第7話

 曹瑛と榊は構えを解いて睨みを効かせる。郷田の怒声に勢いで走り出した半グレ共は本能で敵わないと感じとったのか、一斉に足を止めた。互いに不安げな顔を見合わせている。

「どうした、相手は二人だ。ぶちのめせ」

 郷田がけしかける。

「生意気なチンピラ二人をフルボッコにしろって言われたけどよ」

「チンピラどころか本物の極道と、あの赤シャツなんてまるで殺し屋じゃねえか」

 半グレは口々にやばい、やばいと囁きながら怯え始めた。榊の開襟シャツの胸元には見事な彫り物が見える。それを目にして半グレたちは震え上がる。


「おい、証拠だ。証拠を奪おう」

 新井が呆然とその様子を眺めていた藤田の脇腹を小突く。コンクリートの支柱の周囲に組まれた足場の影に隠れ、紙袋を大事そうに抱えた205号室の住人の姿を指差した。

「そうだ、あれを手に入れたら勝ちだ」

 伊織は藤田と新井が自分に目をつけたことに気が付いて、慌てて足場の影から飛び出した。

「逃がすな」

 新井と藤田は伊織を追う。


「待ちやがれ、コラァ」

 藤田が伊織に掴みかかる。伊織はタッチの差で方向転換をしてそれをかわした。

「証拠を渡せ」

 新井が伊織の前に回り込み、両手を広げる。伊織は唇を引き結んで頭を横に振る。藤田が傍にあった鉄パイプを拾い上げ、殴りかかる構えを見せる。

「わ、わかったよ」

 伊織は観念した様子で、二人を牽制しながら紙袋を地面にゆっくりと置く。

「聞き分けが良い奴は好きだ」

 新井が余裕の笑みを浮かべ、紙袋に近付いていく。


 伊織は足元のロープを掴んだ。紙袋を抱え、ロープを引っ張り走り出す。

「逃げる気か」

 伊織を追うために走りだそうとした藤田と新井の頭上から、資材保護のネットが降ってきた。

「なんだこりゃ」

 ネットに絡め取られ、藤田と新井はもがく。伊織の手にした紐がネットに繋がっている。

「ハメやがったな、こいつ」

「これは大事な証拠だ、渡すものか」

 伊織はロープを引っ張り、藤田と新井の周りを走り始めた。2人はネットの上からロープでぐるぐる巻きにされ、引き倒された。


「やるな、あいつは敵に回したくないぜ」

 榊は二人の無様を腹を抱えて笑っている。伊織は冷や汗たらたらで曹瑛と榊の傍に走り寄る。

「危なかった」

 伊織はほっと大きく息を吐き出した。

「貴様ら、グルか」

 郷田が唇を歪め、恐ろしい形相でこちらを睨み付けている。しかし、次の瞬間下卑た笑みを浮かべる。郷田の側近の坊主頭が背後から姿を現わした。


「西島さん」

 伊織は思わず叫び声を上げる。いかつい坊主頭が西島の腕を捻り上げ、自動小銃の銃口をこめかみに突きつけている。

「この辺をうろついてやがったのを掴まえたぜ」

 坊主頭は西島の腕をさらに強く捻る。西島はぐっと呻き声を漏らす。

「すまない、こんなことに巻き込んでしまって」

 西島は申し訳なさそうにがっくりと項垂れる。


「その紙袋を渡せ、このクソ探偵が脳みそぶちまけるところを見たくなければな」

 郷田がタバコに火を点け、煙を吐き出しながら笑う。伊織は紙袋を握る手に力を込める。手がじっとりと汗ばんでいるのを感じた。

「そんなにこれが大事なのか、三田村秘書とお前たちの密会の証拠が」

「お前には関係ねえ、早く寄越さねえか」

 郷田は苛立ってタバコのフィルターを噛む。


「三田村が晴れて議員になれば、お前らはスパッと切られるぞ」

 榊が縁なし眼鏡の奥から郷田を見据える。

「奴には何億と貢いでるんだ、三田村は俺たちを見限ることはできねえよ。それに将来カジノ誘致法案でも一枚噛ませてもらう。奴を議員に押し上げるのはそのためだ」

「一蓮托生というわけか」

 曹瑛がつまらなそうに呟く。


「その証拠、西島と交換だ」

 郷田の言葉に、坊主頭が撃鉄を下ろす。西島は悔しさに目を細め、唇を噛みしめている。

「わかった、西島さんを離せ」

 伊織が紙袋を掲げ、ゆっくりと歩き出す。

「おかしな動きをしやがったら、撃つぞ」

 坊主頭が西島を歩かせる。極限の緊張感が場を支配し、周囲の半グレたちも固唾を呑んで様子を見守る。


 伊織と西島が中間地点に到達した。伊織はゆっくりと紙袋を地面に置く。坊主頭は西島を突き飛ばし、紙袋を掴んで郷田の元へ駆け寄る。伊織は西島を連れて後退った。

「お前が命がけで集めた証拠、ここで燃やしてやる」

 郷田はあざ笑いながら紙袋の中身をぶちまける。地面にバラ撒かれたそれを見て、郷田は目を見開く。


「なんだこれは」

 郷田が頓狂な声で叫ぶ。紙袋に入っていたのは、フリーの住宅情報誌の束だった。

「てめえ、騙しやがったな」

「本物はこれだよ」

 伊織が手にしているのは、SDカードだ。ネットに絡まれたままの藤田と新井は顔を見合わせる。

「見つからないわけだ」


「撮影もバッチリだよ」

 ビデオカメラを手にした高谷がOKサインを作り、コンクリートの支柱から顔を出す。映像を再生すると、坊主頭が銃を突きつけて西島を脅す様子と、郷田が三田村の名前を叫ぶ場面が収録されていた。

「き、貴様ら、極道をナメやがって」

 頭に血が昇った郷田は胸元から自動小銃を取り出す。こちらに狙いをつけると同時に、曹瑛がスローイングナイフを放った。


「ぎゃっ」

 郷田は手から迸る血しぶきを抑えながら銃を取り落とす。榊が走り、鉄パイプで坊主頭の銃をたたき落とす。

「うぐっ」

 手の骨を粉砕され、坊主頭は血走った目で榊を睨み付け、怒りに任せた拳を放った。

「ぎゃっ」

 榊のカウンターが決まった。間合いに深く踏み込んだ強烈な右ストレートに鼻骨を砕かれた坊主頭は、白目を剥いて背後にぶっ倒れた。


 曹瑛は郷田が拾い上げようとした銃を足で踏みつける。

「クソッ」

「貴様は極道ではない、外道だ」

 曹瑛は郷田の顎を蹴り上げる。のけぞったところを逃がさず、テンプルにハイキックを食らわせた。郷田はドラム缶に激突し、気絶した。

「ひぇっ、とんでもねえ」

「逃げろ」

 半グレどもは倒れたままの仲間も見捨てて工事現場から逃げ出していく。


「西島さんの集めた証拠だよ」

 伊織はSDカードを西島に手渡した。

「これもおまけ」

 高谷がビデオカメラから証拠映像の入ったSDカードを抜き、西島に差し出す。

「ありがとう、心から恩に着る。かならず三田村と岩滝組の不正を暴くよ」

 西島は涙ぐんで、何度も頭を下げた。

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