第5話 怒りに燃える者

「ついに、ついにこの時が来たか」


 人間領に程近い魔王軍の関所で、魔王軍第六師団長チョルダストは怒りに燃えていた。


「長かった。ついに、ついに奴めに一矢報いる時がきた。ふっふっふ。見てろよフラウダ様! 積年の恨み、今こそ腹してくれるわ」


 チョルダストが持っていた手配書がクシャリと音を立てて小さくなる。彼の背後では師団長を補佐する親衛隊が精悍なその顔を見合わせていた。


「おい、フラウダ様が軍を離反したって本当か?」

「シッ! それを口にするな。一部の者にしか知らされていない極秘事項だぞ」

「極秘事項って堂々と手配書が回ってるが?」

「フラウダ様の顔は一般には出回ってないんだよ。フラウダ様のことを知ってる者には箝口令が、それ以外の者には闇組の凄腕が抜けたことになってる」

「ああ、闇組には名の知れていない強い奴が沢山いるからな」


 部下達が雑談するその横でチョルダストが拳を握りしめる。


「フラウダ様、いや、フラウダ! 貴様にはこの私が引導を渡してやろう」

「なぁ、なんでうちのボスはフラウダ様を目の敵にしてるんだ?」

「お前知らないのか? フラウダ様とチョルダスト様の奥様であるデア様の関係」

「は? えっ!? いや、フラウダ様って女だろ?」

「そっちも知らないのか? あの方に決まった性別はないんだぜ。相手に合わせたり、気分だったりでころころ変えてるぜ」

「マジか? うわっ、なんかショック」

「そうか? 俺はアリだな。普段友人のように付き合えて、必要な時だけ女ってかなり良くない?」

「おおっ、確かに」

「いや~、その考え方俺には無理だわ。付いてると思うだけで萎える」

「そんなことよりも話を戻せよ。つまりボスはフラウダ様に奥さんを寝取られたってことか?」

「あれ? その割にはボスと奥さんかなり仲良いよな」


 時折家にお呼ばれする部下達は上司の仲睦まじい夫婦生活の一端をよく見せられていた。


「それがデア様がフラウダ様と関係をもったのはリト街決戦の最中だったらしくてな」

「あの四天王と聖天者の全メンバーがぶつかったっていう? 双方に十万を超える死傷者が出たらしいよな」

「凄かったらしいよな。一時はあそこで戦争の決着がつくんじゃないかって話まで出てたし」

「明日死ぬかもしれない戦場での情事か。まぁ、ぶっちゃけ、そんな場所にいたら俺も妻のことは忘れるな」

「つーか、そもそも俺はボスのような一夫一妻派じゃねーし」


 長寿の魔族はパートナーとの関係も多様で、どんなパートナー関係を結ぶかはそれぞれが選ぶ形になっている。


「てかさ、話聞いて思ったんだがボスもちょっとアレじゃね?」

「分かる。一夫一妻のカップルとはいえ、女を知ったばかりの新兵じゃあるまいし、そんな戦場でのアレやコレやなんて許してやればいいのに」

「いや、チョルダスト様も戦場でのそれらについては許してるらしいぞ」

「は? じゃあ結局ボスは何に怒ってんの」

「それがな、戦いが終わってからも二魔の関係が続いたらしいんだ。それもまったく隠す気なく堂々と。時には普通にチョルダスト様がいる家にフラウダ様が訪ねてたらしいぞ」

「火遊びのつもりが火事になったパターン?」

「デア様はともかくフラウダ様らしくなくね?」

「いや、あの方は自由奔放といえば聞こえはいいが、たまにネジの外れた行動を平気でとるからな。無い話ではないだろ」

「それでどうなったんだよ、おい」


 いつのまにか関所にいる全ての親衛隊が一か所に集結していた。


「子供が出来たのを理由にニ魔の関係は終わったらしい。俺が知ってるのはここまでだな」

「ん? 子供? そういえばボスの子供ってえらい優秀ってきいたことがあるんだが……ま、まさか?」

「ええっ!? ああ、そういうこと!? それは怒るな」

「そうか? 俺なら種が誰のものなんか関係なく自分の子供が優秀だったら嬉しいけどな」

「女を取っ替え引っ替えのクズは黙っててください」

「女を抱けない童貞野郎は口を開かないでくれないか?」

「テメェこの野郎! 誰が皇帝だ!?」

「喧嘩すんなお前ら。ってかどっちの子供かってのは判明してないからチョルダスト様の子供って線もある」

「なんで確認しないんだ? 調べようと思えば調べられるだろ」

「種が誰だろうが俺の子だから関係ないってさ」

「「「おおっ~」」」


 沸き起こる拍手。親衛隊の一魔が首を傾げた。


「あれ? じゃあ結局ボスは何に怒ってんの?」

「そりゃお前、思考と感情がいつだって一致してたら誰も苦労しないだろう」

「なるほど。そりゃそうか」

「いや~。俺は今の話聞いてボスに共感したね。一緒にフラウダ様をボコにしちゃうよ」

「バーカ。お前なんかがフラウダ様に勝てるかよ」

「つーか、そんな話をチョルダスト様の側でするお前らが勇者だよ」

「「「「あ」」」」


 死地に平気で飛び込む親衛隊の顔に一斉に恐怖が宿る。騒音から一転して沈黙に支配された部屋でチョルダストはーー


「ぬおおおおっ!? こ、この気配! 間違いない! 奴だ! 奴が近くにいる!!」


 突然立ち上がったと思えば、立て掛けておいた大剣を背負って飛び出して行った。


「は? おい、お前なんか感じるか?」


 親衛隊の視線が索敵能力に優れた仲間に集まる。


「いや、そもそもフラウダ様が隠密行動取ってるなら気付ける自信がない」

「だよな。師団長のボスでも無理だろ」

「つっても俺達親衛隊なんだから行かないわけにはーー」


 ドォオオオン!! と、大きく大地が揺れて数百の魔族に匹敵する魔力が一瞬で大気に満ちた。


「…………」


 瞬く間に戦士の顔になった親衛隊の隊員達が訓練され尽くした動きで現場に急行する。そこではーー


「ぐぉおおおっ!? おのれ、おのれ、フラウダァアアアア!!」


 巨大な台風が過ぎ去ったかのように木々が倒れていた。そしてそんな場所の中心でチョルダストは無数の触手に全身を絡みとられていた。


「……フラウダ様の仕業か?」

「だろうな。おい、早くその妙な触手を切って差し上げろ。それと本部にフラウダ様発見の連絡。ん? どうした?」

「いや、周囲の破壊に比べてこの辺りだけやけに緑が多くないか?」

「言われてみれば……」


 親衛隊の者達が周囲を警戒の眼差しで眺めた、その直後ーー


 地面から無数の触手が一気に生えた。


「な、なんだこれ?」

「くっ!? かてぇ! 剣じゃ無理だ! 魔術で燃やせ!」 

「ダメだ! まったく燃えない」

「ぬおっ!? 全身に絡みついて……待て待て待て! 俺だけか? この触手、妙な所に興味を持ってる気がするんだが」

「お前もか? お、俺のもだ」

「ヤバイヤバイヤバイ。これヤバくない」

「ああ。……俺達の貞操がな」


 鍛えられた鋼の体を緑の触手に絡みとられた男達は精悍な顔を見合わせた。そしてーー


「「「ああぁ」」」


 日が沈みかけた黄昏の空に、男達の悲鳴が響き渡った。

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