第19話 身分

「あの、本当に大丈夫なんですか?」


 門の前で辺境の魔族を束ねる代表がやってくるのを何魔もの魔族に囲まれて待っていると、クローナがフラウダにそんなことを聞いた。


「ん? 何が?」

「いえ、軍団長といえば魔王軍でもかなり位の高い魔族のはずです。仕方のないこととはいえ、いきなり来て呼び出すのは拙いのでは」


 そこいらの大人であればたとえ兵士であっても勝つ自信があるクローナではあるが、さすがに魔族の中でも上から数えた方が早い強者に敵うと思うほど自惚れてはいなかった。


「大丈夫だよ。こう見えて僕結構顔が広いから、軍団長となら話し合いで上手くやれる……はず」

「そう……ですか?」


 最後に言葉を濁したのが少しだけ引っかかったが、森の中で見せた信じられない魔力を思い出すことで、クローナは自分の中の不安を抑え込んだ。


(あれだけ強いんだし、軍団長が相手でも簡単に負けないはず。……いや、ひょっとしてこの魔族も軍団長?)


 ふと沸いた考えは案外的を射てるのではとクローナは思った。


「それにしても若い子が結構いるね」


 フラウダが警戒の為自分達を遠巻きに観察している魔族を眺めながらポツリと呟いた。


「記録ではここに魔王軍が派遣されたのは百年以上前ニャ。若い世代が育ってても不思議は無いニャ」

「百年って流石に長いね。派遣された部隊は? 当時から軍団長なら流石にまったく知らないと言うことはないと思うんだけど」

「それが誰が派遣されたかはまったく記憶に残ってないニャ。辺境に軍団長がいることもさっき知ったくらいニャ。まぁ、百年近く公の場に顔を見せてない軍団長なら数えるほどしかいなから予想はつくけどニャ。逆にフラウダ様は思いつかないニャ?」

「え? ……あっ、まさか!?」


 フラウダが声を上げるのと同時、突然周囲に霧が満ちた。


「何?」


 警戒に体を強張らせるクローナ。それとは逆にフラウダの顔に花のような笑みが浮かんだ。


「驚いた。秘密の任務地ってここだったんだね」

「フラウダ先輩! 会いたかったぞ!!」


 霧が空中で一点に集まりそれがパッと黒いドレスを纏った女の姿へと変わる。女は重力に引かれるままフラウダの胸の中に飛び込んでーー


「おっと」

「ぶっ!? フ、フラウダ先輩? 再開のハグを避けるとはつれないではないか?」


 地面に四肢をついた吸血鬼が涙目で元四天王を見上げる。


「いや、そんなこと言われてもね。子供がいるから仕方ないでしょ」


 フラウダが片腕で抱っこしているニアをアピールしてみせれば、幼子と吸血鬼の目があった。


「む? その子供はどうしたのだ?」

「僕の子供だよ」

「なるほど。フラウダ先輩の……フラウダ、先輩、NOOOOOッ!?」

「もう、大声出さないでよ。ニアがびっくりするだろう」

「あっ、す、すまぬ。妾としたことが」

「ねぇ、ママ。この人誰?」

「ママの友達さ。あと人じゃなくて吸血鬼ね」


 フラウダの訂正にニアは不思議そうに首を傾げた。


「ごめんね。でも見ての通り幼いから悪気はないんだ。許してあげてよ」

「許すも何も、そんなことで誇り高き妾は怒らぬ」

「あれ? でも確かグラシデアって、根絶派だったよね。それも結構過激な方の」

「そ、それは昔の話だ。今では、その……」


 そこでためらうように言葉を切る吸血鬼。迷うように深紅の瞳が宙を泳ぐがーー


「ん?」


 と、フラウダが優しい微笑みと共に首を傾げれば、グラシデアは意を決したように口を開いた。


「妾は今、共存派に属する考えを持ち、それに基づいて行動しておる。フラウダ様なら既にお気づきであろうが、妾が統括する村にも多くの人間が住んでおる。そして妾はこの者達を守りたいと考えておるのだ」


 魔王軍の頂点、その一魔に対してあまりにも堂々と発せられた背信行為に、隣で話を聞いていたネココのこめかみに青筋が浮かんだ。


「なっ!? こ、こいつ……」

「グ、グラシデア様、お下がりください!」


 アサシンが放つアサシンらしからぬ強烈な殺気に、黙って成り行きを見守っていた吸血鬼の部下達が主を守るべく前へと出る。


「下がれ! この方に刃を向けることは妾が許さぬぞ」

「し、しかしグラシデア様。その者達を生かして帰しては我等はもとよりグラシデア様のお立場がーー」

「たわけ! このお方を誰と心得る。魔王軍最高幹部四天王にして、大地の支配者と謳われるフラウダ•ウルネリア様だぞ」

「………………え?」

「我等が敵うお方ではない。武器を引けい」

「ひけい」


 娘の真似をして吸血鬼の言葉尻を繰り返して胸を張るフラウダ。自分達を束ねるリーダーの言葉と花のような笑みを浮かべる魔族がもたらす印象にあまりにもギャップがありすぎて、元より事情を知る者以外に時が止まったような静寂が訪れた。


 やがて誰となく呟いた。


「し、四天王?」


 それは多種多様な強者がひしめく魔族の世界において一つの頂点にして伝説。魔王おうが王であるが故に気軽に戦場に赴けないのに対して、四天王は様々な戦場をその力で君臨し、存分に己の力量を示してきた。必然その人気は凄まじく一部では魔王ではなく四天王に忠誠を誓っていると主張する魔族もいるほどだ。


 生ける伝説。そして単機で戦況を変えうる魔王軍最大の切り札。


 四天王。その絶対的なカリスマを前にようやくグラシデアの言葉を理解できた全ての魔族がその場に跪く。


「「「「も、申し訳ありませんでした」」」」


 殺気立った魔族が一転して頭を垂れる。そんな光景に幼い天才が呆気に取られていると、その母親は微笑みを浮かべたままーー


「それじゃあ早速で悪いけど、ご飯の用意をお願いね。あと住む場所の手配も。勿論、なるべくいい所で頼むよ」


 図々しいとも取れる言葉を発した。無論、否定の言葉は返っては来なかった。

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