第50話 もういやだよ。

 まばゆい光は次第に消えてゆく。


 異変がないか両手を開いて確認する。

 右手の手のひらに妖精の羽を模った小さなマークができていた。


 顔をしかめてシィーを見つめると、シィーは私を見てニンマリしている。


「ねえ......。いま何したの? これはなに?」


 チカは右手の手のひらをシィーに見せた。


「ぷぷっ! それは契約の証なの!」

「契約?」

「そうなの! これで私はチカといつも一緒なの!」

「えっ。シィーをおいてここから離れればいいんじゃないの?」


「ふふふっ! 無駄なの! 私とチカはもう契約で繋がってるの。どんなに離れていても、精霊魔法で一瞬でチカのそばにいけるの!」


 それなんて呪い?

 私のプライバシーがどんどん侵されていく。もういい加減にしてよ!!


「でも契約なんてしてないよね?」

「さっきしたの!」


 先程のことを思い出してみる。

 シィーは何かに誓うみたいなことを言ってたけど、私は握手をしただけだよね?


「私はさっきこう言ったの!」


『握手してほしいの。それで私はもうチカと契約を交わすの。妖精女王のティターニアに誓うなの』



「いやいや!! そんなこと言ってなかったよ!」

「もしかしたら緊張して声がとても小さくなってたかもしれないの......」


 シィーは恥ずかしそうに両手で顔を隠す。


 すごくわざとらしい。

 こんなの詐欺じゃん!


「そんなに嫌がらないでほしいの! チカにとっていいこともあるの」

「へー。ただの呪いじゃないってこと?」

「呪いじゃねえの!」


 シィーは私の胸を両手でポカポカ叩いてくる。


「まったく失礼なやつなの!」

「それでいいことって?」

「精霊魔法をつかってチカの手助けをしてあげるの!」

「おー」


 意外にまともだった。

 精霊魔法は見てみたいかも。


「だいたいなにがそんなに嫌なの? 精霊と契約なんて滅多にできることじゃねえの!」

「あまり目立ちたくないんだよ」

「そんな格好してよくそんなこと言えるの! すでに目立ってるの! もう手遅れなの!」

「うっ!」


 シィーは呆れた顔で溜息をつく。


 広場の方向からこちらに向かってくる足音と話し声が聞こえてくる。

 まだ距離はあるみたい。


 精霊祭がおわったのかな?

 このままここにいるわけにはいかないね。


「とりあえず私は宿にもどるね」

「了解なの! はやく案内するといいの!」

「はあ......。やっぱりついてくるんだね」

「当たり前なの! こんな面白そうな人間ほっといたらもったいないの!」


 やっぱり似てるなあ。

 外見は全然違うけど考え方がミリアーヌさんにそっくりだ。

 妖精と女神ってなにか関係あるのかな。



 宿に戻りまっすぐ自分の部屋に向かう。

 帰り道で村の人と何度かすれ違ったけど、誰もシィーのことが見えていない様子だった。


 部屋のドアを開ける。

 中に入ってベットに座る。

 まだアージェさんは戻ってきてないみたい。


 シィーは楽しそうに口笛を吹きながら部屋の中を飛び回っている。


「ねえ。村の人達はシィーのこと見えてなかったみたいだけど、どうして?」

「精霊魔法で私の姿を認識できないようにしてるの!」

「あー。だから私になんで見えるのか聞いてたんだね。」

「そういうことなの。でもそれはもう理由が分かったの!」

「えっ。そうなの?」


 シィーは飛び回るのをやめて、私のベットに着地して得意げに胸を張る。


「チカのまわりに漂うありえないぐらい濃い神気の影響なの!」

「さっき言ってたやつだね」

「そうなの! まるでチカのそばに神がずっといるみたいな感じなの!」


 なにそれ怖いんだけど。

 ストーカーじゃん。


「でもそばにいないの! チカも間違いなく人間なの!」

「んー。これから話すこと内緒にしてもらっても平気?」


「もちろんなの! どうせ契約で故意に相手の不利益になることは、お互いできないから安心するといいの」

「おー! それなら安心だね。実はわたし女神様に娯楽目的で異世界から連れて来られたんだけど、ずっとその女神様に見られてるかもしれないんだよね。」


「なんて迷惑な女神なの! びっくりなの!」


 シィーは考え方がそっくりなんだけどね。

 また怒りそうだから言わないでおこう。


「でもそういう感じじゃないの。なにか別の原因があるはずなの!」


 そう言われてもなあ...。

 他に思い当たることがない。

 ミリアーヌさんにまた逢えたら聞いてみようかな。



 突然ドアからガチャッと音が鳴ったので振り返る。

 アージェさんだ。


「チカさんもう帰ってきてたんですね!」

「うん。いまさっき帰ってきたところだよ!」


 アージェさんは部屋に入ると鎧を外しはじめる。


「そういえば広場にいないようでしたが、どこにいたんですか?」

「えーと。広場でお祭りを楽しんで、すこし村を散歩してたよ!」


 妖精を見つけて追いかけてたなんて言えない。妖精と契約したなんて、思い込みの強いアージェさんが知ったらどうなるか......。

 考えるだけで頭が痛くなってくる。


「ん? それかわいいですね。広場で買ったんですか?」

「え?」


 アージェさんは私のベットにいるシィーを指差す。


 なんで見えてるの!?

 アージェさんが私のベットに近づいてくる。


「これよくできてますね。私もほしいかも。ちょっと触ってみてもいいですか?」

「あっ......。えーと。かわいいでしょ! ちょっとだけだよ?」


 ごまかすしかない。

 シィーに視線をむける。

 私の視線に気づいてくれたみたい。

 シィーは片目で可愛くウィンクをする。


 アージェさんが嬉しそうに頬をゆるめてシィーにゆっくり手を伸ばす。

 可愛いものが好きなのかな?



「気安く触るんじゃねえの! このウシ人間!」


アージェさんは表情が凍りつき、目だけパチパチさせている。


 あぁ.....。

 なにも伝わってなかった。

 もういやだ。


 ベットからゆっくり立ち上がる。

 部屋をでてお風呂に逃げることにした。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る