第57話 襲撃と過去の勇者


 ニッケルの街を出発して3日目の早朝。

 テントで寝ていると外からドサッと何かが倒れるような物音がして目が覚める。

 身体を起こそうとしたらシィーと目が合った。


「いまの聞こえた?」

「当たり前なの!誰かが外で戦ってるみたいなの!」


 慌てて猫耳パーカーのポケットからブリュナークを取り出して外にでる。

 外はまだ真っ暗で夜風が若干肌寒い。


「チカ!!あそこなの!」


 シィーが指差した方向を見ると、暗がりの草原でジョンさんが数名の男達と戦っている。

 見た感じジョンさんに怪我はなさそうなので安心する。


「シィー!私もいってくるね。」

「私もいくの!補助魔法でチカの身体能力を上昇させるからやっちゃうの!」

「おー!ありがと。すごい助かるよ!」

「ふふふっ! もっと褒め称えてほしいの!」


 得意げに胸を張るシィー。

 

 まったくシィーはすぐ調子に乗るんだから。かわいいけどね!



 私は急いでジョンさんの方向へ駆けだした。


「おい!お前ら気をつけろ!ちっこい黒猫の獣人もいるぞ!」


 髭の濃い中年の男が私を見て叫ぶ。


 決めた。

 私をチビと言ったこいつからだね。


 地面を強く蹴ってさらにスピードを上げる。

 ヒゲ男は剣を構える。右足から踏み込んで、腰を捻りながら私に向かって横方向に斬りつけてくる。

 腰を落として姿勢をなるべく低くして、地面に滑りこむように躱しながらヒゲ男の足元をなぎ払う。ヒゲ男は足を払われて地面に転がる。


「ぐっ!!調子に乗りやがって!」


 ヒゲ男が立ち上がる前に顎めがけて思いっきり蹴り上げる。


「うげっ!?」


ヒゲ男は吹き飛んで地面に倒れたままピクリとも動かない


 そのままそこで寝ててね?

 それにしても補助魔法って凄い!

 今までならあんな動き出来なかったよ。


「おい!!リーダーがやられたぞ!!」

「にげろ!!こいつら強すぎる!!」


 男達は慌てた様子で逃げようとする。


 逃げるなら追う必要まではないか。私も人を殺したくないしね。それよりジョンさんは大丈夫だったかな?


「え...?」


 ジョンさんは鋭い目つきで男達を見つめると、逃げる男達を追いかけながら、後ろから容赦なく切り裂いた。


 ジョンさんはこちらに戻ってくると、私が気絶させたヒゲ男も含めて全員にしっかりトドメを刺していく。


「ジョンさん。なんで?」

「どうして彼等を殺したのかっと言いたいのですか?」

「うん。殺す必要まではなかったよね?」

「彼等は盗賊です。この国では盗賊は死罪になります。それにもしここで見逃したら他の善良な人々が殺されるかもしれないんですよ?」

「確かにそうだけど...。」


 ジョンさんは凄く真面目な顔で私を見つめる。


「チカ様。よく聞いてください。貴女は強く心の優しい方です。...しかし相手も同じだとは限らないのです。貴女のその優しさはいずれ身を滅ぼすことになります。どうかこの老いぼれの言葉を忘れないでください。何かが起こってからでは取り返しがつかないのです。」


 ジョンさんの異様な迫力に言葉が出てこない。普段のジョンさんとは全然違う。それにどこか悲しげな雰囲気が漂っている。


「さてマリーお嬢様を起こして朝食にしましょうか。」

「あっうん。」


 ジョンさんは私に背を向けてテントの方へゆっくりと歩いていく。


「あのお爺ちゃんの言う通りなの。」

「え?」


 シィーの方を見ると、とても心配そうな表情で私を見つめている。シィーがこんな顔するなんてめずらしい。


「シィーらしくないじゃん。急にどうしたの?」

「...チカは昔の勇者のことを知ってるの?」


「あまり詳しくは知らないかな。私と同じ世界からきたのは分かるんだけどね。伝えた料理とかお風呂とかの文化が同じだからさ。」


「じゃあその勇者が最後どうなったか考えたことはあるの?」


 言われてみれば考えたこともなかった。

 魔王を倒してどうなったんだろう?


「ごめん。考えたこともなかったや。勇者は最後どうなったの?」

「人間の絵本や書物によると、魔王を倒したあとティターニア様と別れて王国で幸せに暮らしたって書いてあるの。」

「へえー!元の世界にはやっぱり帰れないんだね。まあでもいい人生かもしれないね!」


 シィーは呆れ顔で大きく溜息をつく。


「それが本当に私達妖精は人間といまも共存してるの...。私達が人間から姿を隠している事をおかしいとは思わないの?」


「.....どういうこと?」


「勇者は魔王を倒して王都に戻った後すぐに毒を盛られて城に監禁されたの。ティターニア様が異変に気付いて駆けつけた時にはもう手遅れだったらしいの...。だからチカを見ていると私も不安になってくるの。」


「そんな...。」


「いまなら私もティターニア様がどうして勇者を慕って力を貸してたのか少し分かるの。」


「どうして?」

「この世界に生きている醜い人間とは根本的に違ったからなの。あっ!一緒にいて面白いのもあったのかもしれないの!」


「ああ...。妖精ってみんな楽しいことが好きなんだね。」

「そんなの当たり前なの!だからチカも十分に気をつけることなの!」

「心配してくれてありがと。まあ私は勇者じゃないけどね?」


 シィーは何かに気付いたかのようにハッとして肩を震わせる。


「そうだったの!! ついティターニア様の話してた勇者と重なっちゃったの!」

「うん。そんな気がしてたよ。」

「あははっ! でもこの世界の人間には気をつけたほうがいいの!」

「うん! そうするね」



 マリーちゃんを起こして、朝食を食べてから再び王都に向かって馬車を走らせる。


「ぎゃー!!囲まれたの!!」

「ん!困った。危機的状況。」

「アイテムでどうにかできないの!?」


 二人は相変わらずゲームに夢中だ。

 いつも間にか二人で協力して充電もできるようになってるし...。

 本当は自分のためにゲーム機が欲しかったのになあ。



 お昼頃になるとようやく王都の城壁が馬車の窓から見えてきた。


「みなさん見えて来ましたよ!あれが王都シンフォニアです。」

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