第29話 目覚めし獣
それは己が生まれた理由を完全に理解していた。
超高濃度の魔力と霊力を母体に、様々な幻獣の部位、数多くの禁術、そして人類に与えられた無二の武器である天授兵器を餌として育ったそれは、生まれながらに己こそがこの世界の
(餌だ。餌が居る)
獣の優れた感覚はすぐ近くに
(喰いたい! 喰いたいぞ!)
その想いは日々強くなる。近くにいる
(早く、早く)
故に獣は待った。約束の日を。己を封じる戒めが解き放たれる時を。待って、待って、そしてその日は唐突に訪れた。
(ついに、ついに)
「GAAAAAAAAAAA」
歓喜の咆哮が木霊する。さぁ狩りの始まりだ。まずはわずかな距離を隔てた先にある獲物共の住処を襲ってやろう。そこにいる全ての命を残さず平らげてやろう。
獣は秘めに秘めた殺意を胸に己を封じ続けていたちっぽけな
(餌ではないのが近くにいる)
それはまるで一つの森が動いているかのような巨大さ。この世の全てを喰らい尽くすべく生を受けた獣であっても容易くは喰えぬ、それはまさに規格外。
(引くか)
獣は獣であるが故にその可能性を一瞬だけ考慮し、しかしすぐに考えを改める。そう、己だけで勝てないなら方法を変えるまでのこと。
「GAAAAAAAAAAA」
そして獣は……獣達の王はもう一度吠える。全ての眷属を使い潰してでも己の腹を満たす。それが己にとっての全てだから、それだけが生まれた意味なのだから。
「うわっ、なんかまた吠えてるし」
魔族の優れた視力をもってしても白い建物が豆粒に見えるまでに距離を取ったフラウダがどこか呆れたように呟いた。
「フラウダ先輩、あれは……あそこにいたのは一体」
問うグラシデアの顔色は蒼白で、その呼吸もやや荒い。
「僕にも分からない。生き物のような、そうではないような、とにかく今まで感じたことのない異質な何かだったね」
ゴクリ、と吸血鬼の喉が鳴る。
「そ、それでこれからどうするのだ?」
「そうだね。あまりにも得体が知れないから一先ず距離を取ったんだけど……失敗だったかな?」
「何? それはどういうーー」
バキッ! と吸血鬼が足場にしていた太い木の枝、それが剛腕によってへし折られた。会話の最中、突然グラシデアに猿によく似た巨大な幻獣が襲い掛かったのだ。
「何じゃ? お前は」
振るわれる二対の刃。霧となって敵の攻撃を回避したグラシデアは危うげなくその幻獣を倒した。だがーー
「なっ!? これは?」
グラシデアが周囲を見渡せば、目につくだけで三十を超える幻獣が二魔に対して強い殺気を放っていた。
「我の強い幻獣が同種でもないのに群れをなすだと? こんな時に何故こんな異常事態が……いや、まさか?」
「そうだね。十中八九、さっきの咆哮と無関係じゃないだろうね。近付いたのがいけなかったのか、たんにタイミングの問題なのか、とにかく早くも僕達を敵とみなしたようだね」
「いや、そんなことよりも幻獣を操るだと? もしも本当にそんな力があるのならば……」
「うん。どうやら僕達もこの獣を敵とみなす必要があるみたいだ」
フラウダの体を緑の魔力が覆う。
「グラシデア、今からーー」
「ガァアアア!!」
フラウダとグラシデアを取り囲んでいた幻獣たちが一斉に襲いかかった。四方八方から迫るその凶手達に吸血鬼の表情が険しくなり、そしてーー
「うるさい。少し黙っていてくれないかな?」
色鮮やかな花々が咲き誇る。木や地面、至る所に咲いたその巨大な花はまるで肉食獣のように二魔の周りにいた幻獣をその
獣達の殺気で満ちた空間に、一瞬で静寂が戻ってくる。
「いいかいグラシデア、今出てきた獣をちょっと観察してみたけど、どうやら僕の方が強いみたいだ。だから今すぐこの獣を排除するけど、グラシデアはそのサポートをお願い。主な戦闘は僕がやるからグラシデアは獣を逃さない事に注力して。もちろん殺れそうなら殺っていいよ。……ん? どうかした?」
「いや、やはりフラウダ先輩はこうでなくてはな」
一体一体が並の幻獣を大きく上回る力を持つ獣達をまるで虫でも潰すかのように一蹴する。かつて出世に燃える自分を容易く打ち破った時のように。
大地の支配者。
そう呼ばれ、今も自分を魅了してやまない存在を、グラシデアは熱っぽい視線で見つめた。
「グラシデア?」
「い、いや。何でもない。サポートじゃな? 了解だ。妾としてもあの獣を逃す気はない。ここで片付けるぞ」
「そうだね、急ごう。正面から戦えば負ける事はないと思うけど、展開次第じゃ厄介なことになりかねない」
「? それはどういうーー」
「行くよ!」
「あっ!? りょ、了解じゃ!」
そうして元四天王は常人には視認することも不可能な速さで山脈を移動する。
「GAAAAAAAAAAA」
解き放たれた獣もまた尋常ならざる殺気をもって、そんなフラウダを迎え撃つ。
「恨みはないけど、その力に殺気。僕の家族の為にも君には消えてもらうよ」
そうして魔族最強の一角とこの世界の全てを喰らうべく生まれ落ちた獣との戦いが始まったのだった。
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