第21話 宴
その夜は、ゼ・マン候の宴に呼ばれた。ヤンは実に5日ぶりの水浴びを行なって身を清め、食事の席へとついた。イルナスはすでに身を清めていたので、すでに座席でゼ・マン候と会食をしている。
宮殿料理が恋しいと思われたのか、並び立てられるのは天空宮殿で出されるものが多かった。他にはスヴァン領の名産である、薬膳をふんだんに入れて煮込んだ
まあ、頑張ったところかと、ヤンは一通りの料理を見て思う。下位領地なので、宮殿料理の質は高くない。それでも、必死に本などを読んで作った形跡が見られる。
やはり、皇子の歓待は大変そうだなと人ごとながらにヤンは思う。そんな中、召使いが持ってきた一皿に、ヤンの瞳が釘付けになった。
ヤンは心の中で狂踊した。
挨拶もそこそこで切りあげて、ヤンは優雅に
「や、ヤンはよく食べるな」
「イルナス皇子殿下もよく食べてください。当分は、こんな美味しいもの食べられなくなるんですから」
よく食べないと大きくなれませんよ、と言うとイルナスは頬をふっくらさせてムスッとした。可愛い。超、可愛い。そして、
「それにしても、ヤン殿はよく決断されましたな。こんな大役をその若さで任されることなど、非常に素晴らしい。そして、見事にやり遂げたのですから」
「いえ、そんな。イルナス皇子殿下がこの小さなお身体で決断されたのですから。私の決断などは非常に小さなものです」
「もちろんイルナス皇子殿下の素晴らしさは言葉にすることすら恐れ多い。このような過酷な体験をされる皇子など、過去にはいらっしゃいませんでした」
ゼ・マン候との上流トークもそこそこに盛り上がる。とにかく、貴族は上を立てるのが重要だ。ここでのトップはイルナス皇子なので、ゼ・マン候もヤンも、とにかくワッショイを欠かさない。
くだらない儀式のように思えるが、要するに意思確認だ。自分たちが擁立するのは、誰か。自分たちが仕えるのは誰か。意外にも回数を重ねるのは重要なのだ。
実際、ヤンはイルナスをそう思ってるし、もっともっとヨイショしたい。可愛がりたい。褒め称えたい。今までの貴族の会食は、完全にフリだけだったが、めちゃ楽しい。ずっと、イルナスを可愛がりたい、ヤンである。
「それで、いつからコシャ村へ住むおつもりですか?」
「えっ……明日ですが」
「あ、明日ですか。それは、随分と……」
ゼ・マン候は困ったような様子を見せる。恐らく、まだ準備ができていないのだろう。ヤンの見立てではイルナスは外聞にこだわる性質ではない。
しかし、それは2人が濃密な時間を共有して得られたことで、他の人には決してわからぬことだろう。
「住居が整っていなくても構いません。どちらにしろ、土地さえあればそこに住みますから」
「いえ……しかし、それではさすがに……」
「ゼ・マン候のお心遣いは非常にありがたいのですが、今の情勢でここにいることは非常に危険です。万が一、スヴァン領に隠れていることがバレれば、確実に最高捜査士が派遣されます。それだけは、避けたいのです」
その説明に加えて、ゼ・マン候の過度な気遣いも丁重にお断りした。恐らく、準貴族的な扱いを想定しているらしいが、甘い。
平民の村でそんなことをしていたら、確実に噂が広まってしまう。一刻も早く平民の生活に溶け込んで、イルナスという存在をこの世の中から消してしまう必要がある。
「徹底していますな。しかし、皇子殿下はどう思われますか?」
ゼ・マン候がヤンに向けた表情が少し曇り、イルナスの方へ笑顔を向ける。どうやら、全てを独断で決めてしまうと思われているようだ。
いかに側近であろうと、主の意見を聞かずにするのではないということが暗に含まれているのだろう。
「
「……なるほど。さすがは、ヤン殿ですな。素晴らしい」
ゼ・マン候は、今度ヤンに向かって満面の笑みを見せた。納得はできないが、納得せざるを得ないという表情をしている。
これはまずいな、とヤンは思った。そして、宴が終了した後にソッと童子に耳打ちをする。
「イルナス様、あまり私を頼るのはおやめください」
「えっ……」
明らかにショックを受けた顔、可愛い。お詫びに、今日は絶対に一緒に寝て、イルナスが就寝している中、ほっぺたをスリスリなでようとヤンは心に決めた。
……いや、しかしこんなことを妄想している場合じゃないと黒髪少女は表情を引き締め直す。
「誤解なされぬよう。あくまで表向きには、です。権力はなるべく散らさねばいけません。私ばかりの意見を尊重すれば、ゼ・マン候は私に権限があると穿ちます。次からは重要な事柄は私に相談するようになり、私の指示を聞くようになるでしょう」
「……なるほど」
「もしくは、ゼ・マン候は私を排除しようとされるでしょう。今はまだそこまでの感情にはなっていないようです。実際に、彼も私の存在が必要ですからね。明日は、小さな事柄でよいので、ゼ・マン候に意見を求めなさいませ。そうすれば、彼は自分の意見も尊重されるのだと安心されるでしょう」
「わかった」
イルナスは、コクリと頷いた。
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