第34話 禁術

(チョルダスト君は無事村に入れたみたいだね)


 四天王の中でも随一の感知能力で自らが砲弾の如く送り込んだ男達の無事を確認したフラウダはそっと息を吐く。


「まぁ、払った代償はそれなりに大きかったけどね」


 ポタッ、ポタッ。と赤い滴が地面を叩いた。見ればフラウダの右腕は肘から先が消失していた。


「籠手を失ったのは痛かったかな。まったく、弱点をつくのが抜群に上手いね」


 師団長とその親衛隊を村に送り込む際にわずかに乱れた集中を突かれたフラウダ。銀色の獣に喰いちぎられた右腕が高速で再生していく。そんな中ーー


「GAAAA!!」


 そうはさせるかと獣が攻撃を仕掛けてきた。


大地アーススピア


 地面から突き出す無数のやり、それを白銀の獣は虹色の光を纏うことで全て無視する。


 己の攻撃をものともせずに直進してくる獣にフラウダはーー


「片腕の僕なら正面からでも勝てるって?」


 不敵な笑みを浮かべると獣の恐るべき攻撃を体術だけでヒラリヒラリと躱して見せた。闘牛士を思わせるその華麗な動きに時間を奪われた獣の体から虹色の輝きが消える。


「じゃあ次は僕の番だね。『鮮血レッド抱擁ハグ』」


 フラウダの身体中から生えた茨が白銀の獣を捕らえる。獣は絡みつく植物を振り払おうと暴れるが、フラウダの体のみならず地面からも襲いかかる無数の茨は銀の毛皮へと深く喰い込み、瞬く間に獣は鋭い刺を持つ緑の檻へと閉じ込められた。


「食せ命の糧『食生花』」


 獣を閉じ込めた檻の近くから二つの巨大な花が飛び出る。花はまるで牙持つ獣の口の如く花弁を広げると、そのまま緑の檻へと食らいついた。


「クォオオオオオオオン!!」


 死という奈落へ叩き落とされるのを感じたのか、今までで最大の咆哮が植物の下から発せられる。断末魔と言うにはあまりにも戦意に満ち満ちたその声に反応して、山脈の至るところから獣達の声が山彦の如く返ってくる。


「これは……いよいよ総力戦かな。出来ればこうなる前に決めて置きたかったけど仕方ないか」


 数多の戦場を戦い抜いてきた四天王は獣の意図をすぐ様理解すると同時に、後ろに跳躍。フラウダが直前まで立っていた大地からモグラに似た幻獣が飛び出してきた。


「僕にだけ獣を集中……なんてこっちにとって都合の良いことはしないよね」


 体からはやした茨を振ってモグラ幻獣の首を斬り飛ばしながらも、フラウダは王の命令の下、一定の秩序だった行動をしていた獣達が後先考えない特攻に出たのを感じ取っていた。そしてそれは遠く離れた村でも同じだった。


(温存勢力の全投入。僕が白銀の獣を倒すまでもつ? いや……駄目か。獣の侵入を完全には防げない。村を守って貰うどころかこのままだとネココやチョルダスト君達も生き延びるのが難しい。…… これは覚悟を決める必要があるね)


 次々と襲いかかってくる獣の群れは最早弾幕の如き密度。仲間の助力で植物の攻撃から脱出を果たした白銀の獣は、今までの猛攻が嘘のように、他の獣の影に隠れている。


(グラシデアは……こっちを手伝うどころじゃないか。というよりも、ここままだとまずいな)


 フラウダは後先考えない突撃で互いに潰し合いながらも一瞬故に強力なその爆弾のような攻撃の前に力尽きようとしている仲間の存在を感知した。


『満たせ生命の先駆者。大地という玉座にて命の色をかざす者達よ』


 だからこそフラウダは謳う。最大最強の一撃を行う為のその祝詞うたを。


『死の前に生はなく。命なくして死もまたなし。星の隷属者にして支配者。汝、純粋にして残酷なる狩人よ』


 今までで最大の高まりを見せる緑の魔力。それに呼応するかのように山脈の大地から緑の粒子が水泡のように立ち昇る。


『輝きを求めて永遠に届かぬ空へと手を伸ばせ』


 そして今、支配者が己に備わった権能の全てを解き放つ。


生命賛歌フラワーワールド


 そうして山脈の大地に大小様々な形の色鮮やかな植物が発生する。花々が猛毒を含む花粉を飛ばし、鋭い刺を生やした巨大な植物が獣を丸呑み。茨や蔓は鞭や剣となって生けとし生ける者を両断していく。


 それはまるで大地の捕食。足元に決してなくてはならぬ大地ものからの攻撃に獣達はなす術もなく生き絶えて行った。


(白銀の獣は? ……やっぱりそうきたか)


 フラウダの知覚は部下には特攻を命じながらも自分だけは猛スピードで強力無比な魔術を発動させたフラウダから距離を取る獣の存在を感知する。


(ここで仕留めないとヤバイけど……ダメだ。時間が掛かりすぎる。一先ず村の方を優先しよう)


 三つの村に殺到していた獣達をその恐るべき権能を持って瞬く間に排除していくフラウダ。だが只人から見れば無限にも思える四天王の魔力も、この強力無比な魔術の使用によって一気に消耗していく。


(僕の魔力が尽きる前に村の獣を掃討して、周囲の獣を排除……の前にグラシデアを救出。それから白銀の獣を狩る。……できるかな?)


 大地の支配者。そう呼ばれる由縁を存分に発揮するフラウダの全身から滝のような汗が流れ落ちていく。やがて遠く離れた村を攻めていた獣の殆どを掃討することに成功する。


(まだ結構いるけどこれ以上は時間を掛けられない。後は頼んだよ)


 村で戦う者達に残りを任せ、次にフラウダが意識を向けるのはこの山脈で白銀の獣に次いで最も強力な獣達の相手を単独でした結果、ボロ雑巾のように成り果てていた吸血鬼の保護。支配者の命令で攻撃力を高めた植物達がフラウダやグラシデアに殺到していた獣達を瞬殺していく。そして自身の植物ちからでグラシデアの傷付いた体を包み込んだところでーー


「ぐっ!? ハァハァ……こ、この感じ、久しぶりだね」


 魔力が尽きた四天王の四肢が地面を舐めた。それに合わせて大地から湧き出していた緑の粒子がその流出を止めて、山脈を覆っていた植物達がその極一部を残して、消えゆく粒子かがやきに混じって消滅する。同時にーー


「まぁ、そう来るよね」


 どこか達観したように呟くフラウダは、部下の死に見向きもせずに逃走していた獣が猛スピードでこちらに引き返してくるのを感じていた。


 魔力の尽きた四天王と、多少のダメージはあるもののまだまだ余力を残している白銀の獣。勝敗はここに決したのだ。


「はぁ、こういう時に身に染みる仲間の大切さ。でも勝負の勝ち負けに関わらず、あの子達の故郷となる場所は壊させないよ」


 ふらつく体を起こすフラウダ。その瞳は魔力を使い果たしてなお、強い生命の輝きに溢れていた。


(これを使うことになるとはね。魔力はもうスッカラカンだし、生命力を使うしかないか)


 禁術。使用者、あるいはその周囲に致命的な被害をもたらすことからそう呼ばる魔術がある。フラウダの禁術は己自身を植物に変えることで攻撃力を何十倍にも高めるというものであるが、一歩間違えれば完全に植物に成り果ててしまうという危険性があった。故にそれは普段であっても使用を躊躇する切り札。ましてや魔力が底をついている状態で生命力を媒介に発動させれば、如何に四天王といえどもまず間違いなく植物に成り果ててしまうだろう。


「君が何なのか結局よく分かんなかったけど、まだ小さなあの子達に君の相手をさせるわけにはいかないんだよ。僕と一緒に二十年、いや三十年はこの地に眠ってもらうよ」


 フラウダは遠く離れた場所から風のような速度で迫る獣へと呟いた。


(軍にいた時にあれだけ死地を掻い潜ってきたのに、まさか軍を抜けた途端に終わりがやってくるなんて。でも、まぁ……)


 自嘲するフラウダの脳裏に自分をママと慕う無邪気な笑みと、己の才能と幼さの狭間で揺れる可愛らしい顔が思い浮かんだ。


「案外、悪くないね」


 そうして魔族にその名を轟かせた支配者は最後の一花を咲かせるべく、残りの力を振り絞る。


「行くよ、最後の勝負だ。禁術ーー」

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