第59話 姉妹の愛情と決意


「メリィちゃんが行方不明!?」


「はい...。申し訳ありません」


 受付の女性は申し訳なさそうに頭を下げる。

 マリーちゃんは顔を真っ青にして口元を両手で押さえる。


「ど、どうして? お姉ちゃんには冒険者もついてたはず。それに次の日の早朝には伝令もだした。」


「はい...。メリィ様にはAランクの冒険者パーティが同行しておりました。伝令も依頼を受けてすぐ冒険者パーティを出したのですが、漆黒の大迷宮の中層間際まで進んでもメリィ様達は見つからなかったそうです...。もしかしたら大迷宮の転移トラップに巻き込まれたのかもしれません」


「そんな...。お姉ちゃん...」


 マリーちゃんは今にも泣きだしそうな表情をしながら足元がふらつく。


「マリーお嬢様!?」


 ジョンさんが慌ててマリーちゃんを支えた。


 どうしよう。全く話についていけない。


 横目で私の肩に座ってるシィーを見ると、シィーは察したように首を縦に振って私に近づいてきてくれた。小声でシィーに話かける。


「ねえ。大迷宮ってどんなとこなの?」


「大迷宮は地下100階まであると言われてるの。1~30階が低層、31~60階が中層、61~100階が最下層なの。下に行けば行くほど魔物も強くなっていくの」


「へー。なんかゲームみたいだね」

「そうなの! チカのつくってくれたゲームは本当にそっくりなの! 大迷宮にも同じようにトラップがあるの」


「じゃあ転移トラップもその一つ?」


「そういうことなの。ただ大迷宮の転移トラップはもっとヤバイの。どこの階層に繋がっているのか分からねえの」


 マリーちゃんが倒れそうになるわけだ。

 下の階層なら最悪じゃん。


「それは厄介だね...。あっ転移魔法とかで逃げられないのかな?」


「迷宮の中では転移魔法は使えないの! 10階層ごとにいる強い魔物を倒せば転送魔法陣で入口に戻ることはできるの!」


 そういえば私が遊んでたゲームにも大迷宮ってあったなあ。迷宮の仕様もそっくりだ。けど流石にこの世界じゃ死に戻りはできないよね...。



「いま捜索隊を招集しています。数日以内には出発できるかと思います」


「それでは遅すぎます! どうにかなりませんか?」


「わかりました。善処はします」


「無理を言って申し訳ありません。よろしくお願いします。」


 ジョンさんは深々と頭を下げる。


「マリーお嬢様。もう行きましょう」

「ん...。分かった」


 ギルドをでて馬車に戻る。

 マリーちゃんは思い詰めたような表情でうつむいている。


「マリーちゃん大丈夫?」


「ん...。考えごとしてた」


「そっか...。メリィちゃんの事は心配だけど、一人で無茶なことだけはしないでね?」

「ん。わかった。ありがと...」


 馬車はゆっくりと走りだす。

 

 20分ぐらいすると石造りの二階建ての家の前に止まった。見るかぎり普通の民家だ。不思議に思いながらも、馬車を降りてジョンさんに案内されるまま中に入った。


 ここがなんなのかすごく気になる。

 マリーちゃんに聞ける雰囲気ではないので、ジョンさんに聞いてみることにした。


「ねえジョンさん。ここって何なの?」


「大変失礼致しました。説明をしていませんでしたね。ここはマリーメリィ商会で所有している物件です」


 なるほどね。通りで生活感がないわけだ。


「マリア。チカ様をお部屋に案内してもらえますか?」


「かしこまりました。チカ様。2階のお部屋へご案内致します。どうぞこちらに」


「うん。マリアさんありがと!」


 マリアさんに二階の部屋に案内してもらう。


「こちらのお部屋になります。お風呂は一階にあるのでご自由にお使いください。食事の準備ができましたらまたお呼び致しますね」

「りょうかい!」


 マリアさんは説明を終えると軽くお辞儀をして階段を降りていった。


 部屋のドアを開けて中に入る。

 小さなテーブルと椅子にベットがついている。どことなくマイちゃんの宿屋に似てる。

 生活するには十分な広さだ。


「ふぅー! マリーには悪いけど疲れたの。重い空気は苦手なの」


 シィーは私の肩から飛び上がると、少し疲れた顔でベットに飛び込んだ。


「あはは...。でも私はメリィちゃんが心配だなあ。ねえなんとか私達で助けに行けないかな?」


「んっー!」


 シィーは難しそうな表情を浮かべながらベットの上をグルグルと転がる。


「正直チカの実力だと低層が限界だと思うの」


「そっか~...。難易度が高い迷宮なんだね。BOSSみたいのを倒さないと戻ってこれないのも痛いよね」


「その通りなの!漆黒の大迷宮はできて数百年経つけど、まだ誰も踏破できていない迷宮なの!」


 ゲームと違って死んだら終わりだもんね。やっぱり捜索隊を待つしかなさそうかなぁ...。


 いくらメリィちゃんでも転移トラップに引っかかったにしても先に進んだにしても無理はしないよね?


「ん?そういえば迷宮って自然にできるものなの?それとも誰かが作ったの?」


「分からないの!作られた迷宮も存在するけど、ほとんどがいつの間にかできてるの」


「へえー」


 ミリアーヌさんなら知ってるのかな?

 私からも連絡取れたらいいのに。



 ーートントン。



 突然、ドアを叩く音がしたので振り返る。


「チカ。いま大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ?」


 ドアを開けてマリーちゃんが部屋の中に入ってきた。


「マリーちゃんどうしたの?」


「ん。チカとシィーちゃんにどうしてもお願いしたいことがあってきた」


「お願い? 捜索隊のことならもちろん参加するよ?」


 マリーちゃんは首を横に振るとすごく真剣な眼差しで私を見つめる。その瞳に、なにかを決意したような強い意志を感じる。


「今日の夜。一緒に漆黒の大迷宮に行ってほしい」

「えっ? 3日くらいかかるって言ってたのに、そんなに早く冒険者が集まったの?」

「ううん...。集まってない」


 マリーちゃんは悲しそうな表情でうつむく。


 すごく嫌な予感がする。でもまさか...。


「もしかして...。私達だけで先に行きたいってこと?」


「ん...」


 どうやら図星だったみたい。マリーちゃんはゆっくりと頷いた。


「でも捜索隊と一緒に大勢で行ったほうがメリィちゃんを救助できる可能性が高いんじゃない?下手をすると私達も帰って来れなくなるかもしれないよ?」


「ん...。それでも今行かないと手遅れになると思う」


「どうしてそう思うの?」


「私がまだ小さい頃。両親を亡くした時に、お姉ちゃんは私のためにすごく無理をしたことがあった。お姉ちゃんもすごく辛かったはずなのに...」


「そんなことがあったんだ...」


「ん...。きっとお姉ちゃんはまた無理をする。お姉ちゃんまで私のせいで失ったら...。私はもう生きていけない。自分が許せない...。」


 マリーちゃんは、ぼろぼろと涙を流しながら猫耳パーカーの裾を両手でギュッと掴む。


 二人の過去とマリーちゃんの想いを聞いて、胸をギュッと締めつけられるような強い痛みを感じた。


 横をそっと見る。

 瞳をウルウルさせているシィーと目が合う。


 そうだよね...。こんな話しを聞いちゃったら、ほっとけるわけないよね。


「わかったよ。一緒にメリィちゃんを助けにいこう」

「ん...。ぐすっ...。ありがとぅ」


 マリーちゃんの頬を伝う涙を優しく拭って、ギュッと抱きしめた。

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