第19話 約束


「……どうしてそれを?」


 ゲルググは表情を崩さずに尋ねる。ヘーゼンは、そんな彼を漆黒の瞳で見据えた。かなり動じるかと思っていたが、さすが元最高捜査士。感情を殺す術は心得ているのだろう。


「君と同じく、私も派閥が嫌いでね。なんとか奴らの弱みを見つけようと思って調査させたことがあるんだ」

スー。それ以上は、話さないでください。私が代わりに話しますから」


 ラスベルが二人の会話に割り込んだ。なぜ? とヘーゼンが問うと、『デリケートな話なので』と返答が返ってきた。神妙な面持ちで二人のやり取りを見ていたゲルググに、ラスベルはニッコリと笑顔を浮かべる。


「どうか、非礼をお許しください。スーは人の機微に聡くないもので。分析・陰謀・謀略・取引などは得意分野なのですが」

「わ、私は構いませんが、ラスベル様は大丈夫ですか? ヘーゼン大師ダオスーにそのような言い方をしても」

「大丈夫です。私は忌憚なき物言いが許されております。と言うか、スーは人望がないくせに異常なほどの能力至上主義者ですから。ヤンがいない今、私以外に仕えられる者がいないのです」

「……」


 そうなんだ、ぼっちなんだ。とゲルググは思った。ヘーゼンはそれを苦々しく聞いているが、どうやら間違いではないようだ。

 数年で大師ダオスーまで登りつめた男だ。紛れもなく優秀であることは知っていたが、それで派閥入りしていないのかとゲルググは納得する。


「それに私がこの件を調べましたので、スーよりも詳しいのです。あの事件は派閥の勢力図が大きく変わったことで、結構深くまで調査いたしました」

「……聞かせて頂きましょう」


 ラスベルは、静かに頷いて説明を始めた。当初対立していたのは、皇位継承権第一位のユルゲルと、第二位のベルクートル。そのユルゲルが殺されたので、当初容疑がかかったのがベルクートル。

 しかし、結果として真相は闇に葬られ、皇位継承権第一位の座にはベルクートルでなく、エヴィルダースが座ることとなった。


「誰もがこれを不可解だと思いました。当時、ベルクートルの勢力はユルゲルの派閥と肉薄していた。ライバル関係の一人が消えれば、当然ベルクートルが皇位継承権第一の座を射止めると」

「……ええ。なので、私はエヴィルダースを追っていました」


 ゲルググは自身の捜査状況を説明する。目撃者であるレナセ=ツァーリンは、異常なほど証言を怖がっていた。そして結局、生前の彼女から情報を聞き出すことができなかった。


「しかし、私が……と言うよりスーが見つけた事実はより複雑です。ユルゲルの死には不審な点が多く見られましたが、物証も魔証もなかった。だから、自殺で片付けられた」

「ええ。自殺はあり得ません……しかし、それらはすでにわかっています。失礼ながら、あなた方が私たち最高捜査班よりも情報を持っているとは考えにくいのですが」


 ゲルググから若干の不信が漏れる。確かにヘーゼンとラスベルがいかに優秀だとしても、現場で長年捜査に培っていた彼らには及ぶわけもない。それは、ラスベルにもわかる。


「ええ。もちろん。それに、私たちは捜査士ではありません。魔法使いです。だから、解決は魔法で行いました。ヘーゼン大師ダオスーは……死体となった者の証言を引き出すことができます」

「なん……だって……」


 ゲルググは耳を疑った。そんな魔法は大陸のどこにも聞いたことがない。いかなる魔杖も死者の声を聞くなどと言う馬鹿げた能力を持ってはいない。


「埋葬方法が生き埋めで助かりました」

「まさか……暴いたんですか?」


 ヘーゼンの言葉に、思わずゲルググは睨む。ラスベルは笑顔で、「スー、黙っててくださいと言いましたよね?」と笑顔でいい、「……すまん」と黒髪の魔法使いは引っ込んだ。


「誤解なさらぬように。死者は丁重に扱いましたし、その時は埋葬されてから数日も経っていませんでした。特に肉体にも触れずにかけることのできる魔法なので、凄惨な方法ではありません」


 スー一人ならともかく、私もいましたからとラスベルは笑顔を浮かべる。ホッと胸をなでおろしたゲルググは、再び感情を抑えて無表情を浮かべた。


「しかし……それならば、証拠にならないでしょう。ヘーゼン大師ダオスーの実力は伺っていますが、死者から情報を引き出す魔法など聞いたことがない。あなたたちの言葉を信頼するには足りません」

「そう言うと思いました。だから、レナセ=ツァーリンから入手したあなただけが知っている独自情報を教えようと思います」


 ラスベルはそう答えて、方筆で紙に文を書き、裏返しにして机に置いた。そこには、生前の彼女とゲルググだけが共有している情報があると言う。しかし、彼には見当もつかなかった。


「……10分ほど、私とスーは席を外しますので、ゆっくりと情報を吟味してください。その後に、これからの話をしましょう」


 そう言ってラスベルとヘーゼンは席を立って書斎へと向かった。ゲルググは、2人を見送っていたが、やがて方筆で書かれた紙を裏返しにした。書かれていたのは1行だけ。


『あなたとの指切り、守れなくなっちゃった……ごめんね』


 ゲルググは、黙ってその紙を見つめていた。








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