第2話『お早う! 城東区鴫野』
大阪ガールズコレクション:2
『お早う! 城東区鴫野』
鴫野……………
読めます?
カモノと違います、シギノって読みます。
漢字で書いたら『鴫野』と『鴨野』。微妙なんで間違われても仕方ないんやけど、担任に間違われたら凹みます。
担任は堺の出身、ビミョーやけど、まあしゃあないか。
わたくし小林幸子と申します。
チョーベテランの演歌歌手と同じ名前なんですけど、あたしらの世代はたいてい知らん歌手やから、まあええんですけど。
中一の時に近所のサクちゃんの家で大晦日。紅白とか観てから初詣行こうということになってた。
そんで、紅白のオオトリで件の演歌歌手がスゴイ衣装で現れた。
サクちゃんのお母さんやらお婆ちゃんは喜んでたけど。子どもらはみんな「なにーこれ!!」やった。
「わ、幸ちゃんと同姓同名や!」
そして、サクちゃんも健介も健介のイトコもその友達もみんな笑いよった。かないません。
へえ、小林幸子と同姓同名なんや。
鴫野をカモノと読んだ担任が喜んだのは、さらに凹みました。
担任は歌手の小林幸子さんに偏見は無くて、笑ったりせえへんけど、それでも凹みます。
「行ってきまーす!」
元気に声かけて家を出る。
家の前はキャンパス地のアーケード。アーケードは20メートル置きくらいに開放されてて空が見える。
その四角い空が晴れてると元気になります。あいにくの曇り空。
乾物屋のお爺ちゃんが「お早う幸ちゃん」「お早うございます!」と元気に挨拶。
お爺ちゃんは高校に行くようになってから、あたしを尊敬の目ぇで見てくれます。
それは制服のお蔭。
あたしは天王寺区にある女子高。制服は90年間モデルチェンジしてないんで、お爺ちゃんは――あのお嬢さま学校か!――という数十年前の印象があるんで、尊敬してもらえる。なんせ、中学までは家族が呼ぶようにに「サチ」て呼ばれてた。
ほんの100メートルほどの商店街を抜けて右に曲がってJR鴫野駅。
当たり前やったら5分もかかれへん。
せやけど、あたしは7分かけます。
なんでか言うと、山本精肉店に寄るから。
山本精肉店はサクちゃんの家。
サクちゃんは一個下の中三で、お店の商品のお肉やらハムの新鮮さを宣伝してるような元気娘。
「お早う、いっつもごめんねえ」
一週間に一回くらいは謝るサクちゃん。
「あ……また?」
そう聞くと、サクちゃんは小さく頷く。おっちゃんおばちゃんは「「お早う」」と、いつでもレギュラーで返事してくれながら開店準備。
「健介お早う!」
勝手に二階に上がって襖越しに声だけ掛けます。
たいてい「おう」とか「ああ」とかの二音節の返事が返ってきます。
今日は返事なし。
「サクちゃん泣かしたらあかんぞ!」
寝返りの気配。まあええ。とりあえず生きとる。
健介は二学期から学校に行かへんようになった。
朝に一回だけ声かけていく。せやから、駅まで二分余計にかかる。
正月のことを思い出した。
「小林幸子いややったら、苗字変えたらええねん」
鳥居を出たとこで言われた。
「なに、それ?」
「山本幸子とか」
「え? ええ!?」
「わ、例えや例え! ああ、ナシや! いまのんナシや!」
あのときの「いまのんナシや!」もっかい言うくらいになれよなあ!
そんなん思てたら、いつもの電車に乗り遅れてしまいました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます