第3話 獣人の追手
「ゲステン君、凄く喜んでくれてたな」
商業都市を見下ろせる丘の上で酷く満足げな笑みを浮かべると、フラウダは肩にしょっていたリュックを地面に下ろした。
「さて、適当に持ってきたけど何か面白そうなものは……んっ? 人魔の共存に人魔同一視説? アハハ。流石はゲステン君、持ってるだけで投獄されかねない発禁書をこんな無造作に。……まぁ確かにあの街にはゲステン君を捕まえようなんて子はいないかな」
フラウダはオーガの店から適当に持ってきた品々、その中の一つである本をパラパラとめくった。
「これは……娯楽小説か。面白そうだし後で読もうかな」
そう言ってフラウダは閉じた本をリュックへと戻す。これといって特徴のないそのリュックにはすでに人の背丈を優に超えるほどの荷物が詰め込まれているはずだが、厚みのある本を戻してもリュックは傍目、スマートな体型を維持したままだった。フラウダの足元には同じリュックが後二つ程置かれていた。
「ん~。まだ入るけど、もう余裕ないな。ゲステン君のお店の物だけで空間リュック丸々一個分か。ちょっと持ってきすぎたかも? まぁ代金はちゃんと置いてきたし、何よりも喜んでくれてたから大丈夫だよね」
フラウダの掌、その少し上の空間に小さな触手が生える。
「思った通り、捕縛だけじゃなく戦意を挫くのにもつかえそうだね。それに案外これで商売とかできるんじゃないかな」
人魔問わず、悦楽を発生させるものは社会において金銭を得やすい。それが他者が真似することのできないものとなればなおのことそうだろう。
「でも商売やろうにも魔王軍に追われてるんだよなぁ」
魔王国の自治を担う魔王軍に追われる状況下で魔族を相手に商売することは、いかに元四天王とはいえども現実的な案とは言えなかった。
「無理かな~。無理だよねー。でもやってみたら案外できる可能性も無くは……無くは……」
「いえ、それは不可能ですニャ」
「ん? どちらさん?」
上空からの声にフラウダが頭上を見上げると同時、それは音もなく地面に降り立った。
腰まで伸びた黒髪に見るからに生真面目そうな整った顔。そして頭に生えた猫耳とお尻から伸びる黒い尻尾。
「あっ、ネココじゃん。久しぶり」
気安く話しかけるフラウダに黒装束を纏った黒目黒髪の獣人は厳しい目を向けた。
「フラウダ様ともあろうお方が一体何をやっていますニャ?」
「何って見ての通り荷物整理だよ。いや~、やっぱり住み慣れた土地を離れるとなると、どんなに厳選しても荷物が増えちゃうよね」
パチン! とフラウダが指を鳴らせば地面から生えた植物がリュックを地面へと引きずり込んだ。
「どう? 便利でしょ。僕の移動速度とは多少のタイムラグが出るのが欠点だけど、こういう時は我ながら重宝する特技だよ」
「フラウダ様のお力は理解してますニャ。だからこそ、軍に戻ってほしいですニャ」
「悪いけどそれは出来ないよ。そうだ! 何ならネココも僕と来ないかい? スイナハには振られたけど、一人旅ってのも味気ないからね」
「軍に戻れば万を超える魔族が思いのままニャ。今なら魔王様も許してくれるニャ」
「いや、何回聞かれても答えは一緒だよ。僕は両性花。一度野に放たれた植物は好きなところで好きに咲くのさ」
「花の美しさも手入れを受けてこそニャ。フラウダ様にはそこいらの有象無象のような雑草にはなって欲しくないニャ」
黒装束の獣人はクナイを取り出すと、スッと腰を低く構えた。
「僕に勝てると思ってるの?」
「勿論、一魔で勝てるとは思ってないニャ」
フラウダを囲むように黒装束を纏った新たな獣人が三魔現れた。
「闇組獣魔暗殺隊か。まさか魔王軍が誇るアサシン部隊に狙われる日が来ようとはね」
「私達は覚悟を決めてここにいますニャ。でもフラウダ様に私達を殺す覚悟はありますかニャ?」
「フラウダ様がそんなことなされるはずがないニャ」
「フラウダ様、僕達今も友達だよニャ」
「俺はフラウダ様を信じてるニャ」
ネココの部下であり、フラウダにとっても女友達でもある三魔の言葉に、圧倒的な力を誇る四天王の顔に困惑の
「うーん。それを言われると……確かに君達を傷付ける覚悟はないね。でも無力化することは出来るよ?」
「どんな捕縛術もアサシンである私達はすぐに脱出できるニャ」
「お肌に傷が付いたら結婚できないニャ」
「フラウダ様はそんな酷いことしないニャ」
「俺はフラウダ様を信じてるニャ」
ジリジリと狭まるアサシン達の包囲網。身体能力だけでも他の魔族とは比べ物にならない力を持つフラウダであっても、完成された
「うわっ。敵に回して初めて分かる味方の優秀さ」
「考えなおす気になってくれましたかニャ」
「そうニャ! 考え直すニャ」
「そうニャ! そうニャ!」
「俺はフラウダ様を信じてるニャ」
「いや、君達には悪いけど、それはないよ」
「……残念ですニャ。お覚悟を」
膨れ上がる殺気。それを前に元四天王はーー
「殺せないし、捕まえられない。かと言ってアサシンである君達の意識を奪うのは簡単じゃないし、困ったな。……と、前までの僕なら言ってただろうね」
闘争を前に花のような笑みが咲き誇る。フラウダの周りに無数の触手が生えた。
「……行きますニャ」
元四天王へと襲いかかるアサシン部隊。決着は直ぐだった。
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