いものはないんだよ?



 ギルドの中に入ると、冒険者達の視線がいっせいに私に集中する。まるで練習したみたいに息ぴったりだ。冒険者達の目には、恐怖の色が見える。


 私と目が合うと、必ずと言っていいほど顔を伏せて視線を逸らす。身体を僅かに震わせている冒険者もいた。


〈あれが愉悦の黒猫か...?〉

〈馬鹿ッ!! そんなにジロジロ見るんじゃねえ!! レオン達みたいになりてえのか!!〉


 迷宮での出来事が噂として、すでに伝わっているみたいだ......。それも変な二つ名までつけられてる。


 ますます気が重くなり胃がチクチクと痛む。


 そんな目で私を見ないで......。違うんです! 私だけど私じゃないんです!


「ん。さすがチカ。とうとう二つ名がついた。おめでと」

「あはは......」


 絶対悪い意味の二つ名だよ......。 愉悦って不気味な感じがするもん。



「おっ! やっときたか」


 声がした方を見ると、ギルドのカウンターの奥から、ギルドの統括のお爺さんが私をジーッと見つめていた。


 私はおもわず目を逸らす。


 統括のおじいさんは私の様子を見て、呆れた顔で大きく溜息をついた。


「ここじゃなんだ。俺の部屋で話そうか」

「──はい......」



 統括のお爺さんの後について行くと、応接室のような部屋に案内された。高級そうなテーブルと柔らかそうなソファーが二つ並んでいる。


 統括のお爺さんが椅子に座る。


「ほら。お前らもいつまでも立ってないでそこに座れ」

「あっ。はい......」


 3人並んでソファーに座ると、ギルドの受付の女性が飲み物を運んで来てくれた。テーブルに飲み物を並べると、お辞儀をして部屋からでていく。


「さて。チカ。俺の言いたいことが分かるか?」

「ごめんなさい。逮捕はしないでください。私だけど私じゃないんです」

「ん? なにか勘違いをしてないか?」

「えっ?」


統括のお爺さんはキョトンと目を丸くして私を見つめたかと思うと、手で口元を押さえながら軽く腰を曲げて、笑うのを堪えるかのように肩を揺らす。


「別に今回の件で、私はお前を責めるつもりはないぞ?あー。だからさっきから様子がおかしかったのか」

「えっ! そうなの?」

「アハハッ! 当たり前だろう? チカが気にするようなことじゃない。チカは殺されかけたんだ。奴等は当然の報いを受けただけだ。そんなことより、よく最下層から無事に帰ってきてくれたな。心配したぞ」


 統括のお爺さんは笑いながら立ち上がると、私の両肩を両手でポンポンと叩いた。


 なんだビクビクして損した! てっきり捕まるのかと思ったよ!


 逮捕されるわけじゃないことが分かって私はホッと胸を撫で下ろした。


「じゃあもう帰っていいの?それとも何か別の用件があるの?」

「あー実はな。お前に会いたがってる人がいてな。今日はその件でチカに来てもらったんだ」

「私に逢いたがってる人?」


 んー? 誰だろ? 王都に知り合いなんていないはずだけど。


「ああ。どうしても会いたいらしい」


 そう言うと、統括のお爺さんはカップを口元に運ぶ。喉を鳴らしながらカップの中身を嚥下し、真剣な表情で私を見つめる。


「ねえ。誰なの? 勿体ぶってないではやく教えてよ」

「勇者様だ」


「おおーッ!!」


 マリーちゃんが瞳をキラキラ輝かせながら、勢いよく立ち上がり、私にギュッと抱きつくと、ジーッと私を見つめる。


「チカッ! 私も逢いたい。勇者様と会おう? ね? お願い」


 か、可愛すぎるッ!! シィーと仲良くなってから、マリーちゃんのおねだりがパワーアップしてる気がする。これ絶対シィーがマリーちゃんに何か教えてるよね?


「わ、わかったよ。」

「おーっ! チカ大好き。ありがと。」

「マリー、よかったニャッ!!」

「んっ!! 勇者様と会えるの楽しみ!」


 もうマリーちゃんは大興奮だ。メリィちゃんと手を繋いで、ピョンピョン飛び跳ねながら喜んでいる。



「でも勇者様はなんで私に逢いたがってるの?」

「あー。それがだな。そのことで勇者様からチカに伝言を預かっている」

「伝言?」

「ああ。チカにもし理由を聞かれたら、伝えてほしいと言われてな」

「へー。それでなんて言ってたの?」


「『からの生還おめでとうございます。』だそうだ。漆黒の大迷宮の間違いじゃないかと勇者様には言ったのだが、どうしてもそのまま伝えてほしいと言うのでな」


 びっくりしたぁ。奈落の迷宮を知ってるってことは、今の勇者様は、私と同じ世界の同じ時代から召喚された人間ということだ。それも同じゲームで遊んでたってことだよね?


「そっか。私も逢うのが楽しみになってきたよ。勇者様にもそう伝えて?」

「ああ。わかった。じゃあ予定が決まったらまたこちらから連絡する」

「うん。お願いね。じゃあ私達は帰るね?」

「ああ。迷惑をかけて悪かったな」

「ううん! 気にしないで! 統括のお爺さんが悪いわけじゃないよ。何かあったら頼らせてもらうね?」

「ああ! その時は私が力になろう」

「ありがと! じゃあまたね」



 統括のお爺さんにお礼を言って、私達はギルドを後にした。

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