第13話 閑話 剣聖の憂鬱

 ほんと、最悪だ。


 そう思い、仮説テントの中で項垂れているのは、剣聖エレノア・ハート。


 南西に位置するハート皇国と呼ばれるの国第三皇女だ。


 訳あって、今は隣国フレア王国にて、親友であり、某教会の聖女にして、同じSランク冒険者兼親友でもあるルリと不正を働くギルドマスターをしょっぴく為に辺境の町『イルゼ』に来たのだが…………。


 とても厄介な事態に巻き込まれた。


 それは前ギルマスの悪事を暴き、王国の騎士達に引き渡した後、再びイルゼを訪れた時の事だ。


 聖女であるルリが、この町の近くにある【イノ魔の迷宮】にて、スタンピードが起こる事を神々から神託を受けた。


 その数は中型・大型を含め、ザッと5万。


 正直、気が重くなるような異様な数だ。


 結論から言えば、経験上、もうこの町は助からないと考えた方が良い。


 Sランク冒険者である私やルリは何度か、スタンピードを経験しているが、後に残るのはいつも、『悲惨』なんて言葉が軽々しく聞こえる程の最悪な結末だけ…………。


 ここに集められた冒険者の暗い姿を見れば一目瞭然だ。



 まず間違いなく、ここにいる冒険者の半数以上は死ぬ。



 私も祖国であるハート皇国の書庫で、スタンピードに関する資料を見たが、例え、皇国最強と謳われる『剣聖』である私が100人以上いた所で、対処など出来ない。


 スタンピードが何よりも、恐ろしいのは強さではなく、その異常とも言える魔物の数だ。


 圧倒的な魔物の波が一瞬で、人も町も飲み込んでいく。


 一度、経験したものなら、瞼に焼き付いたその絶望的な光景を忘れる事なんか出来はしない。



「ここが死に場所かな…………」


「あまりそういう事は言うべきではありませんよ」


 何となく呟いていたら、ルリがテントの入り口に立っていた。


 いつものように優しく微笑み掛けてはいるが、その笑顔には若干、陰りのようなものも感じる。


 きっと、ルリも理解しているのだろう。


 この戦いには希望すらない。


 こんな時、神託にあった“件の勇者"がいてくれたなら…………。


 なんて、剣聖である私には似合わない言葉だな…………。


 思わず、笑いたくなる。


 だが、そう思わずにはいられなかった。


 そういえば、あの男…………無事に避難出来たのかな?


 もうじき、神託のあった時刻にも関わらず、ふと、自身の剣を受け止めたあの青年の顔が脳裏を過った。


 あの時は物凄く苛立っていた事もあって、結構無理難題を押し付けたが、久々に楽しめる戦いではあった。


 結局のところ、負けてはしまったが、いつか成長した彼ともう一度手合わせしてみたいものだな…………。

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