第5話 戦場の女

 久しぶりの布団は魔物だった。私を飲み込んで離さない。ぐっすりと安眠していた。そこに耳障りな声。

 「オーイ! いつまで寝ている。早く起きろ!」

 (もう少しだけ・・・。後五分・・・)

 うるさいと布団に潜り込む。もっとぬくもりに包まれていたい。

 「ミツナーリ! 布団を剥がせ!」

 「ハッ!」

 その役人は大臣の命令を忠実に実行する。ためらいがない。

 「キャー、な、何?」

 布団を剥ぎ取られて、私は下着姿だった。

 慌てて、役人から布団を奪い返し、身体に纏った。

 「ち、ちょっといきなり何をするのよ!」

 「ワシがワザワザ起こしに来てやったというのに、いつまでも気持ちよさそうに寝ているお前が悪いんじゃ!」

 「そうですよ。謁見の時間に遅れたら、我々が王に怒られます」

 顔が真っ赤。二人に下着姿を見られた。恥ずかしい。私は生娘なのに・・・。

 (・・・そう言えば、そうだった)

 今日は王と会うことをスッカリ忘れていた。・・・恥ずかしいが、二人の見ている前で服を着た。私に人権などなかった。いつ殺されても仕方がない状況下ではそうするしかない。

 (・・・お、覚えてなさい!)


 二人に連れられて、王の間で床の上に座らされた。

 (ふーん、ここが王の間ね・・・)

 板の間の無駄に広い部屋。そんな印象。もっと豪華なものだと想像していた。大臣室があれだったのだから、余計にそう思えた。ここの王様は見栄を張らないことが見てとれる。

 大臣と役人の二人は壁際で座った。王が奥の部屋から現れる。

 その姿は威厳のオーラが見えるほど立派な男性。肉食恐竜のような眼光。私は草食動物のように怯えた。

 「・・・そんなに緊張することはないぞ! 気楽にしろ!」

 王様にそう言われても、ウサギのような私では無理。昨日は知らなかったから、言葉で打ち負かすなんて考えていたことは謝ります。ごめんなさい。


 「ところで、お前の所持品にこんな物があったが、これは何だ?」

 (あれは・・・)

 そこには私のタロットカードがあった。

 「それは、私の物です。返してください!」

 取り乱したように叫んだ。肉食恐竜の目の色がみるみると変わっていく。私は恐竜の怒りに触れた。

 「答えろ! これは何だ!」

 王様は質問に答えていなかったのが、腹立たしい様子だった。私はそれを取り返すことしか考えられない。

 「それは、占いの道具よ。早くそれを返して・・・」

 「・・・ほう。それで占いとは何だ!」

 「そのカードで近い将来のことを調べられるのよ。占いとはそのことよ」

 「・・・ならば、目の前でその『占い』とやらをやって見せよ!」

 王様は従者に命令。私の目の前にタロットカードが台座と共に置かれた。その時、慌てて王の間に入ってくる者がいた。

 「王様、報告致します。ウジザーネの大軍二万が攻めこんできました。次々と砦を落とされております」

 「おのれ! ウジザーネめ!」

 王様はどうするものかと考えていた。黙っていたが、ふと何かを思い出したように私の方を見た。

 「・・・面白い! 絶望的なワシの命運を占って見せよ!」

 「・・・いいわ! 見せてあげる。私の占いの力をとくとご覧あれ!」

 私にとっては、ここが戦場。王様の気分次第で、私の命は消える。最期になるかもしれない占いに、私はすべてをかける。普段はしないパフォーマンスをした。

 カードを宙に舞わせる。右手から左手へ。受け取りシャッフル。左手から右手へマジシャンさながらのパフォーマンス。本当はそんなことをしなくても、占いはできる。最期になるかもしれない占いが、私にそうさせた。王様も周りの部下達も言葉を失ない、黙ってそのカードの舞いを眺めていた。

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