第33話 村の現状

「これは予想以上にピンチな展開ニャ」


 辺境の村、人間領側。村を囲む緑の植物シェルターを自爆も辞さない猛獣達が文字通り命がけで食い破るが、四天王の魔力を絶えず供給されている植物は瞬く間に損傷箇所を修復して獣の出入りを封じる。


(おかけで最悪の事態を瀬戸際で回避出来てるけど、それも時間の問題ニャ)


 ネココは開いた穴から侵入する獣を片っ端から倒していくが、どれだけ倒しても獣は次々と侵入してきて、手が回らなくなるのは明らかに時間の問題だった。


(グラシデアの親衛隊は魔族領側、夫は中央の共存村。人間領側の戦力に偏りが出てるニャ)


 本来であれば中央に位置する共存村には機動力と戦闘能力に長けるグラシデアとその親衛隊隊長であるユキエが交代で常駐することになっているのだが、グラシデアが一時的に村を開けることになったので、魔族領側の村にユキエが付き、共存村には刀次郎を配置すると同時に人間領側の子供と幾人かの大人を移動させた。故に現在人間領側には人間の大人と老人しかおらず、人間を守ることに興味のないネココは他の二つの村を守ることに注力して、この村を捨てようか真剣に悩んだのだがーー


(まったく、類は友を呼ぶと言うけれど、困ったちびっ子ニャ)


 ネココが背にしている建物には村の人間が何人か隠れているが、その中には現在クローナとニナの友人である山里奈花子もいた。本来共存村にいるべき少女が何故こちらの村に戻ってきているのかは如何に魔王軍屈指のアサシンといえども想像するしかないが、ただ一つ確かなのは、ここであの少女が獣の牙に掛かれば二魔の幼子は酷く悲しむということ。そしてその悲しみは自分達の主人の悲しみでもあるということだ。


(まさか幻獣が群れをなして襲ってくるなんて考えもしなかったニャ。いくら私達でもこの数の幻獣を掻い潜ってフラウダ様のところに行くのは至難ニャ。だかこそ……)


「ここは絶対に死守するニャ」


 手に持ったクナイをネココが一振りすれば、それは大きな黒い剣となった。


「ガァアアア!!」


 全長五メートル。ライオンによく似た頭部に蛇の尻尾を持つ幻獣がネココへと襲い掛かる。


 ドスッ! と、いう音と共に幻獣の背に幾つものクナイが突き刺さり、次の瞬間にそれらが爆発。獣の肉を大きく抉った。そしてーー


「ふっ!」


 鋭い呼気と共にネココの持つ黒い剣が獣の頭部を切り飛ばした。


「周囲の状況はどうニャ?」


 刀身の血を一振りで払うネココ。その周りにクナイを獣に投げつけた三魔の獣人が降り立つ。


「段々獣の侵入してくる間隔が早くなってるニャ。フラウダ様の結界自体は最初と変わらない強度を維持しているから、獣の数と質がどんどん上がっているニャ」

「この村の兵士達の様子はどうニャ?」

「奮闘はしているけど、実力的にあまり期待は出来なさそうなのよニャ。私たちがフォローしてるから犠牲者はまだ少数だけれども、私達の体力にも限りがあるのよニャ。……正直、守り切るのは難しいわよニャ」


 自らの決意を一笑するかのような現実を前に、しかし闇に生きてきたアサシンは心音どころか呼吸一つ乱しはしない。


「今から一魔は山里奈花子の側に張り付いて体力を温存するニャ。それでもしも私達三魔が死んだら対象を連れて共存村へ逃げ延びるニャ」

「「「了解ニャ」」」


 自らと仲間の死を視野に入れたリーダーの命令に僅かな躊躇もなく頷く三魔。そんなアサシン達が動こうとした時ーー


「なんニャ?」


 緑のシェルターが一瞬だけ開いて中に何かを招き入れた。空を駆けるそれが落下するポイントへと獣人達は音もなく移動する。


「ぐうう。おのれ、フラウダ様め。軍を抜けても魔族使いの荒い」

「いや、だったら断ればよかったじゃないですか」

「そうっすよ。なんで人間なんか守んなきゃいけないんですか。あいつらが何匹死のうがどうでも良くないですか?」

「いや、それ以前にフラウダ様は俺たちの尻、略して俺尻の仇だぞ。手を貸すとかまじあり得ん」

「いちいち略すな。それにあれはあれでその……中々の体験だったと思わないか?」

「「「え? ないわ~」」」

「「「分かるわ~」」」


 仲間の意見に相反する答えを返した男達は互いに理解できないモノを見るかのような視線を向けた。


「やかましい! ちゃんとくる前に意思確認しただろうが! ついて来ておいて今更文句を言うんじゃない」 


 長身で大剣を背負った男が部下達を怒鳴りつける。そんな完全武装した十人程の集団にネココが意外そうな顔をする。


「チョルダストニャ?」

「む? ……なるほど、ネココか。やはり貴様らはフラウダ様と共に行動していたか」

「一緒にと言うか、立場的には軍に連れ戻したいと思っているニャ……じゃなくて、どうしてここに来たニャ?」

「先ほどキャンプ場所にフラウダ様から連絡があったのだ。幻獣を操る獣と戦闘中なので、この村にいる人間共を助けてやってほしいとな」

「それで蔓に包まれてここまで飛ばされたのかニャ?」


 地面には球状に編まれた蔓が転がっていた。大人が余裕で入れる大きさのそれを一瞥すると、チョルダスト師団長は顔をしかめた。


「フラウダ様にぶつける怒りがまた一つ増えたところだ」

「なんだお前、まだフラウダ様に掘られた事を根に持っているのかニャ?」


 呆れたような顔で鼻を鳴らすネココ。その言葉に部下達が食いついた。


「「「掘られた?」」」

「部下のくせに知らないのかニャ? こいつがフラウダ様になんちゃって敵意を向けるのは、昔男のフラウダ様に抱かれた時のトラウマが原因ニャ」

「「「「えええええ!?」」」」


 と、精悍な男達の大合唱が緑のシェルターに囲まれた村に響いた。


「いやいや、ちょっと待ってくださいよ。ボスがフラウダ様を良く思ってないのって、奥さんとの関係や子供とかが原因なんじゃないんですか?」

「デアとの関係なら全員納得済みだったニャ。と言うか、フラウダ様とデアの関係で一番得したのはこいつニャ。こいつはフラウダ様のお優しい気持ちにつけ込んで、奥さん共々フラウダ様の柔肌をその毒牙にーー」

「うぉおおおお!? 貴様、何故そのことを? と言うか誤解を招くような言い回しをするでない。あれは全員で話し合った上での関係であって、決してやましいものではないのだ!」

「ものは言いようにゃ」


 師団長へと四魔の獣人が軽蔑の半目しせんを向ける。


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。じゃあなんですか? うちのボスは自分よりも強くて誰もが振り返るような美女二魔に対して、男の妄想全開で、好き放題ランウェイってことですか?」

「何言ってるのかよく分かんないけど、まぁ多分、概ねそんな感じニャ」

「うぉおおおお!! クソ! クソ! 俺はなんて馬鹿なんだ! こんなハーレム野郎に同情してたなんて」

「クソ羨ましいぃいいい!! 俺たちなんて植物相手に尻を開発されてるのに、なんだってこいつだけ」

「俺たちの同情と尻の貞操を返しやがれ!」

「俺達がボスの過去を話してる時涼しい顔してるからおかしいとは思ったんだよな」

「一本筋の通った魔族だと思ってたのに、ボスも所詮男ですね」

「喧しいわ!! 俺の過去を勝手に噂して勝手に同情してたのはお前達だろうが。グダグダ言ってないで早いところーー」


 そこで全員の顔つきが一変する。


「どうやらまた獣が侵入してきたようニャ」

「ネココ。保護対象のところまで連れて行け。俺の隊が獣共を正面から食い止める。貴様の隊は好きに動け」


 元々正面きっての戦闘よりも死角からの暗殺こうげきを得意とするアサシンは、護衛くさりから解き放たれる喜びに暗い笑みを浮かべた。


 チョルダストが背中の大剣を抜き放ち、地面へと突き立てる。


「今から我らは魔族を牽引せし偉大なる四天王の命により死地へと赴く。命が惜しい者は咎めはせん、名乗り出よ」


 全員が微動だにしなかった。


「では行くぞ。疾く行くぞ。この命、我らが魔の繁栄の為に」

「「「我らが魔の繁栄の為に」」」


 そうして終わりの見えない獣との戦いが再開された。

 

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