第20話 自己紹介
(し、四天王!?)
村の中で一番大きな屋敷に通され、目の前に豪勢な食事が運ばれてきても、クローナの視線は隣に座るフラウダに釘付けだった。
(四天王といえば魔王に次ぐ実力者で、一説によればここ百年魔王軍を直接指揮していたのは魔王ではなく彼ら四魔という話もある)
クローナ達がいた実験施設には魔族について書かれた書物が幾つもあり、強力な魔族や長く生きた存在が記された本には必ず四天王の名前が載っていた。
(大地の支配者。かつて不敗を誇ったラザリウスの軍隊を僅か数百の兵で撃破し、魔族を終わらせる兵器と謳われた帝国最高の天授兵器を単独撃破した魔王軍最高幹部。れ、歴史上の人物が隣に)
元四天王は挙動不審な娘を見て首を傾げる。
「どうしたの? ひょっとしてトイレ? 一魔で不安なら僕もついて行くよ。あっ、ニア、食べるのはもうちょっとだけ我慢してね」
「どうして?」
「この食事を準備してくれたママのお友達がもう直ぐ来るから、頂きますは皆そろってからね」
ニアはよく分からないと言った顔で首を傾げると、箸を置いて正座しているフラウダに抱きついた。
「いい子だね。あっ、トイレだっけ?」
「い、いえ。トイレではないです」
「そうなの? 体調が悪い……とかじゃないよね。なにか気になる事でもあった?」
「えっと、あの、魔族を終わらせる兵器ってどんなのでした?」
「…………は? エクスマキナのこと? また随分懐かしい話を。というか当然どうしたの?」
「あっ、いえ、その……な、なんでもないです」
娯楽のない施設では歴史の教科書がクローナにとって最高の
我を忘れて興奮のままに言葉を吐いたことを恥じるかのように、クローナは顔を真っ赤に俯いた。
「あれはまさに天災と呼ぶべき兵器だったぞ」
襖を部下に開けさせて入ってきたのは、ドレスから着物へと着替えた吸血鬼グラシデア。その横にはグラシデアによく似た幼い娘と人間年齢で三十から四十あたりの男が立っていた。
「その二人は?」
フラウダの疑問に人間の男ーー刀次郎が一歩前へと出て頭を下げた。
「初めましてフラウダさん。私の名前は森宮刀次郎。こちらにいるグラシデアの夫です」
「ほえ?」
フラウダが赤い瞳を不思議そうに瞬けば、グラシデアの顔に得意げな笑みが浮かんだ。
「そしてこちらが妾の娘だ」
母親に背中を押されて小さな吸血鬼が前へと出る。
「娘のエレミアです。フラウダ様のご高名はかねがね承っております。この度は拝謁の栄に浴する機会を賜り、誠にありがとうございます」
フラウダの視線が吸血鬼親子の間を何度か彷徨った。
「……え? 親子?」
「そうじゃ、凄いじゃろ」
「いや、普通にビックリしたよ。それにしてもしっかりした子だね。幾つなの?」
「はい、フラウダ様。今年で十になりました」
「へー。僕の娘と四つ違いか。ほら、クローナ、ニア、君達もご挨拶して」
フラウダの言葉に母親の膝を枕にしていたニアが不思議そうに目を瞬く。一方その姉は音もなく立ち上がると折り目正しく頭を下げた。
「クローナです。この度は温かな歓迎ありがとうございます。それと暫くの間、母と妹共々お世話になりますので、よろしくお願い致します」
「おおっ、フラウダ先輩の娘とは思えんほどにしっかりした娘だの。それにしてもこれで六つか。エレミア、お主の良い友になるかもしれんの」
グラシデアの言葉に幼い黒と赤の視線が重なった。
「ほら、次はニアの番だよ」
寝っ転がっていたところを母親に抱き起こされたニア。全員の視線が自分に集中するのを見て、小さな娘は慌てて母親の背中に隠れた。
「あらら」
と、苦笑するフラウダ。
「何をしてるのニア、名前を言うだけよ。ちゃんとやらなきゃダメでしょ」
姉の言葉で母親の背中から小さな顔が恐る恐る覗いた。
「ニ、ニアです。あの、えっと……」
そこまでが限界だったのか、幼い相貌が再び母親の背中へと隠れる。
「まっ、そんな訳で妹の方はお姉ちゃんに比べてちょっぴりシャイなんだけど、良かったら仲良くしてあげてね」
「勿論です、フラウダ様。クローナ、ニア。よければ後で一緒に村を歩きませんこと? いろいろ案内しますわよ」
「そうですね。お願いします」
笑顔でクローナが応じる中、ニアは母親の背中に隠れたまま、年上の幼い吸血鬼をジーと見つめている。
「ふむ。では自己紹介も済んだことだし、そろそろ食事に……と言いたいところではあるが、フラウダ先輩、ネココの奴はどこじゃ?」
「ああ、ネココは部屋で食事とるからいらないってさ。というか多分一カ月くらいはここのご飯には手を出さないだろうけど、気を悪くしないでね」
「いや、あ奴の役割を考えれば当然のこと。それよりもフラウダ先輩、出来れば食事の後で少し時間を頂きたいのだが」
「いいよ。僕も話があったし、久々に語り合おうよ」
「い、言っておくが真面目な話だぞ?」
「分かってるよ。まぁ僕としてはどんな話でも歓迎だけどね」
フラウダの返事を聞いて吸血鬼の頰が一瞬だけ赤く染まるが、それは誰に目撃されることもなくすぐに消えた。
「よ、よし。それでは食事にしようぞ」
「ほら、ニア。いつまで隠れてるんだい? もう食べていいよ」
そんな風に辺境の村での最初の一日は穏やかに過ぎていった。
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